第1章「戦火の都 ― 八条真葛の決起」
第三次戦国の炎は、いよいよ京を包もうとしていた。
若き関白・八条真葛が、運命に抗う最初の一歩を踏み出す。
和令三十二年、早春。
京の旧市街は、かつての栄華の影もなく瓦礫と灰に覆われていた。
寺社は焼け落ち、石畳は砲弾の跡で割れ、
人々は地下の避難所や崩れかけた長屋で、わずかな火を囲んで暮らしている。
その中心、八条院跡に建てられた「臨時中央庁」。
ここが名ばかりの中央政府、すなわち八条真葛の政庁であった。
「陛下よりの勅命は未だ届かぬか」
真葛は静かに問う。
文官のひとりが慌てて膝をついた。
「はっ……淡海町御所は七条幕府の監視下にあり、勅使の出立は差し止められております。」
真葛の眉がわずかに動いた。
「……そうか。七条の手は、ついに朝廷の門まで伸びたか。」
かつて幕府を再興した七条範朝の孫、三代将軍・七条典孝は、
いまや西国の覇者として恐れられていた。
彼の兵、十万。
その背後には右派勢力「日本神軍」の支持がある。
中央政府の権威を完全に骨抜きにした張本人だった。
一方、北陸では左派勢力「日本赤軍」と旧皇軍残党の連合軍が蜂起。
富山、金沢、越前を制圧し、反七条勢力として勢いを増していた。
だが、彼らもまた地方の独立を掲げる一大勢力であり、
真葛にとって「味方」と呼べる存在ではなかった。
「――我が祖父が築いた令和律令の夢は、ここまでか。」
真葛は、政庁の奥に飾られた古びた肖像を見上げた。
そこに描かれていたのは、八条宿政。
初代令和律令制定者にして、かつての関白太政大臣。
祖父の眼差しは、どこか遠くを見つめているようだった。
そのとき、重臣・九条経雅が部屋に入った。
九条家は代々摂政職を務める名門であり、真葛にとって最も信頼のおける人物のひとりである。
「殿下、京の北方より報あり。七条勢、桂川を越え、御所方面へ進軍とのこと。」
「……ついに来たか。」
真葛は静かに立ち上がる。
「我ら八条が、再び立たねばならぬ時が来た。」
その声は、かつて宿政が「律令」を布告したときのそれと酷似していた。
血が、再び歴史を動かそうとしている。
「九条卿、富士川家・吉川家・立花家に通達を。
今宵、八条院にて戦議を開く。――戦の準備だ。」
その言葉を皮切りに、静寂だった都は再びざわめき始めた。
兵を集め、火薬を運び、伝令が駆ける。
やがて夜、戦議の間には四家の旗が揃った。
富士川家の執権・富士川左京亮重俊。
吉川家の大老・吉川頼景。
管領・立花景頼。
そして摂政・九条経雅。
「七条幕府は、もはや戦国統一の名のもとに暴政を敷いております。
その影にいる日本神軍を討たねば、再び日本に秩序は戻りませぬ。」
「だが中央の兵は三万、幕府の兵は十万。まともに戦えば勝ち目はない。」
「ならば、戦わずして奪えばよい。」
真葛の声が低く響いた。
「我ら八条は、血による支配ではなく、志による再統一を掲げる。
民の心を得るのだ。七条が刀で治めるなら、我らは理で治める。」
富士川重俊が口を開いた。
「……それでも、戦は避けられまい。七条典孝は交渉の余地を持たぬ男。」
「ならば、交渉を持つ男を作ればいい。」
真葛の瞳に炎が宿る。
その日、八条真葛は“戦わぬ戦”を掲げ、
新たな政体「和律連邦」の樹立を宣言することとなる――。
第1章では、真葛が政治的理想を掲げつつ、
「七条幕府」との全面対決を決意する過程を描きました。
彼の理想は、やがて血と鉄の現実と衝突していきます。
次章「紅と黒 ― 神軍と赤軍」では、
新時代の戦火がいよいよ全国に広がります。




