序章 黒き暁 ― 真葛、失われた都を望む
三十年の歳月が流れ、令和律令の理想は崩壊した。
かつての秩序の残滓の中で、新たな覇者たちが立ち上がる。
この序章では、八条宿政の孫・八条真葛の視点から、
「第三次戦国」の幕開けを描きます。
和令三十二年。
大地はなお、終わりなき戦火に焼かれていた。
中央の威光はとうに消え、天子の詔勅も、もはや一地方の風聞にすぎぬ。
八条宿政が世を去って三十余年。かつて「令和律令」によって築かれた秩序は、いまや瓦礫の中に埋もれている。
京の都は廃れ、朝廷は淡海町の地に仮御所を構え、
大願天皇の後を継いだ淡海町天皇が、虚ろな目で国土の荒廃を見つめていた。
だが、天皇の名を奉じる者はもはや少なく、
実権は「日本神軍」なる新興組織の手に落ちていた。
その旗印には、かつての皇軍旗を模した黒地の八紋星。
「神の御心により、新たなる日本を再興す」と叫ぶ彼らの影の背後には、
右派思想の武人・宗家七条家がいた。
彼らは幕府を再興し、初代将軍・七条範朝を頂点に、
戦乱の世を己の意志で導こうとしていた。
一方、左翼組織「日本赤軍」は各地の自治を掲げ、
地方豪族・旧軍残党らと結び、幾多の小国を築いていた。
かくして、国土は東西南北、数百の勢力に割れ、
人々はこの時代を「第三次戦国」と呼ぶようになった。
その混沌のただ中、ひとりの若き貴公子がいた。
名を――八条真葛。
八条宿政の孫にして、名目上の関白太政大臣。
しかし、実際の権力は失われ、彼が治める「中央政府」は、
いまや形式のみの象徴でしかなかった。
それでも真葛は、己の祖父が守り抜いた「令和の理想」を胸に刻み、
再び国を束ねようと静かに誓っていた。
春、霞の中に沈む旧都・京の廃墟を遠望しながら、
真葛は馬上でつぶやいた。
「――祖父上、あなたの築いた日本は、まだ滅んではおりませぬ。」
その瞳に、確かな光が宿る。
黒き暁は、いま始まろうとしていた。
序章では、第一部から三十年後の世界を描きました。
「理想の崩壊」と「新たな覇権」が交錯するこの時代で、
真葛はどのような道を選ぶのか――。
次章「戦火の都 ― 八条真葛の決起」では、
混沌の中で彼が初めて下す決断が明らかになります。




