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ひのん  作者: 朝里 樹
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 時間通りに集合した我々は、金田の案内で目的地へと向かうことになった。まずは電車で三十分ほど掛かる駅へと向かう必要がある。

 その移動中に、私は金田の口からこれから調べる伝承についての大まかな情報を与えられた。

 私たちがこれから取材に向かうのは、「ひのん」と呼ばれる怪異についてらしい。ひのんは古くから伝わる妖怪や悪霊の伝説のようなもので、人間に害を与える存在だという。金田が調べたところによれば、多くの人間がひのんによって命を奪われたと伝えられているそうだ。これから向かう目的の町では、数百年前、このひのんを鎮めるために祠が作られたということだ。私はこの時、それをよくある昔話程度にしか考えていなかった。

 ようやく電車が目的の町に着くと、我々はまず、昼食を取るための店を探すことにした。

 到着した町は、私たちの大学がある所に比べ、大分人口の少ない町であるらしい。駅前にはそれなりに人がいるものの、駅を出るとあまりにぎやかさは無く、駅前に並ぶ店の中には、所々閉店して錆びた看板を下げているようなものが見受けられた。その光景は、廃墟を見ているような、不気味な雰囲気を感じさせたことを覚えている。

 我々は適当に喫茶店を選ぶと、そこに入った。こじんまりとした個人経営の店のようで、昼時にも関わらず私たち以外に客はあまり見られなかった。

 そこで適当に軽食を食べながら、金田は私と堀越、川村に彼の計画を話した。

「まず、事前に俺がアポイントメントを取っておいた、稲生孝司という人のところへ行こうと思う。俺がネットの掲示板で知り合った人なんだけど、この町に住んでいるらしくてね。ひのんの伝承にも詳しいらしいんだ」

 ミックスサンドを頬張りながら、彼は少し早口にそう言った。

 堀越が尋ねる。

「それ、私らが行っても良いんですか?」

「ああ、大丈夫。君たちのことはもう話してあるから。そんで、そのあとは実際にひのんが祀られているという祠に向かう。実際に場の雰囲気を体感するのも、結構役に立つからね」

 川村は相変わらず金田の言葉を逐一メモ帳に記入している。私はそれを横目に、これから会うという人物を想像した。怪奇マニアというと、どうしても陰湿で、根暗な感じの人物が思い浮かぶ。はたしてその予想は、半分ほど当たっていたと言っていいだろう。

 喫茶店を出た私たちは、バスに十分ほど揺られて、さらに五分ほど歩いてその金田の知人という人物の家の前に辿り着いた。

 その家は、あまり大きくない木造の一軒家だった。外装は所々禿げており、茶色い木の板がむき出しになっている部分もある。結構古い建物なのだろう。

 金田は何度かここに来たとがあるらしく、あまり驚いた様子は無かったが、堀越に関しては露骨に嫌そうな顔をしていた。川村は、あまりこの家自体に興味はなさそうだった。

「ここだ、約束した時間は午後二時だから、ちょうどいいぐらいかな」

 金田は腕時計を見てそう呟くと、色褪せた古いドアをノックした。インターホンなどといったものは無いらしい。

 少しの間、沈黙があった。そしてゆっくりと、ドアが開いた。ドアの隙間から一人の男が顔を出した。

 彼、稲生孝司に対する私の第一印象は、骸骨だった。がりがりに痩せて頬骨の突き出た顔に、体に合わないだぶだぶの着物、そして何より、酷く落ちくぼんだ暗い目が異様な雰囲気を放っていた。その風貌のせいで、かなりの年上に見えたが、後で金田に聞いたところ、まだ三十代半ばなのだそうだ。

 彼は私たちに向かって頭を軽く下げると、手招きで家の中に入るよう指示した。私たちが戸惑う中、金田だけは慣れているらしく稲生の指示のままに家の中に入る。私たちも多少躊躇しながら、彼の後に付いて行った。

 家の中は昼間だというのに酷く薄暗かった。どうやら、家中の窓のカーテンを閉め切っているらしい。私たちは一番奥の部屋へと通され、そこに座った。畳の、六畳ほどの大きさの部屋だ。やはり窓からの光はカーテンによって遮られており、何か異様な圧迫感を覚える。家具のようなものは何もなく、押入れが付いているだけだ。

 稲生は私たちの顔を一通り見回すと、唐突に口を開いた。

「さて、『ひのん』の話だったかな」

 低いが、はっきりとした声だった。金田が頷く。

「はい。この町に伝わる伝承ですよね」

 稲生は「うむ」、と一言唸ると、一度天井を見上げた。そして首を戻し、また語り始める。

「『ひのん』というのは、君の言う通りこの辺りに伝わる昔話だ。山に潜む妖怪で、山に迷い込んだ人間を殺すと言われている。どうだい、君たちはこの話を信じているかね」

 尋ねられ、私は首を横に振った。伝承は伝承でしかない。堀越も川村も、私同様首を横に振っている。ただ金田だけが、決断しかねるように首を傾げた。

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