第二部第6話 東天の叡 第2話 天翔ける誓い
和令三十年――。
かつて「令和律令」を支えた宿政の理想は、世代を越えてなお受け継がれていた。
だが、時代はすでに混沌の只中にあった。
七条幕府は権勢を極め、執権富士川家と大老吉川家が政治を牛耳る。
一方で、旧日本皇軍の理念を受け継ぐ者たちは「新日本皇軍」を旗揚げし、各地で反幕府勢力との連携を模索していた。
その渦中に立つのは、東朝を統べる 大叡天皇。
彼は自らの理想を貫くため、ついに剣を執る――。
東西南北に分裂した朝廷、幕府と中央政府の対立、
そして新旧皇軍が交錯する中、
いま再び「理想」と「現実」がぶつかり合う。
これは、八条宿政の志を継ぎ、
乱世に正義を求めた後継者たちの戦いの記録である。
夜明け前の鎌倉。
由比ヶ浜に立つ大叡天皇は、白く霞む海を見つめていた。
昨夜の密会から一夜。大谷義崇との言葉が、なお胸の奥に残っていた。
――戦は、理のために。
その言葉を己に言い聞かせながら、帝は静かに拳を握った。
東朝の宮殿「瑞雲殿」へ戻ると、老臣・立花義淳がすでに待っていた。
「陛下、幕府より早馬が。七条将軍家が、東国への兵の増派を決した模様にございます」
「……やはり来たか」
七条幕府第十二代将軍・七条顕親は、若くして冷徹な策士として知られていた。
彼は東朝の独自外交を「叛意の萌芽」と見なし、幕府の権威を維持すべく軍を動かしたのだ。
「義淳。鎌倉の防備を整えよ。だが、民への徴兵は行うな。
――この戦、民の血ではなく、我らの意志で終わらせる」
その言葉に、義淳は深く頭を垂れた。
彼は幼き頃より大叡を見守ってきた忠臣である。だがその瞳には、確かな不安が浮かんでいた。
「陛下……それでは兵が足りませぬ。幕府軍三万に対し、我らの手勢は二千。
これでは、いかに高徳寺の坂でも守りきれませぬ」
「守るためではない。――繋ぐためだ」
帝はそう言い、懐より一通の書状を取り出した。
その印には「新日本皇軍総司令 大谷義崇」と刻まれている。
「義崇殿が動く。彼らは今、甲斐・信濃の境にて軍を再編中。
幕府が東を攻めれば、その隙に中部を制し、幕府の背を討つ。
それが我らの“密約”だ」
立花は目を見開いた。
帝はいつの間にか、すでに義崇と盟を結んでいたのだ。
東朝と新日本皇軍――。
一方は帝を戴く正統の旗、一方は旧皇軍の魂を継ぐ軍。
その同盟は、まさしく新時代の夜明けを意味していた。
――同刻、甲斐国。
新日本皇軍の本陣「白鷹砦」では、大谷義崇が地図を睨みながら低く唸った。
「七条の動きが早い……。
やはり幕府の背後に、富士川家がいるな」
幕府の執権・富士川宗継は、冷静無比の政治家であった。
彼は新日本皇軍の拡大を最も恐れ、情報網を駆使してその全行動を監視していた。
「総司令。報せが入りました。西では吉川大老の軍が動き始めています。
兵五千、駿河より東進中とのこと」
「吉川か……あの男、富士川の策を察したな。幕府内でも一枚岩ではないということだ」
義崇は唇に苦笑を浮かべた。
この国の政治は、もはや誰の手にも収まらぬ迷宮と化していた。
だが、その迷宮を突き破るためにこそ、新日本皇軍はある。
「我らの剣は乱のためではない。
――陛下の“理”を、この地に立たせるための剣だ」
その言葉に、幕僚たちは一斉に拳を胸に当てた。
軍の旗が掲げられ、白地に「皇」の文字が翻る。
その瞬間、甲斐の風が鳴り響いた。まるで遠く鎌倉の海風と呼応するように――。
そして、運命の刻が来た。
和令三十年四月二十八日。
幕府軍三万、鎌倉侵攻を開始。総大将は七条顕親。
対する東朝・新日本皇軍連合軍、総勢八千。
指揮官は大叡天皇自らが執り、由比ヶ浜から高徳寺坂へと進軍した。
「陛下、お下がりください! これ以上は危険です!」
義淳の叫びにも、大叡は首を振る。
「この剣は、民の盾である。天子が剣を取らねば、誰がこの国を護る!」
帝は白銀の鎧をまとい、佩刀「瑞風」を抜いた。
陽光が刃に反射し、戦場に一条の光が走る。
その光が兵たちの士気を奮い立たせ、潮のように敵軍へと押し寄せた。
戦いは激烈を極めた。
矢が空を覆い、鉄が火花を散らす。
だが戦局は圧倒的に幕府有利。数刻も経たずに、東朝軍は退却を余儀なくされた。
そのとき、南の山々が轟音を上げた。
甲斐より進発した新日本皇軍二万が、幕府軍の背後を急襲したのだ。
大谷義崇、見事な連携だった。
「見よ、義淳! あの旗は――!」
大叡が指差した先、風に翻る白き旗。その中央に「皇」の一文字。
それは和令の理想の象徴、そして宿政の魂が再びこの地に舞い降りた証であった。
顕親は戦場の中央で馬を止め、顔を歪めた。
「……東朝と新皇軍が手を組んだか。
ならば、この国は再び戦乱の渦に沈む――!」
だがその言葉をかき消すように、海風が吹き抜けた。
その風の中で、大叡は静かに天を仰ぎ、呟いた。
「宿政よ……我は、あなたの遺した理想を生きよう。
たとえ、この身が血に沈もうとも――」
その言葉が風に乗り、やがて戦場を越えて全国に届いた。
後の世はこの戦を「鎌倉の暁」と呼ぶ。
そして、これが第三次戦国時代の真正なる開幕であった。
お読みいただきありがとうございます。
この第二話では、東朝と新日本皇軍の“理想の同盟”がついに結ばれました。
鎌倉の戦いは短期的な勝敗ではなく、「思想」と「正義」の転換点として描いています。
次話「黎明の旗」では、東朝内部の政争、幕府の報復、
そして南北西の各朝の動きが同時に火を吹きます。
それぞれの“理”が交差し、戦乱の大地はさらに深く燃え上がる――。




