第5話 忠義と理想の狭間で
皇居に新たな秩序が築かれる。だがその裏で、崩壊の兆しが静かに始まっていた。
皇居制圧から七日後。
政府は崩壊し、国会議事堂は焼け落ちていた。
テレビも新聞も沈黙し、東京はまるで別の国のようだった。
その日、太郎は皇居内の会議室に立っていた。
壁には新たに掲げられた菊花紋の旗、
そして中央には太政官を模した円卓。
机の上には、分厚い紙束――『令和律令』が置かれていた。
「――これが、新しい日本の礎となる。」
太郎の声は静かだったが、空気を切り裂くような重みがあった。
副官・富士川弘が立ち上がり、宣言を読み上げる。
「令和律令、第一条――
天皇を国の象徴とし、神祇の統を継承するものとす。
ただし、国政は公卿および武家の会議によってこれを行う。」
ざわめきが走った。
それは実質的に、天皇の政治的権限を奪い、
太郎と皇軍幹部が主導する新国家の成立を意味していた。
だが、誰も反論しなかった。
この戦乱の中で、国家をまとめうるのは太郎しかいなかったからだ。
富士川が一歩進み出て、低く問う。
「――総理大臣、浅間尚実の処遇は?」
太郎は目を細める。
「彼はまだ利用できる。名目上の首相として残せ。」
「はっ。傀儡として、ですね。」
「言葉を選べ。彼は我らの“表”だ。」
富士川は微かに笑みを浮かべた。
「承知しました。では“新内閣”の編成を進めます。」
⸻
一方その頃――。
近江・安土の山中。
重傷を負いながらも奇跡的に生き延びた男がいた。
八条家昌。
彼は仲間に担がれ、廃寺の奥で意識を取り戻す。
目を開けると、傍らには忠臣の 榊原義経 がいた。
「……ここは……?」
「安土です。将軍、あなたはまだ生きておられる。」
家昌は咳き込みながらも、かすれた声で呟く。
「兄上は……勝ったのか。」
「はい。しかし、世は乱れています。
あなた様の名を信じる者たちは、今も各地で旗を掲げております。」
家昌は天井を見上げた。
兄への憎しみではない。
ただ、胸の奥に沈む“置き去りにされた者”としての痛みがあった。
「……兄上の理想は、美しい。だが、あまりに冷たい。」
「ならば――再び、戦われますか?」
榊原の問いに、家昌は首を振った。
「否。今はまだ、時を待つ。」
⸻
その頃、皇居では太郎が新政府の布告文に署名していた。
「――これより、この国を律に戻す。
公卿と武士の国政をもって、令和の乱世を鎮める。」
その声を聞きながら、富士川は静かに心中で呟いた。
(あなたは理想を追いすぎる。太郎様……いつか、その理想が国を焼く。)
理想と忠義が交錯する中、兄弟の宿命は再び動き出す――嵐の前の静けさ。




