焚き火
テオ様の家に来て二ヶ月が経ったある日の午前。
キッチンで水を飲んでいた私は、二階から降りてきたテオ様がリビングのソファに顔からボスッと沈没する瞬間を見てしまった。
最近のテオ様は書斎で難しそうな本とにらめっこしていて、何かブツブツと呟きながら細かい文字や記号を紙に書き殴っていることが多い。
テオ様が何をしているのか私にはさっぱりわからないけれど、作業中のテオ様は怖いくらいに真剣で集中している。
「んあー……」
どうやらテオ様は集中が切れて力尽きたらしく、意味のない呻き声を上げている。
何だか頭から湯気が出ているようにも見えてきた。
「あの……、テオ様、大丈夫ですか?」
「……おー……」
堪らずに声を掛けると、テオ様は力なくヒラヒラと手を振って応えてくれた。
そんなテオ様の頭をリンクスが猫パンチでペチペチと悪戯している。
本当にテオ様が限界ならそんな真似はしないだろうから、一応はまだ大丈夫みたい。
「……シアーぁ、昼食と夕食の準備はー?」
「えっ? あの、まだですが……」
まだ昼食には早い時間だし、献立すら決めていない。
私がそう答えると、突然力を取り戻したテオ様が勢いよくムクッと体を起こした。
「じゃあ、材料を持って森へ行こう!」
「えっ?」
材料を持って森へ行く……?
森へ行くのは楽しいし、もちろん異論はないけれど……。
「森歩きが出来る格好に着替えて集合だ、シア!」
機敏な動作で立ち上がったテオ様は軽い足取りで階段を上って、自室へ着替えに行ってしまった。
テオ様が物凄く張り切っている……。
もしかして、疲れでおかしくなっちゃったのかな……?
少し困惑しながら自室で着替えて一階へと降りると、すでに着替え終わったテオ様がパントリーでゴソゴソしていた。
「シア、塩とバターを出してくれるか?」
「えっと、何をする気なんですか?」
「適当に焚き火で焼いて、塩とバターで食う」
「焚き火?」
「そう、焚き火」
私は思わず魔道具のコンロを見る。このコンロがあるから、私はこの家に来てから火起こしや薪の管理をしていない。
それに私は一度も焚き火をしたことがない。
「たまにしたくなるんだよなぁ、焚き火」
テオ様は楽しそうに言いながら、ジャガイモやらチーズやらを次々と腰の革ポーチにしまっている。明らかな容量オーバーなのにスポスポッと飲み込んでいくポーチ……、何度見ても不思議だ。
最後に食器とコップもしまって、準備完了みたいだ。
「セブ、小川だ。小川へ行くぞ」
玄関を出たテオ様が少し弾んだ声でセーブルを呼んだ。
セーブルは家の右横から現れて、そのまま大きい姿になる。
「さぁシア、行こう!」
すっかりはしゃぎ気味のテオ様が、セーブルの背中で私へと手を伸ばした。
……やっぱりテオ様は疲れて変なテンションになってしまったのかもしれない。
「はい、テオ様」
私は少し苦笑しながらその手をとり、セーブルの背中へと浮き乗った。
そうして私達は森へと入っていく。
森の中は今日も穏やかだ。
清々しい空気と鳥達の鳴き声。
森林浴は気持ちがいい……。
「なぁシア、いつも家にいて退屈じゃないか?」
私が回りを眺めて森の景色を楽しんでいると、テオ様が訊ねてきた。
家にいることは苦痛ではない。
家政のお仕事をして、ちゃんと一日三食摂って、テオ様と笑っておしゃべりして、リンクスやセーブルと戯れて……。
傷付いていた私の心と体がここまで回復したのは、そんなささやかで安定した日常の繰り返しのおかげだと思う。
「退屈じゃないです」
私が答えると、テオ様は少し考えた後に小さく首を傾げた。
「森遊びならいくらでも付き合うから、いつでも声を掛けてくれて構わないからな。こうしてセブに乗って森のあちこちへ行くだけでも気分が違うしな」
「ええと……、テオ様がいい時で大丈夫です」
「そんな風に誤魔化して言うなら、シアの都合を無視してバンバン誘うぞ? シアが掃除していようが料理していようがお構いなしに、だ」
「ええっ?」
私が思わず振り返ると、テオ様は楽しそうに笑っていた。
さすがに冗談だったんだと思う。……たぶん……。
そんな話をしている間に、私達は清涼な水が流れる小川へとたどり着いた。
小川付近は木がなくて見通しがよい広場になっている。
穏やかなせせらぎが心地いい……。
「ルー!」
空へ呼び掛けたテオ様がピューッと見事な指笛を鳴らした。
初めて見るテオ様の行動に私は首を傾げる。
――すると。
上空で甲高く響く鳥の鳴き声がして――、急降下してきた大型の猛禽類がバサリと羽ばたいてテオ様の右腕へと止まった。
立派で鋭い黄色の鉤爪と嘴。黒と白の羽毛。真ん丸な橙色の瞳。凛々しい佇まい。
か、かっこいい……。
「使い魔のルグナだ。普段は大森林の広範囲を飛び回っている。たまにウチへも寄るから、見掛けたら声を掛けてやるといい。
ほらルー、前に話したシアだ」
「え、えぇっと……。よ、よろしくね」
おそるおそると挨拶すると……、首を傾げたルグナは私をじーっと見て、短くピャッと鳴いた。見た目に反した凄く可愛い声だ。
かっこいいのに可愛い……。
「ルー、魚を獲ってきてくれ」
テオ様が頭や羽根を優しい手つきで撫でながら言うと、ルグナは応えるようにピューイと鳴いて再び空へと戻った。ぐんぐんと高度を上げていく。
鳥って本当に自由で気持ちよさそう……。
「シアは薪拾いってしたことはあるか?」
声を掛けられた私は、上空を見上げていた視線をテオ様へと戻した。
「えっと……、ないです」
かまどの薪は扱ったことがあるけれど、森で薪拾いをしたことなんてない。
「じゃあ、一緒に拾おう。こんな感じの枝を拾ってくれるか? 乾いてなくてもいい。俺が乾燥させるからな」
テオ様が見本となる枝を何本か拾って教えてくれた。
「わかりました」
小枝や草を踏む二人分の足音。
枝葉のざわめかせる風。
鳥達の歌声。
綺麗な木漏れ日。
本当に、平和な時間だ。
「こんなもんでいいな」
拾い終わった枝はテオ様がポーチへと放り込んだ。便利だなぁ。
小川の広場へと戻ったテオ様は石を拾って地面で丸く組み始めた。
石組みが終わると、今度は石組みの中へ拾った薪を組んでいく。
「あとは上手く火をつけてやればいい」
テオ様はパチンと左手で軽く指を鳴らした。
薪についた小さな火がパチパチと音を立てながら成長していく……。魔術だと火起こしが簡単でいいなぁ。
「おいで、シア」
焚き火の傍へ腰掛けたテオ様が私を呼んだ。
大きなセーブルのもふもふを撫でていた私は、素直にテオ様へ近寄って隣に座った。
すると私についてきたセーブルが私達の背後でゴロンと寝そべって体を寄せてくる。
「ふおぉ……」
凄い。まるで高級毛皮のソファだ。その極上の感触に思わず声が漏れる。
あったかい……。呼吸で一定リズムに動く感じがまた何とも心地いい……。
魅惑のソファに心がうち震える私を横目に、テオ様は口元に微笑みを残して焚き火の世話をしている。楽しそう。
「俺がこういうことをするのが不思議か?」
私がじっと見ていたからか、テオ様が可笑しそうに笑って私を見た。
「えっと……、ちょっとだけ意外でした」
少し悩んだ末に私は正直な感想を述べた。
いつも書斎と工房に籠っているテオ様はインドア派で、こうしたアウトドアな真似はしないタイプだと思っていた。
私の感想を聞いたテオ様は楽しそうに笑った。
「あははっ。この大森林は俺と使い魔達の管轄だからな、たまにはこうして出歩いて遊ぶさ。それにこの森は俺のような魔術師と相性がいいんだ。家にいるだけでもいいが、実際にこうして森の中にいると調子が整う」
テオ様はそう説明しながらポーチから小枝とナイフを取り出した。
小枝を器用に削って……、木串を作っているみたいだ。
「シア、焚き火を見ていてくれるか? かまどと似たようなものだ。空気が入るように薪の位置を微調整して、必要なら薪を入れてやればいい」
「やってみます……!」
セーブルから背中が離れるのは惜しいけれども、今は目の前の焚き火だ。
こうして薪や火がはぜる音を聞くのは久しぶりだ。火を直接管理するのも久しぶりだ。
何だかちょっと楽しい……。でも火遊びが楽しいって危ない考えかも……?
「こらこら、ルー」
ブワッと風圧を感じたと同時に、テオ様の半笑いな声が聞こえた。
目をやると、翼を広げたルグナが前屈みで作業しているテオ様の肩にガッシリと止まっている。
爪が凄い……。テオ様の肩にグッと食い込んでいるようにしか見えない……。
「い、痛くないんですか?」
「全然。甘えているから、くすぐったいくらいだ」
あ、これ甘えていたんだ。
落ち着いて見ていると、ルグナはテオ様の髪をついばんで甘噛みしている。たまに目がうっとりとしていて、ちょっと可愛い。
「魔術師と使い魔は魔力で契約する。魔術師は使い魔へ魔力を提供し、使い魔は魔術師の命令に従う。魔力が尽きない限りは使い魔が魔術師の心身を傷付けることはない」
「ええと、魔力がご飯代わりなんですよね?」
「ああ、俺のマナ――魔力は美味いらしい。ルー、少し退いていてくれ」
テオ様に言われたルグナは少し離れた岩の上へと移動した。
ルグナは綺麗な橙色の瞳でテオ様をじっと見ている……。テオ様が大好きなんだろうなぁ。
木串を作り終えたテオ様はポーチから魚をズルッと取り出した。
魚?
「そのお魚って、この子が獲ったお魚ですか?」
「そう。ルーが獲った魚をポーチ内の収納へ直接入れていた。ついでにその状態で内臓と鱗処理は済ませた」
またとんでもないことを言っている気がする。
私が来る以前のテオ様は家事を魔術で片付けていたというし、テオ様に出来ないことなんてないのかもしれない。
「テオ様って便利ですね……」
思わず本音を呟くと、テオ様はニヤリと笑った。
「生活の知恵だ、生活の知恵」
上機嫌なテオ様は魚に塩を揉んで次々と木串で串打ちしていく。
焚き火といい、凄く手慣れた手つきだ。
「お上手ですね」
「俺の兄弟子がこういうことを好んでやる変わり者なんだ。その影響で覚えた」
「テオ様の兄弟子様……?」
どんな人なんだろう?
「魔術師のくせに運動が大好きで、暇さえあれば山でも海でもガンガン出歩く奴だ」
テオ様の話を聞きながら、日焼けした肌に白い歯が眩しい笑顔で筋肉ムキムキな男性が思い浮かんだ。
魔術師というと汗水垂らして体を動かすよりも、涼しい顔で呪文を唱えているイメージがあった。色んな魔術師がいるんだなぁ……。
……まぁ、呪文を唱えずに魔術が使えるテオ様は規格外な気もするけれど……。
「さーて、焼いていこう」
魔術で水を出して手を洗ったテオ様は、空中から取り出したジャガイモとトウモロコシを躊躇いなく皮ごと焚き火へと入れた。
「トウモロコシも皮のままなんですか?」
「最初は皮のままで蒸し焼きにして、その後に焼き色をつけるんだ。たぶん美味いはず」
「たぶん? はず?」
「あははっ、思いつきだからなぁ。正解は知らんよ」
次にテオ様は魚の串を斜めに焚き火へ掛けて焼き始めた。
本当に楽しそうだなぁ、テオ様……。
トウモロコシは皮が焦げてきたところで皮を剥いて、焚き火で炙れるように石組みの内側へ立て掛けるように置いた。
魚も時々串を回して、均等に焼いていく。
いい焼き色……。
お魚はジュウジュウいっているし、トウモロコシも美味しそう……。
……ぐぅぅと小さくお腹が鳴ってしまった。
気付けばいつもの昼食の時間を過ぎている。自分の正直な腹時計に顔が熱くなるのを感じた。
「……テオ様、お腹が空いてきました……」
少し恥ずかしくなりつつ言うと、テオ様はクスッと小さく笑った。
「ちょうどよさそうだな。ほら、熱いから気をつけな」
魚の塩焼きが焚き火から外されて私に手渡された。
焼きたてでジュウジュウいっているし、香ばしく焼けた皮と油の匂いがする。すっごく美味しそう。
焚き火で作った魚の塩焼きなんて初めてだ。
「い、いただきますっ」
背中側をパクッと一口。
パリッとした皮と塩の層があって、その後にフワッとほぐれる身が現れて……!
「どうだ?」
期待を込めた目をしたテオ様に訊かれたけれども、熱を逃がすのと口がいっぱいですぐには答えられない。
ハフハフ、もぐもぐ……。
「美味しいです!」
思わず大きな声を出すと、テオ様は大満足といった笑顔で嬉しそうに笑った。
「あははっ、よかった。喉に詰まらすなよ? 残った骨は後で炙ってセブが食うからな」
「ふぁい!」
私の元気な返事に目を細めて、テオ様も魚の塩焼きにかじりついた。フフッと嬉しそうに笑みをこぼしている。
そこからは美味しい物の暴力だった。
こんがり焼けたトウモロコシはそのままの甘味を楽しんで……。
ほくほくジャガイモは塩とバターの両方で楽しんで……。
「まだいけるよな?」
テオ様は次々と追加の食材を焚き火へ投入していく。
木串に刺した厚切りハム、ソーセージ、チーズ、肉厚なキノコ、トマト、ナス……。
「えっ? ナスもまるごとですかっ?」
「焼けたら中がトロットロだぞ、トロットロ」
「うわあぁ……」
美味しい物だらけで幸せすぎる……。
功労者のルグナにも魚の塩焼きが一匹贈呈された。
セーブルは大型犬サイズに戻って、焼きソーセージと炙った魚の骨をパリパリと楽しんでいる。
リンクスが羨ましがりそうな光景だ……と思っていたら、テオ様の背後から腰に擦り寄る動物の姿があった。
「えっ、リンクス?」
あ、当たり前のようにいる……。
テオ様の膝へ登ったリンクスは体をニュッと伸ばすと、焼きキノコ串を塩で食べているテオ様に執拗な圧を掛けた。
「コイツらは俺を介して自由に空間移動が出来るんだよ」
「な、なるほど……」
だからドアが閉まっていてもリンクスやセーブルが室内にいたりするのか。
私が感心していると、とうとう圧に負けたテオ様がキノコ串をリンクスに明け渡した。
リンクスは嬉しそうに焼きキノコを食べている……。テオ様が食べている物なら何でもいいらしい。
「シア、まだ食えるか?」
「もうお腹いっぱいです……」
お腹がパンパンで苦しいくらいだ。お腹も心も満たされた……。
多幸感でふわふわしている私にテオ様がクスッと笑った。
「月に一、二回くらいやってもいいな。俺とシアのいい気分転換になるし、コイツらも楽しそうだしな」
「わぁ……!」
目を輝かせる私にテオ様はご満悦だ。
「そうだ。次はマシュマロを買って持ってこよう」
「? ま、ましゅ、まろ? ましゅまろ……」
「ふわふわした甘いお菓子だ。焚き火で焼くとトロッとして美味い」
お菓子を焼く? 焼くのにトロッとするの? チーズみたいな感じなのかな? でも、ふわふわ……?
首を捻って不思議がる私を、テオ様は優しく微笑んで見守っていた。
焚き火料理を食べ終わった私達は、大きなセーブルをソファにして、のんびりと焚き火を眺めている。
セーブルから平和な寝息が聞こえる。
ルグナはテオ様の膝へ寄り添って甘えている。
リンクスは我が物顔でセーブルの背中を独り占めしている。
心が緩んでしまい、ふわぁ……と欠伸が出てしまった。
お腹もいっぱいだし、何だか眠たくなってきた……。
「シア、おやすみ。俺も少し寝るから」
眠気と抗っている私を見かねたテオ様は、クスッと笑いながらポーチからブランケットを取り出した。私達の体にふんわりと掛ける。
本当に何でも出し入れ出来て便利なポーチだなぁ……。
「ふわぁ……」
背中のセーブルも隣のテオ様もブランケットもあったかい……。
焚き火のパチパチ音と木々のざわめきが心地いい……。
……眠い……。
頭を撫でられている心地よさを感じながら目を覚ますと、空は綺麗な夕焼けだった。
「起きたか? シア」
「んん……」
少しずつ覚醒しながら目を擦っていると、自分がテオ様の体に寄り掛かっていたことと、私のお腹の上に何かが乗っていることに気が付いた。
テオ様から体を起こしながら寝ぼけ眼で見ると、私の上に翼をたたんだルグナが眠っている。
「ルーは俺以外の人間に警戒心が強いんだがな、シアにはかなり気を許したようだ」
テオ様は優しく手を伸ばしてルグナの羽をふんわりと撫でた。
背後ではセーブルが前足をはむはむと噛んでいる気配がするし、リンクスは目の前で気持ちよさそうに大きく伸びをしている。
動物好きな私には最高の空間だ。嬉しくて思わずフフッと笑ってしまった。
「さて。シア、泉へ移動しようか。今夜は星の位置的に面白いものが見られそうだ」
「面白いもの?」
以前話していた「素敵な光景」のことかな?
テオ様はニヤッと笑って私をセーブルの背中へ引っ張り上げた。
セーブルの頭側にはリンクスがバランスよく座って、お尻側には目を覚ましたルグナが収まっている。
泉へと向かっていく間にも、周囲はどんどん暗くなっていく。
魔獣が潜む森の夜……。本来なら危険に満ちているはずだ。
だというのに、心は本当に穏やかだ。
テオ様とテオ様の使い魔達。この布陣には安心感しかない。
セーブルが立てる足音に耳を傾けて楽しんでいると……、前方から微かに不思議な歌声と楽器の音が聞こえてきた。
えっ? 森の中なのに?
思わずテオ様を振り返ると、テオ様はニヤッと笑って前方を指差した。
「あの泉は森に棲む妖精が集う場所なんだ。特に星振の夜はこうして賑やかに集まっている」
「妖精……?!」
思わず大きな声を出してしまった私は慌ててハッと手で口を押さえた。うるさくしちゃダメだっ。
そんな私を安心させるように、テオ様は私の頭をよしよしと優しく撫でた。
「ほら、ごらん」
テオ様に促されて前を見ると、ちょうど木々を抜けるところだった。
穏やかな夜の泉の広場に、淡い光が蛍のようにいくつも飛んでいる。
白や赤、黄色に緑。他にも色とりどりな光達。
その光は泉の水面にも反射していて、とても幻想的な光景が広がっている。
周囲には低音にも高音にも聞こえる不思議なコーラス。
笛や太鼓や弦楽器のような楽器の音。
光の妖精達はそのリズムに乗ってふわふわ舞っている。
「ふわぁ……!」
私は口元を押さえながら目の前の光景に見とれてしまった。
そんな私の反応にテオ様は満足そうで、表情がとても柔らかくて穏やかだ。
テオ様の手を借りてセーブルから降りる。妖精達の邪魔をしないように、そーっと……。
私達を降ろしたセーブルはそのまま寝転んで、テオ様はそんなセーブルをソファにして座った。二人とも息ぴったりで慣れた動きだ。
「シア、おいで」
テオ様に誘われて隣へ座ると、テオ様は再びポーチからブランケットを取り出して私達に掛けた。夜風で冷えないようにと気を遣ってくれたようだ。
妖精達の透き通った歌声。
楽しげな演奏。
それらの意味はわからないけれど、こうして皆で奏でる時間が嬉しくて仕方がないという感情が伝わってくる。
「妖精って本当にいるんですね……」
私の呟きにテオ様はフフッと笑った。
「本来は見えないし聞こえないからな。俺が波長を合わせているからシアにも認識出来るんだ」
「わぁぁ……っ」
すっごく貴重な体験なんだ! 私の溢れ出た嬉しさと重なるように光と音楽が瞬いた。
とっても綺麗で素敵……!
「……ん……」
感動が溢れて何だか涙が出てきてしまった。
手の甲で目元をごしごし擦っていると、テオ様が頭を優しく撫でてくれた。
「なぁ、シア。これまでシアが生きてきた世界は理不尽に限られていたが、その外側はこんな風に違った景色を見せてくれる。世界ってのは思いのほか綺麗で悪くないものだ。
まっ、いつも家にいる俺が言うと説得力がないかもしれんがな」
「ふふっ……」
おどけた口調のテオ様にくすぐったい気持ちで笑ってしまった。
「この森は他にも色んな場所があるんだ。だから……、ほら、あれだ。俺は何もなければ年単位で家に籠っても平気な奴だからな。俺にカビが生えないように、シアが俺を外へ連れ出してくれ」
こじつけのような言い分だけれど、テオ様はずっと家にいる私を気遣って言ってくれているんだ。
「はい、テオ様」
嬉しい気持ちで素直に返事をすると、テオ様はとても綺麗な笑顔で再び私の頭をふんわりと撫でた。