第42話 風に揺れる旗
七条の民と兵が共に歩む「再生の行進」。
だが、その希望の旗が揺れ始めたとき、遠く東の空に、再び暗雲が立ちこめる。
安土幕府――旧権威の残党が、新たな炎をともそうとしていた。
城下の外れ、風を孕んだ丘の上。
七条久貞は、修復途中の旗を見上げていた。
布の裂け目を縫い合わせたその旗には、未だ焼け焦げの跡が残る。
「……あの炎の夜から、まだ十日も経たぬのだな」
久貞の呟きに、佐久間がうなずく。
「ですが、城下はもう動いております。商人たちが戻り始めました。
子どもらの笑い声も聞こえます。」
久貞は微笑んだ。
「それが何よりの再建だ。民の息吹こそ、城の礎となる。」
その時、丘の下から駆け上がる伝令の声が響いた。
「殿! 東方より使者が到着とのこと!」
使者は安土幕府を名乗る男たちだった。
焼け跡の城の門前に、久貞が出向くと、黒衣の使者が深く頭を下げた。
「七条殿、安土の残る諸将より伝言にございます。
『今こそ天下の再編を』と。」
久貞は目を細めた。
「再編、か……その言葉は甘美にして毒だ。」
「いえ、殿。
彼らは貴殿の“統治の志”を認め、共に旗を掲げたいと――」
「ならば問おう。」久貞の声が静かに重く響いた。
「彼らの掲げる旗は、誰を守るためのものだ?
民か、己か。」
使者は言葉を失い、沈黙が落ちる。
風が吹き、背後の旗がひるがえる。
焼け焦げた跡の上に、光を受けた七条の紋が浮かび上がった。
「我が旗は、もはや権威のために翻るものではない。
血を流す者のため、涙する者のために掲げる。」
その言葉に、城下に集まっていた人々が一斉に頭を垂れた。
旗が風に乗り、ひときわ高く鳴った。
使者は顔を伏せ、やがて低く言った。
「……ならば、安土は貴殿を恐れるでしょう。」
久貞は薄く笑みを浮かべた。
「恐れは、いずれ尊敬へと変わる。
だがその時まで、我らは剣を抜かぬ。」
夕日が沈む。
赤く染まる空の下、七条の旗が再び風を受けて揺れた。
それは戦の予兆ではなく――新しい秩序の兆しだった。
七条久貞の理想が形を成し始めた時、
旧幕府勢力が動き出す。
戦か、和平か――その決断が次の一歩を決める。
次回、第43話「安土からの書状」では、久貞のもとへ届く一通の密書が、運命を揺るがす。




