第39話 約定の残響
幕府の誓約は崩れた――。
しかし、燃え落ちる城の片隅で、久貞はひとつの記憶を思い出す。
それは、かつて父が残した「約定」の言葉だった。
煙の中、久貞は崩れた廊下を踏みしめながら歩いていた。
足元には、焼け焦げた瓦と折れた槍。
壁には血が飛び、家臣たちの叫びが遠くで反響している。
「……殿、ここは危険です。早く避難を!」
佐久間の声が響く。
しかし久貞は、焦げ跡の残る一室の前で足を止めた。
そこは、かつて父・七条有顕が政を執った執務の間だった。
久貞は、煤けた机の引き出しを探る。
中から出てきたのは、一枚の古びた巻物――。
「“信は剣にあらず、盾なり”……」
巻物には、父の筆跡でそう書かれていた。
幼い日の記憶が脳裏に蘇る。
有顕はいつも言っていた。
「敵を斬る剣より、民を守る盾の方が重い。
七条の名は、その盾であれ。」
久貞は唇を噛みしめた。
「父上……私は、その教えを守れたのでしょうか」
外では爆音が鳴り響く。北門の戦いがさらに激化していた。
同情派の兵が押され、従順派が再び城内へ侵入したという報が届く。
久貞は巻物を胸に抱きしめ、静かに立ち上がった。
「……盾を掲げる時が来たようだな」
佐久間が驚く。
「殿、それは――」
「このまま城を捨てることは、父の誓いを捨てることと同じ。
我らが滅びようとも、“信”を掲げねば次の代に何も残らぬ。」
その言葉に、佐久間の眼が燃えた。
「ならば、共に。七条の信義、ここで示しましょう。」
外では夜明けの光が差し始めていた。
燃える城の中、久貞と佐久間は再び立ち上がる。
瓦礫の間を抜ける風が、まるで父の声のように囁いた。
――「まだ終わりではない」と。
父の遺した「信義の言葉」が、久貞の再起のきっかけとなった。
瓦礫の中でもなお、七条家の理想は息づいている。
次回――第40話「盾の誓い」では、久貞が再び民衆の前に姿を現し、
「新たな七条の旗」を掲げる決意を示す。




