あわてんぼうのサンタクロース
家に帰ると、サンタがいた。
「ほ、ほら、俺はサンタだから……通報しないでくれよ」
正確には、サンタを自称する不審者が。
俺が自室の扉を開けた途端に驚いて尻餅をついた老人は、そう言って声を震わせている。彼が手にしていた俺の豚さん貯金箱は床に落ちて粉々だ。元からほぼ空っぽだから構わないが。
赤いダウンに白い無精髭、潰れたずだ袋。確かにサンタらしい条件は揃っている。
「でも、今11月だけど」
クリスマスまで、あと一ヶ月はある。
「……あわてんぼうなんだ」
クリスマス前にやってきた、って言うだろ。老人はうろ覚えのメロディーで歌ってみせる。音痴なのか、すべての音が微妙に気持ち悪い。
「その袋に入ってるの、俺のマフラーじゃないか?」
「いや、ち、違うよ。これはほら、プレゼントだ。お前のじゃなくて、新しく持ってきたやつ」
いい子にしてたご褒美だ、ここの家の子にあげなきゃな。老人が、俺の妻が編んだマフラーをベッドサイドに置く。
「うち、まだ子供いないけど」
「……あわてんぼうなんだ」
老人は無精髭をかきむしり、同じ言い訳を繰り返す。
「お前さん、近々子供ができるからな。その子にあげようと思ったら、三年くらい早く来てしまったというわけだ」
「子供が?」
「ああ。……嫁はいるんだよな?」
おろおろと周囲を見回す老人。
「もう二年くらい妊活して、できてないけど」
「お? ……良かったな、とうとう生まれるぞ!」
老人は早口になってまくし立てる。
「おめでとう、お前さんの子供は幸せになるぞ~なんてったってサンタがついてるからな! ああでももし俺を通報なんてしたらそのラッキーも失われるかもしれんな! 今サンタを見ない振りしたら絶対に幸せになれるんだがな!」
「サンタっていうか受胎告知だな」
「ジュタイ?」
「……まあいいや、出てって」
なんとなく通報する気力をなくした。手を振って追い払うと、サンタはぺこぺこと頭を下げて窓から出て行った。
「メリークリスマス! ハッピーニューイヤー!」
「どっちも早いよ」
「家族皆で幸せにな!」
そう言い残してベランダの手すりを乗り越えるなり、とんでもない速さで駆け出して見えなくなる。
窓ガラスをよく見れば、鍵の回りだけ器用に穴を空けられていた。
あの野郎、と毒づいて、飛び散ったガラスを掃き集めていたところで電話が鳴る。
『あなた?』
少し緊張した声音の妻。
『今日病院に行ってきたんだけどね』
掠れた声で喋るうちに、とうとう泣き出した。
『できてるって……』
「……名前、ちゃんと決めなきゃな」
冷静にそう返事して、電話を切ってからじわじわと感慨がこみ上げる。なんだかあの老人にネタバレされたような気分もあって、今ひとつ喜びきれなかったが。
数日後、あの老人が手錠をかけられてパトカーに乗せられているところを見かけた。やはりただの空き巣で、口走っていたのはでたらめだったらしい。
それでも、老人が残した「お前の子は幸せになる」という言葉は、なんとなく心に残っていた。
「お前は幸せになるんだってよ」
子育ての間、不安に駆られるたびにそうやって語りかけると、息子はきゃっきゃっと笑った。
縁もゆかりもない犯罪者の、無責任極まりない断言だ。妻の妊娠を言い当てたのは、本当に偶然でしかなかったはず。それなのに――あるいはだからこそ、なんとなくその予言は当たりそうな気がした。どんなトラブルに見舞われても、すくすくと育つ息子の笑顔を見て、彼が幸せになると思っていれば苦しくなかった。豚さん貯金箱と引き換えとはいえ、あの日空き巣に入られたのも悪くなかった。
――――――――――
「……というのが、成人の日に両親から聞かされた私の誕生秘話というわけで」
床に正座するサンタ服姿の不審者は滔々と語る。
「ここから得られる教訓はつまり、サンタの恰好をして空き巣にはいれば見逃してもらえるということと、サンタの恰好の空き巣と出くわしたら家主側は見逃した方がいいということですね」
「警察ですか? うちに泥棒が入ったんですけど」




