第8話 宿命の再会
血に染まる安土の空で、兄弟はわずかな希望を交わす。
初夏の風が琵琶湖を渡り、安土の城下を撫でていた。
その風に乗って運ばれてきたのは、血の匂いと鉄の響きだった。
安土幕府と中央政府の緊張は、もはや限界に達していた。
六月、滋賀県彦根にて発生した「近江衝突事件」。
幕府側の若手将校・真田廉が、中央政府の補給隊を誤って攻撃。
その報復として皇都から出動した特務部隊が、周辺の村を制圧する。
わずか数日の間に、数百人の民が巻き添えとなった。
その報を受けた八条家昌は、沈黙の中で筆を走らせた。
「兄上へ。
もはや、この血を止めるには我らの対話しかない。」
その文は、かつて兄弟が語り合った日々の記憶を思い起こさせる。
一方、皇都・京の新政府庁舎では、富士川首相が両派の仲裁に奔走していた。
「もう一度、兄弟を会わせるのだ。それ以外に、この国を救う道はない」
彼は太郎の了承を得て、密かに安土へと赴く。
富士川の旅は、すでに彼自身の政治生命を賭けた行動であった。
六月二十七日、安土城天守閣。
薄曇りの空の下、八条家太郎は警護も連れず現れた。
「家昌、私は弟としてではなく、一人の日本人として来た」
その言葉に、家昌は微笑んだ。
「私もまた、兄上を責めに来たのではありません。
ただ、この国が滅びぬために――」
二人は膝を突き合わせ、夜通し語り合った。
理想とは何か。民とは誰か。国を治めるとはどういうことか。
その会話に、互いの心は確かに触れ合った。
しかし、翌朝。
安土の外縁で爆音が轟く。
政府軍の一部過激派が、兄弟会談の情報を漏れ聞き、強行突入を開始したのだ。
銃火が走り、護衛兵が次々と倒れる。
家昌は太郎を庇いながら叫んだ。
「兄上、逃げてください! ここで死んではならぬ!」
太郎は一瞬ためらい、そして振り返った。
「家昌――私は、お前を信じる」
兄弟は別れ、太郎は京へ帰還。家昌は安土に残った。
それが、二人の生涯最後の再会になるとは、この時まだ誰も知らなかった。
理想を語り合った夜は終わり、運命は再び二人を引き裂く。




