第10話 屋上
弥生との学校逃走劇から次の日、俺たちは何事もなく学校に来ていた。幸い侵入していた事は知られていないようで、話題にもなってない
「……とりあえず一安心だな」
俺はそう呟きながら机に伏せた。もちろんあの事態を潜り抜けたからの安心感もある。だけど1番安心なのは弥生の言葉だ
『私は、もっともっとこの世界でハルやみんなと思い出を作りたい。楽しい事だけじゃなくて良いです。悲しい事、苦しい事があっても……それでもこの世界で、ハル達と一緒にいたって事実が、私は欲しいんです』
弥生はそう言っていた。まだここにいて、思い出を作りたい……と。それはつまり、しばらくの間はまだ一緒にいれるという事だ。どうやら俺はそれを喜んでいるらしい
「……んまぁ、せっかく仲良くなったんだもんな。だったらもっと思い出も作りたいし……」
「おっ、青少年。どうしたんだ?そんなに独り言呟きまくって。なんならお兄さんが話しを聞いてやろうか?」
気づかないうちに近づいてきたその声の主が分かった俺は「ハァ」とため息をついた。一方の相手方は「ん?」と言っている。どうやら弥生が学校内を散歩しているということで久しぶりに1人の世界に入りすぎたらしい
「良太。お兄さんって、俺と同い年だろうが」
「ノンノン、同い年でも精神年齢まで同じとは限らないだろ?」
「……そうだな。自負はあまり好きじゃないが、流石にお前ほど低くは無いとは思う」
「って俺が年下かよっ!!」
相も変わらず騒がしい。その声はざわついている教室でもしっかりと聞き取れるくらいだ。しかし、そこがコイツの長所であり、俺だってなんども助けられてるもんだから本気での文句は言えない
「それで、何を呟いてたんだよ」
「そんなことよりだ、良太。次の授業ってなんだ?」
「全力無視かよっ!!えーっと、次の授業は数学だろ?あれ、でも確か数学の先生って休みじゃ……」
良太がそこまで言った時、教室のドアがガラガラと開き、担任の先生が頭を出した。ちなみに、この先生が数学の先生なわけでない
「えー、今日の数学の授業は先生がいらっしゃらないので自習だ。静かにするんだぞ」
その一言だけ言って行ってしまった。一瞬静まる教室。しかし2,3秒後にはその静寂は破られ、「ワー!!」という声が響き渡る
「自習か……って良太、なんで先生が休みなの知ってるんだ?」
「フフフ、少年よ。私のこの情報網をナメてもらっては困る。今朝、廊下で先生同士が話しているのを聞いていたのだよ」
「うわっ、スゴイまぐれだな、それ」
「まぐれ言うな!!まぁ遅刻しそうな時にたまたま走ってたら聞いただけどさ」
「それを一般的にはまぐれって言うんだよ」
「まぁまぁ、それよりだ。自習の時間どうする?どうせこの後は休み時間だぜ?」
「そうだな……だったら「あそこ」にでも行ってみるか」
「おう!!」
俺達は席を立ち、廊下へと向かって行った。授業は後数分で始まってしまうが関係ない。俺達はそのまま上の階へと続く階段を上って行く。そして
「ここに来るのも久しぶりだぜーっ!!」
妙にテンションの高い良太が勢いよくドアを開いた。澄み切った青空が見え、風が心地よく当たる場所、この学校屋上だ。特に出入りに制限がない為、生徒たちは昼休みなんかに度々使ってる。だから今回も鍵は開いていたのだ
「そういえば最初の頃は結構来てたけど、最近は来てなかったな」
「確かに。自習時間無くなってきたもんな。おかげでここに来る機会も無くなっちまった」
「自習イコール屋上、みたいになってたもんな」
「おいおい、それじゃあまるで自習の度にここでサボってるみたいじゃないか?」
「実際その度にここに来てるだろうが」
俺達は少し笑い合い、ドアを閉め、少し歩き始めた。強すぎず弱すぎない風が本当に心地いい。日差しもちょうどいいくらいなので、昼寝でもすれば最高だろう。そう思った時だった
「あれ?もしかしてハルくんじゃない?」
「えっ?」
突然聞こえた声に俺は辺りを見渡した。しかし良太以外見当たらない。俺幻聴なのか?いや、良太もキョロキョロ周囲を見渡しているのだから、それは無いだろう。すると何かを見つけたのか良太は声を上げた
「おい、春人!!上だ上!!」
「上……?」
俺は良太の視線の先にあるものを確認しようと塔屋の上に目線を映した。人がいることは分かった。うちの学校の女子生徒用の制服で、紫の長い髪、腕には何かが書かれた腕章が付いている。そして気がついた。俺はこの特徴を持った人に会ったことがある。昨日お世話になった先輩
「よ、陽花さんっ!?」
「うん、こんにちわ」
笑顔でこちらに挨拶をしてくる陽花さん。すると俺の横にいた良太が何かに気付いたのか、急に騒ぎ始めた
「おぉ、この角度!!あとは風が吹けば見え……」
「よっと」
良太が喋った途端、陽花さんは飛んで降りた。微妙なところで捲り上がらないスカート。神業とでも言うべきだろうか。「見えないのが良いんだ!!」なんて言う人なら喜びそうなその姿に、良太が膝を地面に付けて悔しがっている
「くそっ!!あと少しだったのに……あと少しで見えたのに……くそぉぉぉぉ!!」
「お、おい良太。すごく真面目なシーンに見えるけどそれスカートの事だからな!!明らかに変態的発言だからな!!大声で言うことじゃないからな!!」
「ふふ、ハルくんの友達も面白い子だね。けど、女の子をエッチな目で見すぎるのはあまり関心はしないかなぁ」
人差し指を口元に当て、イタズラな笑みを浮かべた陽花さんが言った。その仕草が妙に可愛らしい
「そういえば陽花さん、なんでここにいるんですか?まだ授業中のはずじゃ……」
「それは私も聞きたいかな。どうして授業中はなずなのに、キミたちはここにいるの?」
「え、えーっとそれは……」
「大方、自習か何かでヒマになったからここ来た……とかでしょ?」
「うぅ。それは……」
「あはは、大丈夫。私も同じパターンだから」
同じパターンということは、どうやら怒る気は無いらしい。俺は密かにホッと安堵した。するとしばらく黙っていた良太が「あっ!!」という声とともに喋り始めた
「思い出した!!アナタはもしかして……紫乃原陽花さんじゃないですか!?」
「えっ、あ、うん。そうだけど……」
「やっぱり!!お会いできて光栄です!!」
「良太、陽花さんの事知ってるのか?」
「おいおい、知ってるのかってこの人、この前生徒会選挙で副生徒会長になった人だろ?」
「…………えっ?」
「副生徒会長候補は全部で8人いたにも関わらず、投票者の9割から選ばれ、圧倒的な人気で当選。お前だってあの時の選挙で見てただろ?」
「えっ、あっ、選挙か……」
妙に熱い視線を送ってくる良太とは対照的に俺は目を泳がせた。生徒会選挙、全生徒が強制参加だった為、その集まり自体には行ったものの、ずっと寝ていたのでその内容は覚えていない。もちろん、投票もしていないので本来は少し問題なはずなのだが、生徒会の手違いだろうか気づかれていなかった。だから安心していたのに、まさかこんな形で負い目を感じる事になるとは思ってもいなかった
「まぁハルくんは選挙中爆睡だったもんねぇ。知らないのも仕方ないかな」
「なにぃ!?お前、寝ていたのか!?」
「た、確かに寝てたけど……ってなんで陽花さんがそんなこと知ってるんですか!?」
「だって候補席からハルくん見えてたんだもん。ずっと顔を伏せてたからバレバレだったよ」
「バレバレ……ってことは他の先生や先輩たちも……?」
「それは多分ないよ。先生たちは自分の応援してる生徒を見るので必死だったし、生徒は自己アピールを確認するので必死だったから」
「ふぅ、それならよかった」
「まったく、選挙中に寝るなんてお前は……」
「ヤレヤレ」と言わんばかりの動作で良太が俺をからかってくる。今回ばかりは的確な返す言葉がない
「で、でもお前だって普段そういう時って寝てるだろ?なんでその時は起きてたんだ?」
「バカ野郎!!選挙に出る可愛い先輩を見逃したらどうするんだ!!実際、俺がお前みたいに紫乃原先輩を見逃してたら……ショックで一週間学校休むレベルだぞ!!」
「……悪い。お前がそういうヤツってことを忘れてた。ホント、なんかごめん」
「おぅい!!急に謝るなよ!!なんか俺が罪悪感持っちゃうじゃんかよ」
「陽花さん、すいません。この変態が……」
「変態言うな!!」
良太がツッコムとそれを見ていた陽花さんは笑っていた
「……ところでさ、今更思ったんだけど」
「ん?どうした?」
「なんで紫乃原先輩は春人のこと「ハルくん」なんて呼んでるんだ?ってかお前、いつから紫乃原先輩と知り合いなんだ?」
「えっ、そ、それは……」
俺は再び目を泳がせた。流石に弥生たちの事を話すわけにはいかない。そうなると、どう説明すればいいかの分からなくなってしまう。俺が目線を向けると陽花さんも「あはは……」と苦笑いしていた。打つ手なしと言った感じ。そんな時だった
「フッフッフゥ、教えてあげるわよ、そこのおバカそうなお猿サン」
「っ!?俺はサルじゃねぇ!!猿渡だ。さ・る・わ・た・り!!……ってあれ?この子……誰だ?」
事態の異常性に気付いた良太がキョトンとしていた。もちろん、俺だって驚いている。声の主は見たこともない少女、しかも陽花さんと違ってこの学校制服を着ていない。つまりこの学校の生徒ではないということになる
「レディに向かって「誰?」なんて失礼ね!!だからお猿さんって言ってるのよ」
「くぅ、なんか分からんがバカにされているのだけは理解できる……。おい春人、この子ってお前の知り合いか?それとも紫乃原先輩の知り合いか?」
「悪いけど良太、俺はこの子を知らない。いや、知ってるはずもないんだ。陽花さん、この子ってもしかして……」
「えぇ、多分だけどオバケだと思う」
「お、オバケ……?あの……紫乃原先輩?春人も、何を……」
俺と陽花さんの反応を見て、良太が苦笑いしている。いきなりオバケなんて言えば当然の反応かもしれない。普通の人間からすればオバケなんて幻想なのだから。しかしこの後、その幻想は打ち砕かれる事になる。そう、彼女の……一言で
「えぇ、間違いないわ、あたしはオバケよ。実はね、アナタに会いに来たの。そう、そこの……おバカなお猿さんにね」