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残火

作者: 来香

朝五時。雨。

布団の中で、男は目的もなく画面を指で滑らせていた。


かなり前のことだが、彼はSNSで小さく燃えたことがある。

何気なく書いた意見が切り取られ、正しさの形に整えられて叩かれた。

他人の文章はどれも綺麗で、そこに彼の居場所はなかった。


謝り、投稿を消し、黙っていれば数日で終わった。

だがそれ以来、何を書くにも指が止まる。

男はもう、語る側ではないのだと理解した。


それから彼は、炎上を遠くから見るようになった。

安全な場所で眺め、正義を振りかざす人間たちを数えていた。


自分は、ああはなりたくない。


そう思いながら画面を流していると、見覚えのある話題に指が止まった。


とあるアニメのファンアート。

下書きにAIを使っていたことが発覚し、作者はすでに謝罪文を出して沈黙している。

炎は、もう消えているはずだった。


それでも、そこに集まる者がいた。


有名私大の名を掲げたアカウント。

炎上が終わり、沈静化した投稿に、整った文章で批評を書き足している。


「創作倫理」

「誠実さ」

「ファンへの責任」


どの言葉も正しい。

正しすぎて、逃げ道がない。


「もう終わった話じゃないですか。本人は謝って、消えてます」

そう彼は書き込んだ。


しばらくして返信があった。


「謝罪は免罪符ではありません」

「時間が経ったから叩くな、というのは論点のすり替えです」


正しい。

少なくとも、論理の形は整っている。

過去の炎上例を持ち出し、論理を整え、感情を排したふりをする。

噛みつかれない言葉だけが選ばれている。


胸の奥がざわつきだした。

彼もかつて、この冷たさを味わったはずなのに。


大学生の投稿には、いいねが増え続けていた。

有名私大の肩書きが、先に信頼を引き受けている。フォロワーの数も、それを証明するように伸びている。


「健全な批評を行っています」

自己紹介文が、無性に腹立たしかった。


——人の炎上を啜って、生きている。


男は強い不快感を覚えた。相手はもう反論しない。謝罪し、黙っている者を、安全な距離から解体する。


炎が消えたあとに近づき、残った熱を拾い集め、数字へ換える。


その手つきは、やけに手馴れていた。


彼は、そういう人間を軽蔑してきたはずだった。


だが同時に、理解もできてしまう。

噛みつかれない位置。

疑われない肩書き。

賞賛される正しさ。


賢いやり方だ。


彼は迷った。

胸の中で、彼の正義が揺れた。

楽しんでいるのか、それとも正しいことをしているのか。


指が画面の上で止まる。

引用投稿のボタンが目に入る。

押すべきか、やめるべきか。


迷った末、彼は指を動かした。

投稿を引用し、大学生の文章を枠に収め、自分のコメントを添える。

すでに多くのいいねを得た、安全な言葉だ。


黙っていれば、この嫌悪もいずれ薄れる。

——だが、それでは足りない。


見過ごすほうが、卑怯なのではないか。

そう自分に言い聞かせ、文字を打つ。


「炎上が落ち着いてから出てきて

他人を批評して、いいねとフォロワーを回収する」

「正義じゃなくて、死体蹴りでしょう」


送信。


すぐに通知が鳴った。

思っていたより、ずっと早く。


いいね。

引用投稿。

「それな」「的確」。


数は、元の投稿より速く増えていく。


画面の向こうで、引用された人物は黙ったままだ。

その沈黙が、結果のように見えた。


男は通知の数字だけを見ていた。

その向こうに、誰がいるかはもう考えなかった。


雨音は、画面の外で続いていた。


この物語は、正義とそれは本当に正しいのかをテーマに書きました。

SNSは現代の羅生門。SNSでの自分の行動について考えてみてほしいです。

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― 新着の感想 ―
ミイラ取りがミイラになっちゃった… 昨今のSNSの炎上騒ぎとか、正直胃もたれ気味ではある 共感が集まれば正義なのか、正義を振りかざすのが正しいんだろうか…
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