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夢見鳥の唄  作者: 楠瑞稀
6/6

6、さらば、我らの青春の日々よ (完結)

 司書の先生に見つからないようにこっそりと図書室に忍び込み、おれたちは二十年近く前の卒業をアルバムをひっくり返していた。 

 みっしょんいんぽっしぶる!! あるいはスパイ大作戦。


  結構本気で緊張するおれは額の脂汗をぐいと拭った。


「あったぞっ。<キノシタチョウコ>だ」

「えっどれどれ」


 オオツカの無骨な手が指差す先をおれは覗き込む。

 そこには元気よく笑っている一人の少女が写っていた。

 わずかに色褪せた写真の下には小さく《木下 蝶子》と書かれている。


「これが、あの歌をうたっていた人か…」

「歌っている人だろ」


 そうだ。

 この人はまだ、この学校で歌い続けているのだ。

 おれはまじまじと写真を見る。


「でも、なんだか普通の人だなぁ」


 写真の少女はどこにでもいるようなごく当たり前の少女だった。顔かたちの造作で言ったらミサトの方が若干整っていると言えるほど。


「たぶん、普通の生徒だったんだろうよ」


 オオツカはポツリとつぶやいた。

 授業中に居眠りをして焦ったり、学校が好きで好きで卒業したくないと考えたり。

 きっと自分と変わらない普通の生徒だったんだろう。


 俺は短く思いを馳せ、パタンと表紙を閉じた。卒業生のアルバムなんてめったに見る生徒はいないらしく、歴代の卒アル(略)は色褪せてはいるものの破けてたりはしていない。

 つうか…、


「ミサトっ! てめ、ひとり静かだと思ったら何見てんだよっっ」

「いや〜んっ、篠崎センセイてば若〜い。かわい〜いっ」

「なにがいや〜んだっ、こらっ」


 ミサトは《キノシタ チョウコ》より一学年あとのアルバムを広げてうっとりと頬を染めている。

 そこには今とあまり変わらない顔の篠崎(若)がすました表情で写っていた。


「ってか篠崎、ぜんぜん顔変わってないし…」


 怪奇。万年童顔科学教師。それとも当時が老け顔だったということなのか?


「ねえねえシンヤっ、この部分切り取ってもって帰っちゃ駄目かな?」

「あほかっ! お天道様は許しても図書委員は許しませんよっ」

「男の嫉妬は見苦しいな」

「オオツカぁぁっ! 頼むからそんな恐ろしい誤解はしないでくれえぇ!」


 半分泣きそうになりながらオオツカにすがりついたおれは、次の瞬間背後に恐ろしい殺気を感じ動きを止めた。

 不思議そうに顔を上げたオオツカの表情が凍りつく。

 つか、学校中から恐れられているオオツカにこんな顔をさせるなんてマジでただ者じゃな―――、


「シンヤ君。あなたも、大概懲りないわねぇ〜」


 妙に優しげな司書の先生の声を聞きながら、おれの意識は山の彼方の空遠くへすうっと薄れていった。


 ああ。

 さらば、おれの青春の日々よ…。







 肩を落とし、よろよろと幽鬼のように歩くおれの肩を、ミサトが遠慮なしにばしばし叩いている。


「はは、ドンマイドンマイ。きっとこんな日もあるわ。これも運命だと思って―――、」

「諦められるかっっ」


 半泣きどころか本気で涙さえ滲ませ、おれはミサトを怒鳴りつける。つうかお前がすべての元凶だろうがっ。


 あの後おれにどれほど恐ろしい災いが降りかかったかはあえて言うまい。

 ただ先ほどからずっと哀れみの色を浮かべているオオツカの眼差しがやけに胸に沁みた。ありがとう。おれの味方はあんただけだ。首絞められたけど。


「しかし、結局何も解明できずじまいだったわね」


 ミサトがはぁと息を吐く。

 分かったのはせいぜい歌っている人の名前とその人が教師・篠崎の先輩だったということだけ。

 どうしてこの歌が聞こえるのか。なぜ聞こえる人間と聞こえない人間がいるのか。分からないことはまだまだたくさんある。むしろ分からない事だらけだと言っていいだろう。しかし―――、


「まあ、いいんじゃないか」


 おれもまた、その疑問を放棄することにした。

 どうせすべての謎を解明したとしても歌が聞こえることには変わりない。

 だったらひとつぐらい不思議なことがあってもいいんじゃないか。

 人生、謎と休みは多い方がいい。


「あっ、でも歌を聞いても眠くならない方法だけは何とか知っておきたかったなぁ」


 う〜む、と真剣な面持ちでおれは腕を組んだ。

 じゃないと、今学期のテストが本気で洒落にならないことになる。


「眠くなる? なんだそれは」


 オオツカが不思議そうに首を傾けた。ミサトがいそいそと説明をする。


「シンヤはね、あの歌を聞くと眠くなるんだって」

「そうなのか? おれは別に授業中に聞こえてきても眠ったりはしないが」


 なに!?

 何だと!!?

 オオツカは普通に授業に出ているのか!?


 つうか、ミサトお前はオオツカが怖いんじゃなかったのか!?


  …いや、別にそれはもうどうでもいいことなんだけど。


「じゃあ眠くなるのって歌が原因じゃなくてシンヤがたんにだらしないだけなんじゃないの?」

「うぎゃっ」


 おれは言葉の弾丸に撃墜される。


「うまいことにはうまいが、歌自体は普通のもんだしな」

「ぐはっっ」


 さらにオオツカまでからも駄目出しを受けておれは床に崩れ墜ちた。

  こ、言葉の暴力反対。

 むしろおれが駄目駄目なのか?


「まあまあ、シンヤ。いいじゃないもしまた寝ちゃったら、あたしがノートを貸してあげるわよ」

「本当かっ」


 おれはぱっと顔を上げる。

 にっこりと微笑むミサトが天使に見えてきた。


「うん。一冊1万円で」


 再び床に沈む。

 なんてこったい。天使には悪魔の尻尾が付いていた。


 床に涙で「の」の字を刻むおれの肩をオオツカはぽんぽんと叩いた。


「良かったな。面倒見のよい彼女がいて」

「だからその恐ろしい勘違いだけはやめてくれえぇぇっ」


 廊下におれの悲鳴が長々と響き渡った。




  ◆◇◆◇


 

  賑やかな校舎にひっそりと歌が流れている。

 それは夢に出てきた懐かしい景色に

 誰かがそっと口元をほころばせているようでもある。


 楽しげに、幸せそうに。


 甘く優しい歌声は、いつまでも変わらぬその日常を祝福している。

 その記憶が何ものにも変えがたい宝物になるように。




 歌が聞こえる。

 誰も知らない優しい歌声。



 歌が聞こえる。



 その歌の名は <夢見鳥の唄>。 



  



                                                 【END】



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