壱
しばらく間が空きましたが、小説自体はもう出来上がっているので順次投稿して行く予定です。
話の始まりは、今から二週間前に遡る。
発端は、私の所属する文芸サークルにおいてだった。入ったきっかけは単純だ。大学に入学した頃の私は、友人が欲しいという思いもあってどこかサークルに入りたいと考えていた。しかし運動は苦手だということは分かっていたので、文化系のサークルを中心に回り、探した。
小説や漫画、映画など物語が好きだったため、なんとなくそれを創作する側に回ろうと思い立った。大学ではどんなサークルでも一年生を自分たちの仲間に入れようと必死になる。その中で文芸サークルの勧誘を受け、一週間ほど活動に参加してみて、あまりきつい活動もなさそうで、先輩たちも優しかったため、私はそのまま文芸サークルに所属することにした。それから約一年が経ち、今年の春に二年生になった。
当然、春には新入生が入部して来る。私の文芸サークルには、五人の新入生が入部してきた。そしてその中の一人、川村大輔がこの事件の引き金となる。
その日、私は同学年の堀越美菜と共に、大学の部室において川村の相談に乗っていた。
川村は私の一つ下の後輩で、今時には珍しく髪も染めず、服装も地味な目立たない青年だった。小説が好きだという理由で文学部に入り、文芸サークルにも所属したという。真面目でサークルの活動にも熱心で、先輩からの受けもよかった。私もあまり派手な遊びや騒がしいことが好きではないので、彼とはウマが合い、たまに創作に関する相談に乗ったりしていた。この日も、そうだった。
「お二人は、幽霊なんかを信じますか?」
自分たちの作った過去の冊子や、資料となる本、また小説や漫画などが乱雑した八畳ほどの狭い部屋の中、突然川村は私たちに向かってそう聞いた。突飛な質問に少し戸惑ったが、私はあまり考えることもなく首を横に振った。
「いいえ、私は信じていないけど」
この科学万能の時代に、幽霊の存在など信じるものはほとんどいないだろう。あれは、妖怪や神話の神々のように科学が未発達の時代の人間たちが想像力によって生みだした架空の存在に過ぎない。
「いないわよ、そんなもの」
堀越も私と同じように首を横に振った。彼女は私の同級生で、このサークルに入ってから親しくなった。私とは逆で、とにかく派手なことやうるさいことを好む。だが性格は良く、友達思いで周りを気に掛けるタイプだった。目がぱっちりとしていて容姿も悪くないため、結構男子からは人気があった。彼女がこの文芸サークルに入った理由は、高校時代からの中の良い友達がいたからのようだ。私は地元を離れてこの大学に進学したため、最初は友達がいなかった。それも、早くにサークルを決めた理由でもある。
川村は私たちの返答の後、少しの間思案しているような表情をしてから、再び口を開いた。
「僕、今度ホラージャンルの小説を書きたいんですが、やっぱり幽霊なんかより、実際に起こりそうな怖い話を書いた方がいいですかね」
彼は難しい表情でそう言いながら、私たちを見た。その顔がおかしくて、少し笑ってしまう。彼は何でも真面目に考え過ぎてしまうところがあった。
「そんなことは無いと思うよ。小説は基本フィクションだし、実際にあり得ないことを物語の中で体験できるから楽しいんじゃない?」
堀越も私の意見に同調したように、「そうそう」と言うと、川村に向かってさらに意見を述べる。
「だいたい、幽霊だって殺人鬼だって、それが怖いのは自分に理解できないものが自分を傷つけようとするからなのは同じでしょう。要は魅せ方よ、魅せ方。現実にあり得ない幽霊だって、上手く動かせば怖いものになるのよ」
川村は感心したように頷くと、メモ帳を出して何やら書き始めた。どうやら今の言葉を書き取っているらしい。彼は何でも気になったことをメモする癖があった。
「それにそういう話は私たち金田先輩にした方がいいんじゃない?」
「何々、何の話?」
そう声をかけてきたのは、私の一つ上の先輩の金田博次だった。彼は背が高く、目つきが鋭いため第一印象は良くなかったのだが、話してみればその印象とは裏腹に、気のいい好青年であって驚いたとを記憶している。そんな彼には怪奇なものが好きという以外な一面がある。幽霊や妖怪、都市伝説からホラー映画、小説まで、そういった怪異に関するものに目が無い。そのため、私は川村に金田と相談することを勧めたのだ。
「川村君がホラー小説を書きたいんですって。先輩、なにかアドバイスありませんか?」
「お願いします」
私がそう言うと、川村が軽く頭を下げた。金田は「ほう」と呟くと、嬉しそうな笑みを浮かべた。彼は恐い話になると途端に楽しそうになる。普段そのような話をする相手がいないというのが彼の悩みらしい。
「そうだなぁ、まず最初に言えることは、小説のホラーで大事なのは心理描写だな。例えば、ただ風が吹いただけでも精神的に不安定であれば、主人公はそれさえに恐怖する。それを読んで、読者も感情移入して恐怖するわけだ。そこに、作者の力量が試される。あと、恐怖の対象というのも重要だ。幽霊でも殺人鬼でも妖怪でも、相手が自分以上の力を持ち、そして正体が良く分からないことが恐怖を煽る。その正体を突き止めていくとのが話の軸となる物語も、よくあるよね」
金田はそこまで言って、一度話を止めた。川村が熱心にメモしているので、その時間を与えるためだろう。
私は彼の話を聞きながら、自分がかつて読んできた小説を思い浮かべた。ホラーに限らず、小説では心理描写がかなり重要となるというのは学んでいた。漫画や映画のように絵を使って状況を分かりやすく表現できない分、小説では登場人物の内面に深く入り込むことができる。ホラー小説の場合はどれだけその主人公の恐怖を読者に共感させることができるかが重要となるのだろう。
川村がメモを終えたのを見て、金田が再び話を始める。
「そして一番重要なのは、ちゃんと勉強してから書くことだ。幽霊や妖怪について何も知らない者がそれらを題材に小説を書いたって、まるで説得力のないものが出来上がる。だから、ちゃんと本を調べ、時には取材なんかをして、きちんとした知識の裏付けのもとで小説を書くべきだね」
「なるほど……」
川村は関心したように頷きながら、メモを取っている。
「先輩は、そういった取材なんかに良く行くんですか?」
私は気になって、尋ねた。私自身は小説を書く際、取材などはあまりしない。せいぜい本を数冊読むぐらいである。これは私が専門的な知識を必要とする小説を書かないというせいもあるが、基本的にそこまで創作に労力を割きたくないという部分が大きかった。自分は小説家になるつもりは無かったし、それで食べていける実力があるとも思わなかった為だ。
そんな私とは違い、川村も金田も、本気で作家を目指しているようだった。金田は毎年、新人賞に自分の作品を送っていたらしい。だが、まだ受賞したことはないようだ。
「そうだね。月に二、三回は行くよ。主に都市伝説とか、心霊スポットとか、伝承がある場所とかね。今週末も行く予定だけど、君たちも付いてくるかい?ちょうど、怖い伝承に関する取材だし、この大学の近くだ」
金田の提案に、川村はすぐに「行きます!」と返答した。
「成田さんと、堀越さんは?」
金田が私と堀越にも尋ねる。
私は少し迷ったが、取材の仕方というものに興味があったため、一緒に行くことにした。
「成田ちゃんが行くなら私も~」
堀越は何故か友人のことを名字にちゃんを付けて呼ぶ。最初は違和感があったが、もう慣れてしまった。彼女も特にその日は用事は無いということで、金田の取材に付いてくることとなった。
「よし、じゃあ今週の土曜、正午にこの部室に集合ということで」
金田がそうまとめ、この日の話は終わった。
そしてその三日後、八月八日、私たちは部屋へと集まった。それが私たちの運命を変える日となった。