第4話 コレットの想い
正式魔法名『精霊召喚魔法』。一般的には「召喚」と呼ばれているそれは少し特殊な魔法として認知されている。
理由は「全ての魔法師が使える魔法ではない」から。
先天的か後天的かは人によって違うが、ある程度の才能を持っていないと使う事の出来ないのだ。
だから、この魔法を使う魔法師はなかなか珍しい。
召喚は簡単に言ってしまえば「精霊を呼び出し、共に戦う」能力だ。呼び出す事の出来る精霊は基本的に召喚を使える魔法師一人につき一体であり、「どんな精霊が召喚されるか」などの詳細は使用者の数が少ないことが関係してまだ分かっていない。
そんな珍しい能力をアリスが持っている事が分かったのは彼女が5歳の頃だった。
元々召喚に多少の興味を示していた彼女はある日、地面に魔法陣を描き、召喚のごっこ遊びをしていた。
すると突然、描かれた魔法陣が魔法として機能して正式な「召喚魔法」となり、彼女の精霊「ファフニール」を呼び出したのだ。
しかし、彼女が興味を持ったのは「その段階まで」だった。召喚した精霊を「強化」や「進化」させる魔法には一切興味を持たず、ファフニールをまるで人形のように遊び相手として扱っていた。
そんな彼女の意志を尊重して周囲の大人たちも彼女に「強化」や「進化」の魔法を使う事を勧めることはなかった
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「コレット……」
アリスが小さく声をこぼし歩みを止めた。それからすぐに首を横に数回振って「早く行かなくちゃ」と自分に言い聞かせ、両手で背中のリックを背負い直し、また歩き続ける。
草木に覆われた山道をアリスは進んでいた。
瞳に映るのは同じような木々ばかり。道が一本道なのが救いだが、その道も整備はされておらず、木の生えていない部分を道として判断して歩いている様な状況だった。
ユグドラシルの周辺はエルドアに住む人々の「自然をそのまま維持させたい」という考えが反映され、機械を使った工事などが行われていない。
それは今アリスが歩いているこの道も例外ではなかった。だからあまり文句は言えない。
―――と、太陽の光が雲に遮られ辺りが一気に暗くなった。
同時に異変を感じたアリスは右手に力と意志を集中させ自身のディレクトリを出現させる。
杖型ディレクトリ「クロノス」。持ち手を含む棒部分はシンプルな銀色の配色であり、先端に大きめの懐中時計の装飾、それを囲うような黄色のリングを備えたアリスのディレクトリだ。
彼女はそれを握りしめると立ち止り、周囲を見渡す
「…………」
そのまま数秒が経過する。特に目に見える変化があったわけではなかった。次第に雲が風に流され、太陽の光が再び降り注ぐ
「気のせいかな。何だか見られていた様な気がしたんだけど……」
クロノスを下げ、アリスがもう一度周囲を見渡す。だが、瞳に映るのは今までと何一つ変わらず緑色の森林ばかり。人の姿はない。
少し気にはなる。が、一応異常はなかった。
そのことに一安心したアリスはその視線の先に足跡の様なモノを見つける
「この足跡……もしかしてコレットかな」
笑顔を見せ、少し興奮気味のアリスが道を駆けて行く。
その先にあるのは今までとは違う風景だった。木々の量は一気に減り、空から降り注ぐ日光が直接地面を照らしている。
ユグドラシルの樹木と地面の接する場所。そこは小さな自然の広場の様になっていた。
アリスはすぐに周りを見渡した。そしてユグドラシルの根本を見て調査を行っている人物を見つける
「……コレット!!」
「……えっ?あ、アリス!?」
突然聞こえた声に驚き、思わず振り返るコレット。それから立ち上がる彼女の元にアリスが駆けていく
「アリス、どうしてここに?アナタは街にいたはずじゃ……」
「今回の依頼って私たち二人にされたモノでしょ?だから私も一緒に原因を探そうと思って」
えへへ、と微笑むアリス。しかし、コレットが同じ笑みを見せる事は無かった。
真剣な表情でアリスを見つめ、まるで自分を落ち着かせるように一度深呼吸をする
「……そう、ありがとう。でも大丈夫よ。あと少しで終わるからアリスは先に帰っていて。まだこの時間帯なら魔法獣たちも出てこないはずだから」
「ううん。一緒に探して一緒に帰ろう。手がかりなら人数が多い方が見つかりやすいだろうし。それにほら、ディレクトリも持ってきたから、いざとなったら戦えるよ」
「ッ!?」
アリスの言葉にコレットの表情が変化を見せた。
アリスとしてはディレクトリがあるということで自分は戦える、だから大丈夫だと知ってもらい、安心させようと思ったのだ。
だが、目の前のコレットは安心などしていなかった。それところか、真逆の驚きと戸惑いに満ちた表情をしている
「アリス、もしかしてアナタ……戦うつもりなの?」
「うん。もちろん戦わないのが一番だけど、戦うしかなくなったらちゃんと戦うよ」
「……ダメよ、アリス。アナタは戦っちゃ……ダメ」
「うぅっ……た、確かに私は弱いけど。それでも精霊召喚とかコレットに内緒でこっそり練習してたんだよ?だから、少しくらいならに力に……」
「そうじゃないの!!」
コレットの口調が強くなった。アリスの言葉が止まり、右足が一歩後退する
「ど、どうしたのコレット?いつものコレットらしくないよ?」
「…………」
「コレット……?」
「私は……私は……」
コレットが発する声が徐々に大きさを増し、ハッキリ聞き取れる音量へと変わっていく。
そして
「私はっ!!アリスに傷ついて欲しくないの。アナタにその優しさを失ってほしくないのっ!!」
コレットの声が響き渡った。周囲の驚き、大空に向かって飛んでいく。
叫びと呼べるほどの大声。普段から落ち着いていて温厚な彼女が叫ぶほど感情を露わにするというのはとても珍しい。
だからだろうか。彼女自身、すぐにハッとした表情を見せた
「ご、ごめんなさい、アリス。私……私……」
上手く言葉が出てくることはなく、アリスも少々怯えた顔で黙り込む。
そんな時だった
「……そこか」
「えっ……?」
二人の後ろで声がした。アリスが振り返るとそこには一人の男が立っている。
黒いローブを身に纏った細身な男。サングラスを身に付けている為、顔から情報を導き出すことは出来ない。
更にその後方には数十人の男たちが立っていた。
状況は決してよくない。コレットは普段の冷静さを取り戻し、すぐにアリスに視線を向け、真剣な顔を見せる
「アリス、私の後ろに来ていて」
「えっ、でも……」
「早くっ!!」
コレットの焦りの込められた言葉に従い、アリスは彼女の後ろに隠れるように移動する。
すると、コレットが右手に光の球体を出現させた。
光は白色の細い棒へと変わり、先端に赤い水晶とそれを守るためのフレームが取り付けられ、杖型のディレクトリになる。
チャージされていたゲージが一つブレイクされた。彼女は先端を男たちの方へ向け、足元に魔法陣を生成する
「そのディレクトリ……ヴァルハラだな。ということはお前がエルドアの特待生「コレット・アリシャート」か」
一人の男が指を鳴らすとそれを合図に半数ほどの右手がアリスに向けられた。それから小さな呟きと共に右手の前に魔力弾が生成され放たれる。
その数は約十発。大きさや魔力の練り込み具合から見て高い威力を持っている魔法ではない。
だがそれでもアリスに攻撃を当てられることをコレットは嫌った。
だから彼女はブレイクしたゲージの魔力を使って魔法を発動させる
「≪ホーリースクエア・プロテクション≫!!」
コレットの目の前に正方形型の魔法障壁が現れた。魔力弾は軌道を変える事もなく次々と二人に向かって行き、障壁と衝突する。
形を維持できず砕けたのは魔力弾の方だった。続く弾も結果は変わらず、ついに全ての魔力弾が砕け散り、残った粒子が空中で消えていく
「あの数の攻撃を全て、しかも無傷で防ぐか。さすが特待生だな」
「急に攻撃を仕掛けてくるなんて。あなた達は一体誰なんですか?」
「気にするな。それより、続きを始めようか」
男が右手を上げ、他の男たちがつい数秒前と同じように魔力弾を作り出す。対してコレットは再びゲージをブレイクして次に発動させる魔法を準備する。
そんな両者をアリスは黙って見ていることしかできなかった