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ものぐさ魔術師は人間を恋しがる  作者: 神代きい
未来への変化

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21/25

眼差し

 レガリオ様と別れた後、私はテオ様に抱き抱えてもらって帰宅した。

 テオ様は帰宅後すぐに躊躇いなく私の服を寛げて楽な状態にしてくれた。今の私には服がはだける恥ずかしさよりも楽にしてくれたことの方がありがたい。

 更にテオ様は冷や汗をかいた私の体が不必要に冷えないように、肌触りのいいタオルケットを掛けてくれた。

 そうしてちょうどいい室温の穏やかなリビングのソファでゆっくり横になって……。

 テオ様は寄り添うようにソファ横の床に座って、私を優しくトントンしてくれている。いつの間にかリンクスやセーブルもソファの回りに集まっていた。

「シア、本当によく頑張ったな。偉いぞ」

 テオ様が私の自己肯定感を上げて不安を和らげようと、わざと明るく言ってくれている。テオ様は本当に優しい……。

 そうしてテオ様の優しさに甘えて――……、いつの間にか少しうとうとと眠っていたようだ。

 テオ様は私が眠ってしまう前と同じ位置で寄り添ってくれていた。トントンの手は止まっていたけれど、その代わりに私の頭を優しく撫でてくれている。私のためにずっと手を動かしているテオ様に申し訳ないと思うと同時に、テオ様の優しさが心から嬉しい。

 目を擦りつつテオ様を見ると、穏やかな眼差しを向けられた。

「うん? 眠っていてもいいんだぞ?」

「んん……。大丈夫、です」

 テオ様の手を借りて体を起こして、小さな氷入りの水を飲む。

 手の震えや痺れはなくなって、もやもやしていた思考もかなりスッキリした感じだ。氷をポリポリと噛んで飲み込むと胃がスーッとして気持ちいい。

「一息つこうか。お茶を淹れよう」

 テオ様はそう言うと私の頭を優しく撫でてから立ち上がってキッチンへと向かった。 

 私はテオ様がキッチンで立てる物音を心地よく聞きながらソファから足を下ろす。うん、ふらつきはなさそうだ。

「二人とも、傍にいてくれてありがとう」

 衣服の乱れを直した私は、ソファの下で伏せていたセーブルとその上で毛繕い中のリンクスにお礼を言ってそれぞれを撫でる。

 二人とも毛並みが気持ちいい。触っていると癒されて落ち着く……。

「こっちへおいで、シア。それともソファの方がいいか?」

「あっ、そっちへ行きます」

 テオ様に呼ばれてテーブルへ行くと、澄んだ赤褐色のお茶以外にも冷えたベリーも並んでいた。今の体調的に酸味はありがたい。

 テーブルにはレガリオ様から頂いた包みも無造作に置いてあった。……そういえば私を抱き抱えたテオ様がソファに向かいながらテーブルにポイッと投げ置いていたような……?

「あのテオ様、さっき投げていましたよね? 中身は無事でしょうか……?」

 せっかくの頂き物なのに台無しになってしまったのでは申し訳ない。そう思ってテオ様を見ると、テオ様はケロッとした顔で小首を傾げた。

「空気を緩衝剤にしたから大丈夫だろう。気になるなら開けてごらん」

 空気を緩衝剤に……? 片手間でそんな真似もしてしまうとはさすがテオ様だ。

 綺麗な包装紙をゴソゴソとほどいていくと、たくさんのクッキーが詰まった綺麗な缶が現れた。

 花型や星型のクッキー。絞り出しのクッキー。チェック模様のクッキー。お砂糖がまぶされたキラキラなクッキー。真っ白な粉砂糖の丸いクッキー。他にもたくさん……!

「わぁ……!」

 さっきまで沈んでいた気持ちがどんどん持ち直していくのがわかる。我ながら単純だけれど、今はその単純さに救われた感じだ。

 特に私の心を掴んだのは綺麗なステンドグラスクッキーだ。綺麗で可愛くてこのまま飾っておきたい。でも食べてみたいっ。

「食べるのがもったいないですね」

 クッキー缶の蓋を手にしたままそわそわしていると、対面席に座ったテオ様が可笑しそうに微笑んでお茶を啜った。

「王室御用達の店の奴だぞ、それ」

「えっ」

 お、王室御用達……?!

 つまり王様も食べているかもしれないってこと?!

 テオ様の言葉に思わずクッキー缶の蓋を落としそうになった。さっきまでとは違った意味で手汗が湧くっ……。

「あ、あのっ。もしかして、とても高価な品ですかっ?」

 私はぎこちない視線をクッキー缶へと向けた。

 二匹の子猫と蝶々がお花畑で戯れている可愛らしい図柄で、装飾も上品でお洒落だ。この缶だけでも高級品に違いない。

「堅苦しくない程度の贈答用だ。それに貰い物なんだから気にするな。その缶も空になったら小物入れか何かにするといい。美味いぞ、ほら」

 ガチガチに緊張する私とは反対にテオ様は普段と変わらない自然体だ。手を伸ばしてチェック模様のクッキーをひょいとつまむと「ほら」と私に差し出してきた。

 思考が止まった私は何も考えられないまま直接テオの手からクッキーを食べる……。

 サックサクのホロッホロ。

 バターとココアの深い香りと味わい。

 それなのに甘さが全然くどくない……!

「すっごく美味しいです……!」

「よかったな」

 テオ様は満足げにフフッと笑ってアーモンドクッキーをサクッと齧った。

 クッキーの美味しさとテオ様の微笑みに緊張がほどけた私は、テオ様が淹れてくれた赤褐色のお茶をコクッと飲む。

 心が穏やかになるポリアの香りが鼻に抜けたから茶葉をブレンドしたんだと思う。美味しくていい香り。幸せな気持ち……。

 そういえばこの家にある茶葉の大半はテオ様が王都で買ってきた物だ。

「王都って美味しい物がたくさんあるんですねぇ……」

「行ってみたいか?」

 テオ様の言葉にハッと我に返った。無意識に心の声を呟いていたようだ。

 テオ様は穏やかに目を細めて私を見ている。

「あっ、えっと……」

「魔術王国の中枢なだけあって面白い店や施設がたくさんあるぞ。人は多いがな」

「……そうです、よ、ね……」

 外出は少しずつ慣れてきたけれど、それでもやっぱり人混みや男性は怖い。今日もレガリオ様の大きな声が怖くてあんな状態になってしまった。

「アニキの馬鹿でかい声にはびびって当然だ。それに無理して今すぐ王都へ行くわけでもないんだから、そう気落ちする必要はない。何年後だって構わない。シアが王都へ行けるようになったら俺と一緒に行こう。な?」

「……はい……」

 そう返事をしたけれど、私はそれ以上何も言えなくて力なく俯いてしまった。

 俯いたままティーカップを弄っている私を見かねたのか、テオ様は私の隣に椅子を移動させてきた。

「シア、見てごらん」

 隣のテオ様に促されて顔を上げる。

 テオ様が指をパチンと鳴らすと、空高くから見下ろした広大な都の光景がテーブルいっぱいにサァッと広がった。

「これが王都だ」

 アルドリール魔術王国の王都……!

 上から見た形だから全体が見渡せる。

「ほら、これが王城な」

 テオ様に説明される前から私の目に入っていたのは、大きくて荘厳なお城。

 広大な敷地には小さな林や池もあって、メインのお城以外にも立派な塔や大きな建物がいくつもある。

「ここがアルドリール大魔術協会。魔術師の総本山だな」

 お城に負けないくらいに迫力ある建物で、噴水を取り巻く水路と生け垣が魔術陣の形だ。上から見ないとわからないんじゃないかな?

「クッキーの店はこの辺だな。茶葉の店はここ」

 どちらも大きな通りに面した場所だ。俯瞰した状態だと小さくてよくわからないけれど、立派な店構えなのだろうと想像できる。

 それにしても綺麗な都だ。庶民街と思われる区画の家や建物もぼろぼろじゃない。

「王都には様々な魔術陣が生活に溶け込んで存在している。ほら、こことか見てごらん」

 わぁ本当だ、よく見たら公園の植え込みも魔術陣の形だ。

 ……あれ? この区画自体が大きな魔術陣なんだっ。魔術王国すごいっ。

「ふわぁ……!」

 さっきの憂鬱さはどこへやら。私はテオ様の説明を聞きながらテーブル上の光景に釘付けだ。

 一通り説明し終えたテオ様は、私の反応に安心した様子でお茶を飲んだ。

「シアがいつでも見られるようにしような」

 テオ様はパチンと指を鳴して、いつの間にか右手に持っていた青色の結晶石に王都の情報を封入した。

「ほらシア、これをあげよう」

「えっ、いいんですか?」

「構わないさ。好きに眺めるといい」

「はいっ」

 テオ様に渡された結晶石を私は両手でギュッと握った。

 これは登録者の魔力を流せば情報が再生される結晶石だ。つまり、テオ様が私専用に用意してくれた物。自室で大事に保管して、じっくり見てみよう。

 嬉しさに自分の頬が紅潮していくのがわかる。

「シアは何も心配しなくていい。この俺の弟子なんだからな」

 その言葉に顔を上げてテオ様を見ると、テオ様は私に穏やかな眼差しを向けていた。

 私はテオ様に魔術について教えを受けている。だから私はテオ様の弟子で、テオ様は私のお師匠様だ。

「……お、お師匠様」

 試しに呼んでみると、テオ様は大きく見開いた目を丸くしてプッと笑いを吹き出した。

「あははっ! 我ながらガラじゃないなぁ!」

「うぅぅ……、笑わないでくださいよぅ」

「悪い、悪い」

 そう謝りながらもテオ様はまだ笑っている。気恥ずかしさを我慢して呼んだのにぃっ……!

 腹いせにテオ様の二の腕をペチッと軽く叩くと、テオ様はよしよしと頭を撫でてきた。

 またそうやって誤魔化そうとするんだから……!

 テオ様の手を押し退けた私は、一つ深呼吸をしてからテオ様の顔を見上げて口を開く。

「あ、あの……。テオ様は、テオドア様っていうんですか?」

 レガリオ様がテオ様をそう呼んでいたし、以前ルナリア様もテオ様のことをそう呼んだ記憶がある。

 私の問い掛けにテオ様はフッと軽く自嘲して目を伏せた。

「ああ、そうだ。俺の本名はテオドア。テオドア・アシュフォード・ディズ・アルドリール。親しい奴にだけテオ呼びを許している」

 テオ様はそう名乗りながら、フルネームを光る文字で空中にサラサラと書いた。

 半年前、テオ様が私を買う際に契約書に署名したのと同じ名前……。当時の私はまだ文字が読めなくて苗字があることしかわからなかったけれど、あの時と署名の長さが同じだ。

 テオ呼びは親しい奴だけ、と言われて私は嬉しくなった。特別感があって凄く嬉しい。

 それにしても、かっこいいお名前だ……。

「あの……、テオ様はお貴族様なんですか?」

 訊きながら私は緊張してしまった。

 普通の庶民は苗字なんて持っていないし、アルドリールと国名が入った名前からも高貴な気配がしてくる。

「んー……。前に『俺は孤児で師匠に拾われた』と話しただろう? 俺は師匠の養子なんだ」

 テオ様は考え事をする時の癖である指先でこめかみトントンをしながら説明を始めた。私が理解しやすいように言葉を選んでいるみたい。

「俺の師匠は古代から続く古代魔術師(エインシェント)の源流、アシュフォード家の現当主だ。わかりやすい肩書きなら大魔術協会の長――、もっと簡単に言えば魔術世界で一番のお偉いさんだな」

「えっ」

 テオ様のお師匠様はそんなに偉い人だったの……?!

「大型の竜種をデコピン一つで張り倒す魔女だが、趣味はパン作りと編み物っていう変わり者だ」

「えぇぇ……?」

 デコピンと聞いて、いつぞやのルナリア様が脳裏をよぎった。

 そういえばテオ様のお師匠様はルナリア様のお母様でもあるんだっけ。つまりあのデコピンは直伝の技……?

 テオ様はお師匠様のことをあっけらかんと言ったけれど、色々と規格外で十分に凄い人だと思う。驚きの連続に私は開いた口が塞がらない。

 テオ様は笑いながら少し首を傾げてみせた。

「俺はそんな奴の養子だから、名前に家名のアシュフォードが入る。ちなみに次期当主はアネキで、俺は候補から辞退している。面倒事は御免だからな」

 あ、そうか。テオ様はお師匠様の養子だから、ルナリア様は本当にテオ様のお姉様なんだ。

「ほら、これがアシュフォード家の紋章だよ」

 テオ様は服の内側に隠していたチェーンネックレスを外して私に見せた。ネックレスの存在は知っていたけれど、こうして間近で見せてもらうのは初めてだ。

 ネックレスに通っていたのは指輪とタグプレートだ。指輪に付いた乳白色の石にはフクロウに似た鳥の紋章が刻まれている。

 それと白銀製のタグプレート。ダイヤモンドみたいな綺麗な石が品よく付いていて……、文字が彫られていて……?

「……あの、テオ様? これ『魔術公爵』って書いてありますよ、ね……?」

 公爵……?

 え、あの、テオ様……?

 テオ様は楽しそうにニコニコしているけれど、私はもう口の中がカラカラだ。

「俺の本分はもちろん古代魔術師(エインシェント)だ。だが俺がガキの頃に師匠が『人付き合いを経験してこい』とか言って俺を魔術学校へ容赦なくぶちこみやがった。そのせいで現代魔術を修めたから、俺には現代魔術師(モダン)としての立ち位置もある」

「えっ」

現代魔術師(モダン)には国ごとに階級があってな。その中で俺は第二階級、アルドリールの魔術公爵だ。魔術公爵のことを『魔術公(ディズ)』と呼ぶから、俺の名前に『ディズ・アルドリール』が入る」

「やっぱりとっても偉くて凄い人じゃないですかぁぁッ!」

 私は頭がパンク寸前で涙目だ。

 テオ様は古代魔術師(エインシェント)現代魔術師(モダン)で、しかも凄い地位がある偉い人……!

「ただの栄誉称号(オマケ)みたいな物だ。それともシアは嫌か? 肩書きで俺を見る目を変えるのか?」

「嫌じゃないです! 変えないです! テオ様はテオ様ですッ!」

「ーーなら、それでいいじゃないか」

 テオ様は優しく微笑んで頭を撫でてくれる。

 私にとってテオ様はテオ様だ。私の大好きなテオ様だ。

 そうわかっているのに……、頭はまだ混乱していて涙が止まらない。

 だってテオ様はとても凄い人なのに、そんな人の弟子がこんな情けない私だなんて釣り合いがとれない。大丈夫なのだろうか……?

 混乱してグスグスと泣く私をテオ様は抱きしめて、背中を優しくトントンしてくれた。

「驚かせて悪かった。本当に悪かった。シア、許してくれ。混乱させてごめんな」

「…………はぃ……」

 私に向けられるテオ様の声が優しくて、背中のトントンが心地よくて、少しずつ気持ちが落ち着いてきた。

 それでもまだ甘えていたい気分で、私はテオ様にぎゅっとしがみつく。

 テオ様は温かくて、安心する匂いがする……。

 無意識でテオ様の胸に顔を埋めると、テオ様が優しくフフッと優しく笑う気配がした。

魔術公(ディズ)は本来なら中央でやらなきゃならん役割もあるが、俺はこの大森林に住む条件で大半を免除されているんだ」

 私が落ち着いてきたことを確認したテオ様は、私に優しい眼差しを向けて私の背中をトントンしながら再びゆっくりと説明を始めた。

「キラン大森林はアルドリールの天然防壁であると同時に、未だ全貌が掴めない魔獣の巣窟でもある。そこに俺が駐在して魔獣の監視や暴走を防ぎつつ国の防衛を担っている、というわけだ。

 とはいえ、俺としては大した問題じゃない。むしろ静かな場所でのんびり暮らせて()()にも入り浸れるんだからな、俺にとっては最高の環境だ。俺は面倒くさがりだからな」

 おどけた口調で言われて、私はフフッと泣き笑いをしてしってしまった。

 本当は責任重大で大変なお役目なのだろうけれど、テオ様はサラッと対応しているに違いない。

 私から体を離したテオ様は、私の両目を閉ざすように左手を優しく押し当てた。泣き腫らした瞼がひんやりして気持ちいい……。

 そのまま左手を当てられて……。しばらくしてから手が離れたので目を開けると、スッキリとした視界の中でテオ様が優しい眼差しを私に向けているのが見えた。

「――さて。最後に、師匠とアネキ達だけが知っている俺の秘密を教えておこうか」

「え……」

 テオ様の、秘密……?

 困惑してテオ様を見ると、テオ様は小さな深呼吸をして私と目を合わせた。

「俺は……、シアと同じバルカの出身だ。魔術師が姿を偽る()()()()()について前に軽く触れたことがあっただろう? 本当は俺もシアのように褐色肌なんだが、魔術で今の姿に変えているんだよ」

「!」

 驚く私を見ながらテオ様は左手で、パチン、と指を鳴らす。

 するとテオ様の体が一瞬ぼやけて――……、テオ様の姿が変わった。

 私よりも少しだけ濃い褐色の肌。

 肩にかかる程度だったウルフヘッドの黒髪は、肩甲骨を隠すほどにまで伸びていてる。

 そして、瞳の色と印象が完全に違う。

 濃褐色だった瞳は僅かに赤みを帯びた金色へと変化している。見る者を惹きつける不思議な瞳。

 これがテオ様の、本当の姿……。

「俺のマナは変わった性質でな、この目はマナの影響だ。とはいえ、実の親には不気味な目を持つ赤ん坊に見えたんだろう。コレのせいで親に捨てられて、コレのせいで畜生の魔術師に利用された」

「そんなっ……!」

 テオ様の痛ましい独白に私は言葉を詰まらせる。

 こんなに綺麗で素敵で優しい瞳なのに……。

「俺が抱えていた幼少期のトラウマを軽減させるために、師匠が俺に擬態を教えたんだ。今ではこの姿にトラウマを感じないが、俺は周囲から好奇の目を向けられるのを好かない。擬態した状態で生きてきた時間の方が長いから、擬態に割く魔力(マナ)の負担も感じていないしな。今では擬態した姿の方が自然だから、風呂以外は擬態しているんだ」

「……素敵でかっこいいのに……」

 思わず心の声を小さく漏らすと、テオ様は目を細めてククッと笑った。

 いつもの姿とは違ってエキゾチックな雰囲気だ。片手で雑に前髪を掻き上げる仕草でさえ大人びた色気が凄まじくて本当にかっこいい。

 胸が凄くドキドキして顔が熱くなってしまう。

「この姿で髪を一つに束ねていると、リーがじゃれついてきて鬱陶しい」

 床へと向けられたテオ様の視線を追うと、お座りしたリンクスがテオ様をじーっと見つめていた。

 結った髪を何度も猫パンチされて困惑するテオ様を想像して、思わずフフッと笑ってしまった。

「あ、あのっ。髪の毛に触ってもいいですか?」

「ああ、いいぞ」

 私はドキドキしながらそっと手を伸ばしてテオ様の髪に触れた。

 凄くサラサラで指通りが気持ちいい……。

 あっ、そうか。私の髪質がここまで変わったのも、サラサラ髪なテオ様の石鹸を私も使っていたからなんだ。

「俺はマナの影響で髪が早く伸びる体質なんだよ。短い方が楽でいいんだが、髪は魔術の研究にも利用できるからな。基本的にこの長さを維持している」

「もっと長かった時もあるんですか?」

 私はテオ様の髪を手櫛で梳かしながら訊ねた。癖になる触り心地でついつい触ってしまう。

 そんな私の行動をテオ様は嫌がらずに、金色の瞳を優しく細めて見守っている。その穏やかな眼差しに胸がまたドキッとしてしまった。

 本当に綺麗でとても優しい瞳だ。不気味だなんてとんでもない。

「興味本位で膝上辺りまで伸ばしたこともあったが、さすがに手入れが面倒すぎてやめたよ」

「ええっ?」

 膝上までの髪は凄い。洗うのも乾かすのも梳かすのも大変そうだ。

 私が髪から手を離すと、テオ様はさっさと普段の姿に戻ってしまった。

 ああっ、残念。もっと見ていたかった……。

「俺についてはこんなところだな」

「……情報量が多かったです……」

「今まで話すタイミングがなかったから――いや、言い訳だな。確かにレオが言ったように不誠実だった。それにシアは慎重で気遣いする子だから、これまで訊くに訊けなかったよな。……シア、本当にすまなかった」

「あの、いえ、そんな……」

 言葉に困った私はテオ様の目をじっと見つめる。

 この見慣れた濃褐色の瞳も、あの不思議な金色の瞳も、そのどちらも私に向ける眼差しは変わらず優しかった。

 どんな事情があっても、どんな姿であっても、私にとってテオ様は大切で大好きな存在だ。

 ……今まで教えてくれなかったって点は……、確かにちょっとだけ寂しかったけれど……。

「…………それじゃあ、ええと……。擬態をしていないテオ様を普段からもっと見ていたいです。髪の毛にも触りたいし結ったりもしますからねっ。テオ様だっていつも私の頭を撫でているんだから、私がやり返ししてもいいでしょう?」

 わざと拗ねた口調で言ってみると、テオ様は目を丸くしてプッと吹き出した。 

「はははっ。シアがそれで許してくれるならな」

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