序章全1話完結 静寂の果て
――この国は、何度目の滅びを迎えるのだろうか。
理想は必ず戦を呼び、正義はいつも剣を持つ。
人は歴史を学ばず、ただ繰り返す。
「第二次戦国記」第三部は、そんな終わりなき輪廻の物語である。
かつて世界が一度滅び、再び立ち上がった日本。
その中で芽吹いた新たな秩序――大和幕府。
しかし秩序は腐敗し、理想は裏切られ、かつての友が敵となる。
この物語に救いはない。
だが、滅びゆく時代の中にも、確かに“生きた”人々がいた。
彼らの声を、怒りを、祈りを、ここに記す。
歴史の炎は、誰の手にも消せはしない。
――そして今、静寂の果てに新たな戦が始まる。
五年の歳月が過ぎていた。
あの、鉄と血が街を染めた第二部の終焉から、わずか五年。
日本列島は一見、平穏を取り戻したように見えた。だがその静けさは、暴風の前のわずかな凪でしかなかった。
中央政府の象徴たる八条家は、長年の腐敗によりすでに実権を失い、かつての「関白太政大臣」は名ばかりの存在となっていた。
かわって政の表舞台に立ったのは、七条家。
彼らは旧貴族でありながら、近代的な軍制を整え、「大和幕府」と呼ばれる新政権を樹立した。
都の喧噪が絶えた古都・奈良。
大和幕府の本拠「平城大政殿」の石畳を、朝露が濡らしていた。
その中心に立つ初代将軍・**七条的有**は、静かに朝日を見上げていた。
五年の歳月の果てに築き上げたこの幕府を前に、彼の表情は満足ではなく、どこか哀しみに沈んでいる。
「……これが、正しき国の形なのか。」
呟きは誰に向けられたものでもなかった。
的有は理想を掲げ、腐敗した中央を打倒した。だが、その理想は既に戦争の中で形を変え、ただの支配と抑圧へと変質していた。
幕府を支える武官たちは実力主義に傾き、平民の声は届かぬ。
秩序の代償に、自由は奪われたのだ。
的有の背後で、金属製の自動扉が音を立てて開いた。
「将軍、安土方が再び国境を侵犯。近江方面、第二師団が応戦中です。」
報告したのは若き軍監、立原宗盛。
彼の瞳には忠誠ではなく、冷たい計算が宿っていた。
「……また立花か。」
「はい。どうやら立花景範が、安土幕府の初代将軍を正式に名乗ったようです。」
その名を聞き、的有の目がわずかに細まった。
かつての盟友、立花家。
七条家が幕府を起こす際、共に戦い、共に血を流した同志。
だが、的有が“中央を完全に断絶すべし”と唱えたその夜、立花は別の道を選んだ。
——「我々は中央と手を結ぶ。民のためには、それが最善だ。」
それが決別の瞬間だった。
以来、七条と立花の間には血の河が流れている。
「……景範。お前もまた、理想に呑まれたのだな。」
的有は再び窓の外を見つめた。
遠くに見える比叡山の向こう、滋賀の地に「安土幕府」は築かれている。
武力、経済、技術、全てが拮抗する両幕府。
五年間続いた冷戦は、いまや決定的な破裂の時を迎えつつあった。
その頃、東京——。
日本政府首相官邸では、別の政治劇が進んでいた。
「中央政府はもはや統治機能を失っている。我々が主導するべきだ。」
内閣総理大臣・**天城惟真**は、重苦しい会議室でそう言い放った。
参列する閣僚たちはうなずきもせず、ただ沈黙していた。
中央政府の腐敗により、行政・軍事・司法は分断され、地方自治体すら大和幕府と安土幕府に忠誠を誓う始末。
国家の形は保たれていても、魂はすでに消えかけていた。
そして、その空白を狙う存在があった。
——ビオテスク帝国連邦。
かつて欧亜を席巻した新興超大国。AIと生体兵器を融合させた次世代軍を有し、世界の経済と情報を掌握していた。
日本の混乱は、彼らにとって最高の介入の機会だった。
帝都ビオトラ。
巨大なホログラムの地球儀の前で、総帥アリス=ベルタリウスは薄く笑った。
「極東の島国が再び戦国に陥るとは。人の歴史は、なんと滑稽なまでに繰り返されることか。」
その指先が日本列島をなぞる。
ホログラム上の奈良と安土が、赤く点滅した。
「開戦を、待つがよい。」
——そのわずか一ヶ月後。
比叡山麓にて、両幕府の軍が初めて正面衝突した。
“近江灘の戦い”の火蓋が切られた瞬間である。
かつて一つだった日本が、再び分かたれていく。
そして、誰も気づいていなかった。
この戦の果てに、日本という国そのものが、歴史の海に沈んでいくことを——。
静かなる夜明けのように始まった第三部の序章。
しかし、この静けさの下には、すでに多くの命の鼓動がある。
七条家、立花家、八条家、九条家、日本政府、そして外の世界――
すべての思惑が絡み合い、ひとつの巨大な渦となっていく。
初代将軍・七条的有が見た理想は、果たして愚行だったのか、それとも未来への礎だったのか。
その答えを知るのは、彼の血を継ぐ者たち。
次章、「影の久貞」。
理想を継がず、秩序を選んだ男が歩む、氷の時代が始まる。
――歴史は再び、動き出す。




