第36話 炎上する信義
裏切りの報が広まり、幕府の内部はついに臨界点を迎える。
久貞は信義を守ろうとするが、従順派はもはや統制の枠を超えつつあった。
正午を告げる鐘の音が、戦場のような城中に鈍く響いた。
政庁の大広間には、従順派と同情派の家臣たちが一堂に会し、冷たい視線を交わしていた。
「この期に及んで民どもと話し合いだと?」
従順派の重臣・小林が机を叩いた。
「彼らは刃を向けた! もはや民ではない、反逆者だ!」
「だが、火を放ったのは我らの命令ではないか」
中原が静かに言い返す。その目には憤怒と失望が交錯していた。
「信義を失えば、この城はもはや守るに値せぬ」
久貞は沈黙を貫いていた。
両派の声が交錯し、罵声と怒号が飛び交う。
重苦しい空気の中、佐久間が一歩前へ出た。
「殿、もはや決断の時です。従順派を斬り捨てるか、彼らに身を預けるか」
久貞の瞳が鋭く光る。
「……信義とは、誰のためにあるのだ」
その言葉は静かだったが、広間の空気を一変させた。
「我らは武家だ。だが、民を守るために剣を取ったのではないのか?
それを忘れ、己の正義を語るとは、何と浅ましい。」
従順派の面々がざわめく。
「殿、それでは幕府が瓦解いたします!」
「よい。瓦解するなら、それがこの幕府の定めだ」
久貞の決意を見た従順派の一人が、突如として刀を抜いた。
「貴殿こそ、国を裏切る者だ!」
鋼の閃きが走る。
刹那、佐久間が身を挺して久貞の前に立ちはだかった。
刀と刀がぶつかり、火花が散る。
混乱の中、広間は一瞬にして修羅場と化した。
悲鳴、怒号、血の匂い。
信義は燃え、忠誠は炎に呑まれていく。
その夜、城の外からも紅い光が空を焦がしていた。
戦は外からではなく、内から燃え始めていたのだ。
信義と忠誠の間で揺れる久貞は、ついに「幕府の崩壊」を覚悟する。
内乱の火が灯った今、もう誰にも止められぬ流れが始まっていた。




