転機
大魔術協会の総会初日。……今日から三日間、憂鬱な日々が始まる……。
朝食を終えて自室へと戻った俺は、面倒くさい気持ちを殺しながらクローゼットを開けて着替えていく。
総会出席者に服装の指定は特になく、だらしのない服装でなければ何でも問題ない。
そもそも魔術協会の定例会や総会とは、魔術師という変わり者集団の集まり。中には自作の魔術具をあしらった服装で来る輩もいるくらいだ。
とはいえ危険な魔術具を装備して持ち込む馬鹿がいれば上級の魔術師が対処するし、それが他者に害を及ぼすような危険物だった場合は降格や除籍などの処分をされる。
なので総会には正装用のローブを着ていくのが無難だろう。
正装用である白いローブは階級や所属を表した金色の刺繍が施されている。
俺の刺繍は魔術公を表す物だから、顔を知らずともコレを見れば俺が誰なのかバレバレだ。
「あー、面倒くさい……」
ローブに袖を通すだけでも憂鬱な気分だ……。
ふとクローゼットの内扉に備え付けの鏡を見ると、ローブを羽織った状態であからさまなうんざり顔をしている俺が映っている。
いかん、いかん。シアの手前、真面目に振る舞おうと決めていたのだ。少なくとも家を出るまでは表に出さないようにしないと……。
そんなことを考えて頭を振っていると、小物入れのトレーが目に入った。
雑にトレーに収まっているのは魔術具の指輪や髪留め。髪留めの紐以外は滅多に身に付けないものばかりだが……、そのうちの一つは特別な物だ。
「んー……」
その特別な物――黒色と琥珀色の紐で丁寧に編まれた組み紐を手に取る。
これはシアが作ってプレゼントしてくれた物だ。たぶん俺の魔力から色の組み合わせを選んだんだろうな。
組み紐にはほんのりとシアの魔力が移っており、俺への感謝を込めて編んでくれたことがわかる。俺には内緒でこれを一生懸命に用意してくれたと思うと嬉しいものだ。
一瞬だけ悩んだが、組み紐を右の手首に結びつけていく。
「……ふっ」
心のくすぐったさに思わず笑ってしまった。
擬態魔術を使っている状態の俺はわりと色白肌な上にローブも白だから、組み紐の色味がいいアクセントになっているじゃないか?
あとは指輪とタグプレートを通したネックレスを服の内側から表に出して、鏡を見ながら身なりを正す。
ちなみにローブの下は普段通りの白シャツと黒ズボンだ。別に王城へ行くわけでもないんだし、窮屈な時間を少しでも楽に過ごせるように着なれた服がいいだろう。
身支度を終えてリビングへ降りると、テーブルを拭いていたシアが俺を二度見してきた。
「わぁ……! テオ様、かっこいいですっ! 凄いすごいっ!」
「ん、ありがとうな」
誉められると素直に嬉しいもんだ。
目を輝かせながら近寄ってきたシアが、興味津々といった様子で俺の回りを一周する。
こんなに興味を持つならもっと早くにローブ姿を見せてやればよかったな。
「テオ様、すっごく偉い魔術師っぽく見えます!」
「あははっ。今シアの前にいるのはアルドリールの魔術公だぞ、魔術公」
「魔術公としてのテオ様はどう呼ぶのが正解なんですか?」
そう問いながら俺を見上げてくる翡翠の瞳が尊敬の光で揺らめいている。
「『ディズ・アルドリール』が正解だが、シアは俺の弟子だから名前呼びでも構わない」
「お名前呼びだとテオ様? それとも、テオドア様?」
「公の場だとテオドアの方がいいな」
「おお~……。でもうっかり『テオ様』って呼んじゃいそうなので『お師匠様』って呼びますね」
それはそれで少し寂しいな、などと思ったのはシアには内緒にしておこう。
換気のために開けられたリビングの窓から心地よい晩秋の空気が入っている。
ああ、ウチは平和でいいなぁ……。出掛けるのをやめてリビングのソファで昼寝をしていたい。
そんなことを考えながら軽くため息をついていると、俺の怠け心に気付いているであろうシアがふふっと笑って俺を見上げた。
「テオ様、居眠りしないように頑張ってくださいね」
俺が頑張る点はそこなのか。……いや、俺にはふさわしい応援だな。
思わず苦笑していると、シアの応援を後押しをするようにリーが俺の足に擦り寄ってきた。
「俺に何か用があればリーかセブに伝えるか、魔石のペンダントを握って俺に呼び掛けてくれ。そうすれば俺に伝わって速攻で帰ってくるからな」
「それは何回も聞きましたよ、テオ様。私は大丈夫です」
シアはクスクスと笑ってから身を屈めてリーをよいしょと抱き上げた。
「夕飯の時間までには帰ってくるからな」
「はぁい。今夜は秋ナスとトマトのミートグラタンにしますね。テオ様が帰ってきてから焼けるように準備しておいて、焼きたての熱々を食べられるようにするんです」
「それは楽しみだな。お土産は何がいい?」
俺の問いにシアはきょとんとしている。
「えっ? お土産は最終日だと思っていました。まさか三日間ともお土産をくれるんですか?」
「ああ、俺はそのつもりだった。帰ったらシアにお土産を渡すというモチベーションで総会を乗り切るからな」
俺の言葉にシアはまたクスクスと笑った。
「それじゃあ、お土産は甘い物がいいです。お菓子でも果物でも、テオ様にお任せしますね」
「わかった」
甘い物か……、何がいいかな。総会中に考えていれば居眠りが防げるか。
右手で自分の顎を軽く擦りながらそんなことを企んでいると、シアの視線が俺の右手首――シアが贈ってくれた組み紐へと吸い寄せられた。
「あっ! テオ様、手首に結んでくれたんですねっ!」
「せっかくだからな。シアを一緒に連れていく気持ちで、な」
「わぁ……!」
シアの視線が俺と組み紐との間を何度も行き来している。本当に嬉しそうだ。
「さぁて……、そろそろ行くかぁ」
行きたくない気持ちしかない……が、下手に遅れて行くとそれはそれで目立つし嫌みを言われるからなぁ。
特大のため息をついた俺は左手でパチンと指を鳴らし、移動の扉を開く。
「テオ様、気をつけていってらっしゃいっ!」
シアは元気いっぱいに言いながら、抱き抱えたままのリーの右手を優しく掴んでバイバイと振ってきた。
リーはおとなしくされるがままだ。見事に猫を被っているなぁ……。
「ああ、行ってくる。シアを頼んだぞ、リー」
『ミャァア』
おっ、珍しく返事しやがった。気まぐれな奴め。
扉を抜けた先はアルドリール大魔術協会の大会議堂、それも俺や師匠達の席があるスペースだ。
本来なら手続きをして正面の出入り口から入場しなければならないんだが、面倒だから扉の出口に直接繋げてやった。
なにせ俺は魔術公だぞ、魔術公。俺の身元確認などの手続きなんぞする必要はないし、俺のこの行いを諌められるのは師匠とルナリアくらいなもんだ。
俺は魔術公だから本来なら別席なのだが色々と面倒なので、協会の担当官に言って古代魔術師が集まった場所に席を用意させた。つまり、基本的に周りは俺の身内だけだ。
すでに会場入りして自分の席にいるルナリアとその隣に立つ青年――ルナリアの息子ルークと目が合った。
「おーテオ、ちゃんと来たねー。でもその露骨な不機嫌顔はしまった方がいいぞー?」
「こりゃあ今夜は雹の槍が降りそうだね。王都に展開している結界の強度を上げた方がいいんじゃないか?」
「うるせぇぞお前ら」
俺は悪態を吐きながらルナの隣の席にドカッと座って右足を組んだが、不機嫌全開な俺を前に母子はマイペースでのほほんと笑っている。
ルークは外見だと二十歳ほどに見えるが、実年齢は俺より少し上。そして二児の父親だ。
見た目も気性も母親似なのだが、ルークの妻が常識人なおかげで子供達にはこの厄介な性格は伝染していない。本当によかったと思う。
「先に言っておくが、俺はここから一歩も動かんし、一言も発言しないからな」
ムスッと腕を組んでいると、ルークがプッと笑いを噴き出した。
「うっわぁ、清々しい。本当に来ただけなんだ?」
「ほっとけ」
「僕は隙あらばアレをやる気満々だけどね。『素人質問で恐縮ですが~』っていうアレ。楽しいからね」
ルークが企み笑いを浮かべて、ルナは口元に手を添えてクスクスと笑っている。
……おいルナ、笑ってる場合か。このマイペースなサドの企みを止めろよ。お前の息子だろうが……。
ちなみにルナとルークが着ている正装用ローブの刺繍はアシュフォードの紋章だ。
現代魔術師なら階級に応じた紋章が刺繍されるが、現代魔術師の側面を持たない古代魔術師の場合は属している流派の紋章となる。
現在アシュフォードに属している古代魔術師は七人。つまり師匠、俺とルナリアとレガリオ、ルーク、あとは師匠の弟とその弟子だ。将来的には今レオが育てている弟子と、そしてシアが加わることになるだろう。
古代魔術師にはアシュフォードから派生した流派が三つ現存している……のだが、ぶっちゃけ俺は他流の古代魔術師に興味がない。
古代魔術師が全世界で何人いるのかもよく知らん。確か二十人だか二十五人程度、だったか?
対して現代魔術師は数えきれないほどいるのだから、古代魔術師は本当に目立ってしまう。それが源流のアシュフォードなら尚更だ。
今も現代魔術師達の席から向けられた崇敬にも似た視線をチラチラと感じている。
「今日はテオドア以外にも珍しい人が結構来るみたいだね。デュラがサジェル師の代行で来るって――あ、来た来た」
友人である他流の古代魔術師を見つけたルークが早足でそちらへと離れていく。
あぁ、やれやれ。やっと平和になった……。
「それでー? シアちゃんとは上手くやっているのー?」
「……」
ちくしょう、前言撤回だ。
おそるおそる隣をチラ見すると、糸目を開眼したルナが圧の強い笑みを浮かべて俺を凝視していた。
これは「はい」か「イエス」しか言えねー奴じゃねーか。勘弁してくれ。
「……普通だ、普通」
ルナの圧に負けた俺はつい目を逸らしたが、ルナはこの程度で俺を逃がすような優しい奴じゃない。
「テーオー? シアちゃんが傷付くような真似だけはしないようにねー。これまで何人の女の子を泣かせてきたと思っているのー?」
「そんな過去は存在しねーよ。捏造すんな」
現代魔術師の知人に女は数人いるが、あくまでも友人止まりだ。断じて色恋だの何だのという関係にはなっていない。
舌打ちをする俺にアネキは呆れたようなため息をつく。
「まったく、これだからポンコツは……。シアちゃんは繊細な女の子なんだからねー。シアちゃんの心を傷付けたら、私がテオを抉るからねー?」
おい、抉るって何だよ……。
総会が始まる前に俺の気力はすでに大きくマイナスだ。でかいため息が出てしまう。
「シアは俺に依存しているんだ。俺への依存を異性への恋愛感情だと勘違いしているんだろうさ」
「…………ねぇ、テオドア? まさかとは思うけれど、それシアちゃんには言っていないでしょうね?」
一気に絶対零度へと下がったルナリアの声音とオーラに、背筋がゾゾッと粟立った。
「さ、さすがに言ってない。だが、普通に考えればそうだろう?」
「テオドア。シアちゃんの健気な告白をそんな風に捉えたの?」
「なら、俺はどうすればよかったって言うんだよ? 真に受けるわけにはいかないだろうが。相手は子供だぞ?」
「……へーぇ? それでシアちゃんには『大人になるまで待つ』だなんてそれっぽいことを言って誤魔化して、その場を適当にやり過ごしたんだー?」
「そ、その言い方は悪意があるんじゃないか? 混乱しながらもあの場で俺なりに真剣に考えた結果なんだからな」
たじたじになりつつ反論すると、ルナは呆れたような表情で薄目を開けて俺を軽く睨んできた。
「それでー? その考えは今も変わらないのー?」
「時間が経てばシア自身が気付くだろ? 俺への気持ちの正体は依存だった、と。その頃には俺なんて眼中にないさ」
「……へぇー……? 結局はシアちゃんに丸投げなんだー? へーぇ……?」
「だ、だから、その言い方には悪意があるぞ。俺は別にシアの気持ちと存在を軽んじているわけじゃない」
「……はぁ……」
額を押さえたルナが盛大なため息をついた。
「本っ当にポンコツすぎてズレてて呆れる……。ねぇちょっとー、今の話聞いてたー? この子どうしてくれようかー?」
「――ああ、はっきりと聞こえていたとも」
ルナが俺の背後に向かって声を掛けた直後に、俺の背後に聞き覚えしかない声と圧倒的な存在感がほぼ同時に現れた。
思わず動きが固まった俺の左肩に、背後からポンと力強く手が置かれる。
「お前はいくつになっても、ひねくれ者の駄々っ子だねぇ」
「本当にねー」
「…………」
お、おい、やめろ。
魔力で威圧しながら、俺の左肩に体重を乗せて物理的な圧まで加えるな。
「さぁ――、坊や? 私とじっくりお話しようか」
瞬きも忘れかけている俺の顔を背後からヌーッと覗き込んできたのは……、不適な微笑みを浮かべた妖艶な女だった。
豊かなプラチナブロンドの髪を持ち、美しく歳を重ねた妙齢の美魔女。
その整えられた長い爪でスルリと首筋を撫でられて心臓がヒュッと縮む。
――この魔女こそが古代魔術師の源流たるアシュフォードの現当主であり、アルドリールにおける現代魔術師第一階級の魔術大公であり、大魔術協会の長という属性てんこ盛りな化け物。
すなわち、俺の師匠かつ養母であるセルディア・アシュフォード・シス・アルドリールである。
「……勘弁してくれよ……」
背後には養母、隣にはアネキ。
そして魔術協会長に絡まれている魔術公という珍しい光景へと向けられた現代魔術師共からの好奇の視線……。
アシュフォードの魔女二人の餌食になった俺は本当に可哀想だ。誰かこいつらを止めてくれ。
「んん? なんだテオ、今度は何をやらかしたんだ?」
地獄のど真ん中にいる俺とは正反対な能天気さで登場しやがったのはレガリオだ。
コミカルな動きで左右の頬が交互にコロコロと膨らんでいるから、どうやら飴玉を口の中で転がしているらしい。実に腹立たしい。
「なぁに、単に相互理解と親睦を深めているだけさ。なぁ、可愛い私の坊や?」
背後の魔女が俺にそう問いながら、俺の左肩に添えたままの爪をわざと軽くクッと食い込ませてきた。
……いや、マジで、本ッ当に、色々な圧が酷すぎるだろ……。
そんな俺の心労なんぞ熊にわかるはずもなく、アニキは「ふーん?」と簡単に流しながら頭を掻いている。
「んー、何だか事情はよくわからんが。とりあえずテオ、お前は後で自分の担当官に会ってやれよ? 本来お前がやるべき諸々の手続きを丸投げしているくせに顔も出さないとか、さすがにアイツが不憫だぞ」
おい馬鹿やめろ。今はそれを言うべきタイミングじゃねーよ。
「――ほう?」
案の定……、背後で師匠が怪しく微笑みを深めたのが気配でわかった。
「なぁ、坊や? どうやらお前には色々と教育が必要なようだねぇ?」
「いえ、結構です」
「遠慮するんじゃあないよ。お前は他人に甘えることが苦手な可愛い私の坊やだからねぇ。仲良く私とお話をしようじゃないか」
「マジでやめろ。勘弁してくれ」
養母から生活指導とカウンセリングを受けるとか、一体どんな地獄だよ。
まったく、これだから王都に来るのは嫌なんだ……。
「テオ様ぁっ、お帰りなさーいっ!」
「……おー、ただいま……」
帰宅した途端に無邪気な満面の笑顔で出迎えてくれたシアに、俺はげっそりとしながら返事をした。
ウチに帰ってこられた安堵感が半端じゃない。
シアの笑顔にも心から癒される……。
「テオ様……、大丈夫ですか?」
疲れきって軽く項垂れた俺をシアが心配そうに見上げてくる。
「ん、大丈夫だよ」
力のない笑顔で応じながら右手でシアの頭を撫でる。シアのオリーブベージュの髪がふわふわで気持ちいい。
……こうしてシアを撫でている右手の手首にあるのは、ただの組み紐ではない。
シアが俺を想う気持ちを込めて編んで贈ってくれた、真心だ。
「…………」
――シアが俺に向ける気持ちは純粋だ。
気持ちの正体が何だのと、そんなことは関係ない。シアはただ純粋に俺を想ってくれているんだよな……。
それなのに俺は、俺を好きだとシアに告白されたあの場でシアと向き合うことから逃げた。
――――……そして。
これはシアとの関係だけの問題ではない。そう思い、奥歯をギリッと噛む。
……これまで俺は、自分以外の人間との関係に一線を引く部分があった。
師匠達が熱心に愛情を注いで俺を育ててくれたとしても。
俺がどれだけ人間のフリが上手くなろうとも。
実験動物だった過去を持つ俺は異物なのだ、と。
いつか俺は完全に切り離される存在なのだ、と。
そのように、どこか冷めている節があった。
「……はぁ……」
密かにため息をついてシアを見る。
俺を純粋に信じてくれている透き通った翡翠色の瞳が見える。
――……俺にとって擬態を解いた後の本来の姿は、外道の魔術師に飼育されていた畜生だった頃の姿だ。
シアには「今は本来の姿にトラウマを持っていない」と話したが、本音は違う。
だからここで一人暮らしをしていた頃も擬態をした状態を通してきた。
――――だからこそ。
シアが本来の姿の俺を認めてくれた時は心底ほっとした。
擬態を解いた状態で過ごしていても、シアが普段どおりに接して甘えてくれることが嬉しかった。
「――シア」
「? 何ですか、テオ様?」
「……いや、何でもないよ」
「?」
心の壁を完全に取り払って人間と関わることが、俺には本当に難しい。
――……それでも。
それを克服したいという思いも確かにあった。
そのキッカケとなれば、と――……。
そういう狙いがあって、俺は奴隷商からシアを買った。
これこそが、シアを買った最後の理由なのだ。
人一人を自身のための教材に仕立てるようなものであり、歪んだ臆病者の行いだろう。
『今も面倒だ何だと言って人付き合いを避けているけれどねー、それは他人に心を開くことが苦手だからなんだよねー?』
『お前はいくつになっても、ひねくれ者の駄々っ子だねぇ』
――……ああ。まったく、そのとおりだな。
俺はひねくれ者の臆病者だ。
これじゃあシアの方がよっぽど立派だ。
……やれやれ。俺の役割はシアが独り立ちするまでの繋ぎなのだと、そう腹を括ってきたんだがな……。
俺がシアに伝えた気持ちに偽りはない。
シアは俺にとって大事な家族で、未来を導くべき大切な弟子で、庇護すべき可愛い子だ。
そう。子供だから可愛いわけではない。
シアだから特別で、可愛いのだ。
……あ、もちろんこれは邪な感情ではないからな。俺はロリコンの変態じゃないし、そんな穢れた目でシアを見られるものか。
シアは俺にとって大切な存在で、俺はシアにとって大切な存在。
そのシンプルな事実だけで十分だ。
「さて」
馬鹿げた自問自答は終わりだ。
俺は軽く頭を振って思考を切り替えると、収納空間から小箱を取り出した。
「さぁシア、お待ちかねのお土産だ」
「っ、ありがとうございますっ! うわぁっ、可愛いっ。いい匂いっ! 美味しそう……!」
今日のお土産は例のクッキーを扱う菓子店でも一番の人気を誇る商品で、猫の肉球をかたどったフィナンシェだ。
一日に何度か焼きたてが店頭に並ぶものの速攻で完売するという代物なのだが、昼休憩のタイミングで会場を抜け出して購入の予約券をもぎ取った。そして帰宅直前に店頭で受け取ってきた、というわけだ。
愛らしくデフォルメされた肉球の形。
こんがりキツネ色のしっとりとした表面と、香ばしく少しカリッとした側面。
芳醇なバターとアーモンドの香りが鼻をくすぐる。
「テオ様っ、夕飯の後に食べてもいいですかっ?」
「もちろんだ。お茶は俺が淹れよう」
「嬉しいですっ……!」
こんなに喜んでもらえるとはな。無事に買えて本当によかったなぁ……。
喜びと達成感を噛みしめつつシアの頭を撫で続けていると、シアが照れ隠しをしながら俺の裾を引っ張った。
「あの……、テオ様。撫でてくれるのは嬉しいんですけれど、そろそろ手を退かしてください。グラタンも焼きたいですし」
「あ、悪い」
謝りながらシアの頭から手を退けると、シアの体温が離れた掌に少し寂しさを覚えた。
「シア、何か手伝おうか?」
そう声を掛けたが、シアはあっさりと首を横に振った。
「テオ様はお着替えが先ですよ。その真っ白なローブを汚したらどうするんですか?」
魔術で洗えば問題ない……だなんて心にない言葉をほざいたら叱られるよな。
「はいはい」
思わず苦笑して応えた俺に、シアはくすぐったそうに屈託のない笑みをこぼした。




