第2章「紅と黒 ― 神軍と赤軍」
理想は理想を殺す。
右も左も、血の色に染まった時代――
戦火は理をも焼き尽くしてゆく。
和律元年、五月。
春の嵐が過ぎ、京の空は鉛のように重く垂れ込めていた。
七条幕府が桂川を越えてから半月。
各地で戦線が拡大し、もはや戦火は西日本全域に及んでいた。
北陸では「日本赤軍連合」が蜂起。
富山を拠点に旧皇軍残党と結託し、七条幕府の支配地を次々と制圧していった。
一方、西日本では右派組織「日本神軍」が幕府と手を組み、宗教的支配を強めていた。
“天皇の御心を体現する武士”――彼らはそう称して戦旗を掲げたが、
実際は信仰を隠れ蓑にした軍政国家であり、
その狂信はやがて幕府をも飲み込んでいく。
「紅」と「黒」。
それは、もはや思想ではなく信仰であった。
赤軍は平等を叫び、神軍は秩序を叫ぶ。
だがそのどちらも、人命の上に成り立つ殺戮の正義だった。
――その混沌の中、八条真葛は密かに動き始めていた。
京・北山の仮政庁。
夜更け、地図を広げた真葛は、立花景頼を呼び寄せた。
「景頼、北陸の赤軍勢力と接触できるか。」
「……殿下、彼らは皇統そのものを否定しておりますぞ。
八条の名で使者を出せば、殺されましょう。」
「ならば、八条の名を隠せばいい。」
真葛は静かに笑みを浮かべた。
「七条も赤軍も、己の正義に酔っている。
我らはその隙を突き、民の支持を奪う。
この戦、剣ではなく理で勝つのだ。」
その裏で動いていたのは富士川重俊だった。
彼は七条幕府の中枢に密偵を放ち、
将軍・七条典孝が神軍との同盟に不満を抱いていることを掴む。
「典孝殿は、神軍に国を奪われることを恐れている。
もし八条殿下が“秩序ある和”を説けば、必ず揺らぐ。」
真葛はその報告を受け、決断する。
「――七条との密約を結ぶ。」
それは、宿敵との一時的な手打ち。
かつての戦国時代ならば“裏切り”と呼ばれた策である。
だが、真葛は迷わなかった。
「我は天下を取るために戦うのではない。
天下を和するために動くのだ。」
同じ頃、七条幕府では重臣たちが動揺していた。
富士川の密書を受け取った幕府大老・吉川頼景が、典孝の前で進言する。
「殿下、神軍は御家の意を聞きません。
もはや八条と講和を結ぶほか、幕府の独立も危うい。」
典孝は沈黙した。
長い沈黙の末、呟くように言った。
「……八条は我らの敵だ。しかし神軍は、国の敵だ。」
その言葉をきっかけに、密かに“八条・七条連合”が結成される。
新たな敵は、日本神軍と日本赤軍――両極に立つ狂気の連合だった。
そして七月、運命の“桂川会談”が開かれる。
場所は中立地帯の古い寺院。
真葛と典孝は初めて相まみえた。
「おぬしの祖父、宿政殿には一度会った。
あの男の目は、我らを赦しているようで赦していなかった。」
典孝の言葉に、真葛は静かに頷いた。
「祖父の時代は終わりました。
今は、あなたと私の時代です。」
「敵と手を組むか?」
「敵であるからこそ、理を通せる。」
二人の握手は、やがて全国を揺るがすことになる。
八条・七条同盟によって、“神軍・赤軍掃討戦”が始まった。
炎の夜が再び日本列島を覆い、
戦の音が絶えることは、二百年の間、なかった――。
第2章では、右派と左派という思想の対立が極限まで激化し、
八条真葛と七条典孝という宿敵が、
「理」と「秩序」を掲げて一時的な共闘を果たします。
次章「血統の檻 ― 七条の影」では、
この同盟の裏に潜む“裏切り”が、物語を大きく動かしていきます。




