地味で目立つなと婚約者に言われていたのでそのようにしていたのですが、どうやら目立っていたみたいです。
「いいか、マリアン。学園では、地味で目立たないようにしろよ」
入学前に、同級生であり婚約者のゲイリー様にそう言われた。
「どうしてですか?」
「男の顔を立てろと言っている」
「地味で目立たなければ、ゲイリー様の顔が立つのですか?」
「そうだ」
「かしこまりました、そのように致します」
よくわからなかったけれど、私は頷いた。
ゲイリー様がホッとしたように口元を歪めた理由も、やっぱり私にはわからなかった。
ひとまず、外見を変えた。
町娘のような三つ編みに、薄めのお化粧に、きっちりと制服を着る。
他に思いつかなかったので、眼鏡もかけておいた。
地方から来る私の姿を知る人は多くないし、学園入学と同時に姿を変えても誰にも何も言われないだろう。
うん、平民の子みたいで、これはこれで可愛くていいわね。
入学先の学園は貴族だらけだけど、稀に平民の生徒もいる。
そういう生徒だと思われていいかもしれない。
入学当日、貴族令嬢の皆さんは、華やかなドレスを着ていた。
私以外に制服の方は、ほとんどいなかった。
入学式はドレスでもよかったので、逆に目立ってしまったかもしれない。
次から人に合わせることを覚えなきゃ、気をつけよう。
同じく制服の方は、婚約者のいる男子生徒に気安く触れていた。
たしか、先日ダウンズ男爵家の後妻となった平民のご婦人の連れ子の方じゃないかしら。
あんなに男性陣と近いと、他の方の反感を買ってしまいかねないわね。
ゲイリー様も、鼻の下を伸ばされているし。
でも、どうしましょう、今話しかけに行ったら目立ってしまうわ。
私は捻り出して、その方にお手紙を書いて、そっと机の中に入れておいた。
うーん、これでいいのかしら…?
翌日、その男爵令嬢は男性陣と距離を取るようになっていた。
軽率に触れたりせず、節度ある振る舞いになっていて、他の女子生徒にも睨まれていない様子。
よかったわ、ちゃんと届いたみたい…!
差出人の名前もない手紙の忠告を聞いてくださるなんて、いい方だわ!
お友達になれたら嬉しいけど、目立っちゃいけないものね。
慎ましく学園生活を送りましょう。
しばらくするとダウンズ男爵令嬢は、近い身分の女子生徒と固まるようになっていた。
お友達もできたみたい、いいですねぇ。
私もお友達がほしいけど、目立たず1人でいましょう。
それにしても、その方たちからよく見られている気がするのだけれど、気のせいでしょうか?
そうして、はじめてのテストを迎えた時、ふと気づいたことがあった。
「成績も、目立ってはいけないのかしら?」
手を抜いてもいいものなのかしら。
そもそも成績で目立たないとは、どれくらいかしら。
真ん中ぐらい?
皆さんの平均値がわからないから、どうやって狙っていいのかもわからないわね。
悩んだ末に、テスト用紙の上から半分だけの解答欄に記入することにした。
下半分は真っ白のまま提出すると、学年平均くらいの成績に収まった。
うまくいったわ!
次からも、同じようにしましょう。
ゲイリー様の1つ上の順位なのも、及第点だわ。
なぜか「俺よりいい点数を取りやがって」と言われてしまったけれど、これ以上低い点数は、我が家としてもよろしくないし、これからも平均点を目指しましょう。
教師陣に呼ばれて、どうして全ての教科で解答用紙の下半分は埋めないのかと訊かれたので、「そういう掟なんです」と言ったら、ますます首を傾げられた。
次はしっかり書きなさいと言われてしまったけれど、それはできないですね。
申し訳ありません、先生方。
そんな中、学園でのダンスパーティーが開かれることとなった。
まあ、どうしましょう。
ドレスにしても、目立たないとはどのようにすればいいんでしょうか。
流行りのものを着れば、皆さんと一緒かしら。
でも、髪やお化粧はどうしたら…。
「お前とダンスパーティーなんて反吐が出るな。どうせ学園を卒業したあとも、いくらでも夜会に出るというのにな」
ゲイリー様がそう言った時、いい案が浮かんだ。
「でしたら、出席した上で欠席にいたしましょう!」
「はあ!?」
「ダンスは欠席しますので、エスコートはしないでもらって構いません」
私は教師に掛け合って、その日は給仕に回らせてもらうことにした。
裏方なら目立たないし、出席扱いにもなる。
すごく戸惑われたけれど、「せっかく学園に来たので、普段できない経験をしたいのです」というと、渋々許可が降りた。
これなら、三つ編み薄化粧も保てるし、日頃お世話になっている方の苦労も知れて、一石二鳥というものですね!
当日はお仕着せを着て、テキパキと働いた。
思っていたよりも忙しく、思っていたよりも楽しかったので、案外こういうことは向いていたのかもしれない。
お手紙を送った男爵令嬢はいつものようにこちらを見ていたし、他の方々にもチラチラ見られていた気がする。
その中には、1学年上の王女殿下もいた気がしている。
ゲイリー様の言われた通りにしているつもりなのだけれど、何か間違っているのかしら?
目立たないって、難しいのね。
私、働きすぎたかしら。
そして、とうとうゲイリー様に怒られた。
「地味で目立たないようにしろと言ったよな!?」
「はい、そうしておりますが」
「こっちは、『お前は婚約者をした働きのように扱う人間なのか』と非難されているんだぞ!?」
「まあ、どうしてそのようなことに」
「お前がダンスパーティーで給仕なんかするからだろ!」
「あれまあ、私、ゲイリー様の婚約者だと知られているのですか?」
「いや、俺の友達だけだが…。とにかく変な目立ち方はやめろ!」
「かしこまりました、申し訳ありません」
「次はないからな」
私に向かって指を差したあと、どこかに行くゲイリー様の後ろ姿を見送って、私はため息を吐いた。
目立たないって、難しいわ。
その日を境に、余計なことをするのはやめた。
まっすぐ教室に行って、授業が終わったら速やかに帰る。
他の誰とも関わらないし、ゲイリー様とも話さない。
まるで透明人間のように動いた。
そのようにしているうちに、ゲイリー様が満足そうに笑った。
「そうだ、最初からそうしていればいいんだよ」
ゲイリー様はいいかもしれないけれど、私は退屈ですね。
はあ、私らしく振る舞えないというのは、窮屈なのですね。
私も、人様に強要しないように気をつけなくてはね。
それでいったら、あのお手紙も余計なお節介だったかもしれません。
そうやって、目立たないことが板につき始めた頃、ゲイリー様は2学年上の妖艶な女子生徒に夢中になっていた。
「サラ嬢はいいぞ。頭の堅い貴族どもと違って柔軟だ」
「ゲイリー様、女性をお名前で呼ぶのは失礼ですよ」
「ハンっ、お前のそういうところがお堅いと言っているんだマリアン」
「ですが…」
「はあーあ。お前みたいに貧相な女が婚約者で、俺が可哀想だと思わないのか」
「ですが」
「言い訳するな!だから、お前みたいに地味で目立たない女は面白くないっ!」
はて、ゲイリー様はご自身で言ったことをお忘れなのでしょうか?
ニワトリさんより、記憶力が悪いのでしょうか。
大丈夫かしら、一度お医者様に診てもらった方がいいかしら。
「地味で目立たない方がいいのではないですか?」
「はああ?サラ嬢を少しは見習えっ。成績は良いし、聡いし、流行にも敏感だ。あのように自分のある女性が、今後の社交界を引っ張っていくのだろうな!」
なるほど、好みが変わったということかしら。
でしたら、私もそのように変わらないといけませんね。
「かしこまりました、ゲイリー様」
ということで、三つ編みを解いて、薄化粧もやめた。
辺境伯の娘として、恥のない格好と振る舞いに戻した。
眼鏡も外したところ、男子生徒の目線が一気に増えた。
すると、あの時のダウンズ男爵令嬢とそのお友達の方にすぐに声をかけられた。
「あ、あの、シュナイダー様…!」
「はい、いかがしましたか?」
「あの時はお手紙をくださってありがとうございました!」
「あら、私だと知っていたのですか?」
「はいっ!おかげで無作法をすることなく、友達もできたんです!」
「それは、きっとダウンズ様の頑張りと人となりですわ」
「ありがとうございます。あのっ、今日は、三つ編みにされていないのですね…!」
ダウンズ様は意を決したようにそう言うので、私は微笑んで頷いた。
「ええ、もうしなくていいそうなので」
私がそう言うと、皆さんが矢継ぎ早に口を開いた。
「よかった!もうずっとあのような格好は、シュナイダー様には合わないとみんなで言っていたのですっ!」
「そうですわ!せっかく綺麗なお髪とお顔なのに、勿体無いと話していたんです!」
「どうしてあんな美貌を隠すような姿をされていたのですか!
「シュナイダー様は、お1人の方が良さそうでしたので、近づかないようにしていたのですが…!」
「あの格好を辞めたと言うことは、もう話しかけてもよろしいのですか?」
「え、ええ。目立ってもいいそうなので」
「でしたら、ぜひ私たちとお友達になっていただけませんか?」
「ずっとシュナイダー様の所作がお美しくて、みんなで見習っていたのですっ!」
「給仕をされていた時は驚きましたが、それでも綺麗ですので、見惚れていたのですよ!」
堰を切ったように話し出すので、びっくりしてしまう。
まあまあ、どうしましょう。
ゲイリー様の言うように、私は目立たないようにするのは失敗していたみたいです。
次のテストでは全部に記入すると、学年1位になった。
これには、教師陣も喜んでくださったのでよかったです。
ゲイリー様は、わなわなと震えていましたが何も言われませんでした。
お友達も褒めてくださって、嬉しかったです。
でも、他の男子生徒の方にも今度食事などいかがですか?と声をかけられるようになったことは困りました。
ゲイリー様もサラ様を食事に誘ったりしているようですが、本来婚約者のいる人には、そのように声かけしてはいけませんものね。
どうしましょうか。
そんな時だった。
1学年年上の王女殿下が、たくさん人のいる前で私に声をかけたのは。
「シュナイダー辺境伯のご息女の、マリアンで合っているかしら?」
「はい、そうにございます」
「ねえ、突然で申し訳ないのだけれど、もしよかったら、卒業後に私の侍女にならない?」
「私が、でございますか?」
「ええ。変な格好している時はどうしようかと思っていたけれど、それも辞めたみたいだし。成績優秀者のようだし、身分も作法も十分だわ」
「もったいないお言葉にございます」
私がそう言うと、王女殿下は嬉しそうに笑った。
「ダンスパーティーの給仕の仕事ぶりを見て、あなたがいいなと思ったの。よかったら、あなたのお家に打診してもいいかしら?」
「王女殿下のお心のままに。臣下として、これ以上光栄なことはありません」
「ありがとう。しばらく結婚できないと思うけど、大丈夫かしら」
「あら、それでは婚約者と相談しなくてはなりませんね」
「えっ、あなた婚約者がいたの!?」
「マリアン様、婚約者がいたんですか!?」
王女殿下とダウンズ男爵令嬢が同時に驚いたので、私は頷いた。
「はい、ネルソン家のゲイリー様にございます」
そう答えると、王女殿下はもちろん、ダウンズ令嬢も、周辺の皆さんまで絶句された。
「………今、なんと言ったかしら」
「ゲイリー様が、婚約者なのです」
「悪いのだけれど、あなたに見合っていないのではなくて?」
「ネルソン様って、あの、妖艶令嬢の取り巻きじゃなかったでしたっけ…?」
「そうですね、件のご令嬢と最近は一緒にいることが多いみたいですね」
「それは、婚約者のいる身として、不誠実な行いなのでは?」
「そうですね。ですが、ゲイリー様のご意向ですし」
「…婚約者の意向なら、従うというの?」
「はい、今の振る舞いに戻せたのも、ゲイリー様のご意向ですので」
そこまで言うと、なぜか皆さんが「ああ…」と息を漏らして、項垂れた。
お可哀想にと言う声も、だからかと言う声も聞こえてきた。
なんのことでしょうか?
すると、王女殿下は滅多に崩さない顔を歪めて、周りにも聞こえる声で言った。
「あなたを正式に侍女にするように手紙を書くわ!婚約についても一筆書かせていただくわ!それで、あなたに相応しい地位に就くようにしてみせます!」
それだけ言い残すと、それではね、と優雅に去っていった。
周りにいたお友達にも「よかったですね!」と喜ばれたし、周りの方もホッとしているようだった。
「これで、正しく評価されますね!」と皆さん浮き立っていましたが、どういうことでしょうか?
それと、今まで声をかけてくださった男子生徒の方々には、「婚約者がいるとは知らずに、不躾なことを申して困らせてしまいすみませんでした」と謝罪を頂いたのだった。
しばらくすると、我が家に王女殿下の侍女の申し入れと、ゲイリー様の浮気による破談が決まった。
なんでも殿下が侍女になったらもっといい結婚相手を用意すると書いてくださったそうで、家族はそちらを選んだ。
ゲイリー様と最後に会った時に、「…お前が目立ったせいだ!」と怒鳴られたのですが、やっぱりよくわからないままでした。
まあ、ゲイリー様以外は皆さん喜んでくださったし、私も自分を偽らなくなってよくなったので、きっとこれでよかったのだと思います。
何より侍女として働けるのが、今から楽しみなのです!
了
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