第6話 崩れゆく均衡
理想は現実を裂き、兄弟の絆は運命の炎に包まれる。
秋雨が冷たく皇都の石畳を濡らしていた。
皇居を制圧してから二ヶ月。令和律令は公布され、新政府の骨格は整いつつあった。だが、その実態は脆く、各地の自治体では従来の行政が崩壊し、地方武装集団の独立行動が目立ち始めていた。
八条家太郎は関白太政大臣として政庁に座すも、胸中には焦燥が渦巻いていた。
「この国を変えるはずだった……だが、なぜこうも乱れる」
彼の独白に、側近の富士川弘は静かに応じた。
「陛下を擁しても、民の心までは支配できませぬ。彼らが求めているのは、安寧ではなく、生存そのものです」
その言葉に、太郎は目を閉じた。理念と現実の狭間で、己の改革が空回りしていることを悟る。
一方、安土の地では、追放された弟・八条家昌が新たな旗を掲げていた。
病を理由に隠遁していたはずの彼が、密かに幕府再興の兵を募り始めたのだ。
その中心には、若き家臣・篠原信景がいた。かつて皇軍参謀として太郎に仕えた男。
「兄上の理想は立派だ。だが、それは民を苦しめる鎖だ。われらが新しき秩序を打ち立てねばならぬ」
家昌の声は柔らかくも、底に確かな決意を宿していた。
やがて京と安土、二つの権力が並び立つ構図が現実となる。
富士川内閣は形式的に残されたが、すでに国政の実権は二人の八条兄弟によって握られていた。
令和律令のもとで復古した貴族政治と、安土幕府の武断政治――。
その二つの理想は、皮肉にも再び日本を裂く種となっていった。
同年十二月。冷たい北風が皇都を吹き抜ける夜。
皇居の玉座に一人座す太郎は、燃えるような夕焼けを背に呟いた。
「弟よ……おまえが見た未来を、私はまだ見ぬ」
その声は誰にも届かず、ただ秋の風にかき消された。
日本は再び、静かな狂気の中へと沈みゆく。
令和律令の影が落ちる中、次章――分裂の戦火が国を呑む。




