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夢見鳥の唄  作者: 楠瑞稀
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4、デメちゃん(黒出目金・♂)は大切に!?

 その扉の前に立ったとたん、唐突に歌声は止んだ。

 屋上へと続く鉄の扉。

 後ろからぜいぜいとミサトの苦しげな呼吸が聞こえる。


「ミサトよお」


 俺は呆れながら振り返る。


「怖かったら別に着いて来なくていいんだぜ?」

「別に怖くなんかないわよっ」


 真っ赤な顔でにらみつけてくる。こうなったらミサトはてこでも動かない。クレーン車でもぎりぎり無理。

 俺は諦めてノブに手をかけた。

 鍵は掛かっていない。


 思い切って扉を押すと、錆付いた蝶つがいは軋みながらゆっくりと開いた。

 見晴らしのいい景色が視界いっぱいに広がる。


「おお〜、パノラマ」


 強い風が髪をなぶる。

 風圧に細めた目で辺りを見回したとたん、おれは今一番遭ってはならない人物と目が合ってしまった。


「よ、よおっ」


 引きつりながらも陽気に手を挙げて挨拶してみる。


「図書委員…」


 低く獣のように唸りながらオオツカは俺のところへずんずん向かってきた。


「貴様、着いて来るなと言っただろうがっ」

「誤解だ、誤解っ」


 屋上は四階だが。


 襟元を掴み上げられ、俺は必死になって奴の腕をぺちぺち叩く。

 俺はまあ平均的な身長ではあるのだが、やつの体躯が半端じゃない。俺の足は完全に宙に浮いてしまっていた。


「歌が、歌が聞こえたんだっ」

「歌?」


 俺が息も絶え絶えそう言ったとたん、オオツカが眉をひそめた。


「やめてっ。殴らないで!」


 その隙にミサトがオオツカの腕に飛びついた。


「シンヤを殴らないで、シンヤは何も悪くないの!」


 自分の太ももくらいの太さがあるのではないかと思われる腕にすがり付いて、ミサトは泣きそうな顔でオオツカを見上げている。


 オオツカはまるで水槽から飛び出した金魚(黒出目金・♂)のようになっている俺とミサトを交互に見た。


「…いや、別に殴りはしない」


 すとん。

 オオツカはあっさり俺から手を離した。


「すまなかったな」

「ひっく!?」


 その場に尻餅をついて咳き込む俺は、無愛想ながらも謝罪の言葉をかけられて思わずしゃっくりのような声を上げてしまった。オオツカはバツが悪そうに横を向いている。


「勝手についてきたのなら話は別だが、お前も呼ばれたのなら構いはしない」

「呼ばれた?」

「こっちだ」


 すたすたとオオツカが歩き出す。

 俺もなんとか立ち上がり続いて歩き出す。後ろからミサトもちょこちょこと付いてきた。


 しかしミサト、だからお前はオオツカが怖かったんじゃないのか?


 女は分からんと再び思っていると、オオツカは屋上の一角にある物置になっている小部屋の前で足を止めた。


 てっきり中に入るのかと思えば、オオツカは扉の前を通り過ぎその側面に回る。


 校舎が古いせいか、コンクリートの壁にははっきりと亀裂が走っていた。

 というか、この学校地震が起きればあっさり倒壊するんじゃないだろうな。慣れ親しんだ学び舎に俺は急速に不安を覚える。


「聞いてみろ」

「はぁ」


 いきなりその亀裂を指差され、訳が分からないままひび割れに耳を澄ます。すると、


「うえぇっ!?」


 俺は思わず奇声を発しオオツカの顔を見てしまった。  


「えっ、なんなのよ」


 ミサトが俺を押しのけて同じように耳を澄ます。


「あっ、歌が聞こえるっ。シンヤ、これがあんたの言っていた歌なの?」


 そこからかすかに聞こえてくるのは授業中、そして先ほど廊下で耳にしたあの歌声だ。 どうやら授業中と違ってこの歌声は誰にでも聞こえるようである。おれはオオツカに尋ねた。


「なあ、この歌はいったい何なんだ?」

「さあな。俺にも分からん」


 オオツカはあっさりと俺の疑問をスルーしやがった。


「だが、この歌はいつもいつも聞こえるわけじゃない。授業中聞こえることもあれば放課後に聞こえることもある。夜中…、は調べたことはないが早朝に聞こえることもある。聞こえる場所も声の大きさもまちまちだ」


 オオツカはちょっとびっくりするぐらい詳しかった。

 これほどまでにすらすら述べられるということは、どうもあちこちを聞いて探していたようである。


 ここまでくるとなると、奴が謎の歌フリークである可能性はかなり高い。あるいは歌マニア。つか授業はどうしてんだよとおれは声を大にして聞きたかったりなかったり。


「この亀裂からは、他の場所よりもずっとよく聞こえるんだ」


 オオツカはさらにマニアっぷりを発揮しつつ、稲妻型の壁の亀裂をそっと指先でなぞっていく。もしも塗り壁に学校があるなら、この壁は汽車に乗って魔法学校に行くのだろうか。


「去年の秋ごろだったか。俺もお前と同じように歌声に導かれてここにたどり着いた。あの頃は俺が最も荒れていた時期だったが、この歌声を聞くと不思議と気分が落ち着いた」


 この歌を聞き続けたおかげで今ではこんなに性格が丸くなったしな。

 無愛想なこのセリフはどうやら奴なりの冗句のようだが、先ほど締められかけたばかりの俺としては笑うに笑えない。笑うべきか流すべきか、それが問題だ。


「でもどうしてあそこまでして歌のこと隠そうとしていたんだよ」


 もしやオオツカはこの不思議な歌を独り占めにしたいとでも思っていたのだろうか。


 だがその所為でおれはもう少しのところで、昇天してデメちゃん(黒出目金・♂)に生まれ変わるところだった。

 次から祭りで金魚釣りを見ても金魚を苛めるのはやめにすると心に誓う。紙が破れてもしつこく金魚を追い回したりするのもNGだ。


 オオツカは妙にふてくされた顔で鼻を鳴らした。


「だから悪かったと言っているだろうが。この歌は価値の分からん有象無象に聞かせるのにはふさわしくないと思ったもんでな」

「そんなもんかねぇ」


 呆れるようにぼやいて見せたが、しかし実は俺もその気持ちは分からないでもなかった。


 確かにこの不思議な歌声に物見高い野次馬やマスコミ関係者なんかが群がるのはあまりにも似合わない。そのとき俺はようやくオオツカのこの表情が照れから来るものなんだと気付いた。


「でもこの歌、何でこんな所から聞こえるんだろう」


 壁の中から聞こえる歌声にうっとりと耳を澄ましているミサトがそう呟いた時、ちょうつがいの軋む耳障りな音が屋上に響いた。

 はっとして目を向ける俺たちの前で、三階の階段から続く扉がゆっくりと開いていく。


「お前たち、こんなところで何をしているんだ」


 そこから出てきたのは胡散臭い科学の教師・篠崎だった。とはいっても別に怪しい科学を教えているわけではない。もちろん今流行の錬金術とかも教えてない。

 しかし眼鏡のレンズがきらりと光を反射しているあたり、これ以上もなく怪しかった。


「ええっ、篠崎センセィ!? なんでここにっ」


 ミサトが例の甲高い声を上げて篠崎のほうに駆け寄っていく。足もとが妙に弾んでいるのは俺の気のせいか…?


 ともかく俺とオオツカはほとんど反射的に壁の亀裂を隠すようにその場に立ちふさがった。元から相談していた訳ではない。ただ、この時のおれたちはまるで双子のエスパーのように気持ちが通じ合っていたのだ。

 例え叱られようが何しようがこの歌のことは隠さなければ。


 篠崎はそんな俺とオオツカを眼鏡の奥の冷たい目でじっと見ている。

 そしてその視線は不意に後ろの壁に向けられた。


(やべぇ、気付かれたか!?)


 俺たちはぎくりとするが、篠崎は薄い唇にふっと笑みを浮かべた。

 ポーカーフェイス篠崎 (リングネーム) の珍しい笑顔に思わずきょとんとする。

 だが次の瞬間、俺たちはとんでもないことを耳にした。


「お前たちも気付いたのか。その夢見鳥の唄に」


 おれの目は皿になった。



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