鉢合わせ
テオ様と一緒に暮らし始めてからもうすぐ半年。季節は秋、収穫の月だ。
一年は初凪の月から始まって、雪代の月、酒星の月、花祭の月、新樹の月、麦刈の月、夕凪の月、夏祭の月、碇星の月、収穫の月、落葉の月、寒祭の月の十二ヶ月だ。今月は収穫の月だから、食べ物が一番美味しい時期になる。
バルカには四季がほぼなかったから気温の穏やかな変化が新鮮だし、テオ様と一緒に森で秋のキノコ狩りをするのが楽しくて仕方がない。冬になれば雪が降ると聞いたから楽しみだ。
私は穏やかな日々を送っていて、テオ様から魔術の授業と文字の読み書きを学んでいる。
魔術の授業は座学と、魔力操作の実践練習だ。
座学では主にマナと魔力と魔術の知識、古代魔術師の心構えなどの勉強だ。現代魔術師が魔力をシンプルに「魔力」と呼ぶのに対し、テオ様は――というか古代魔術師は「マナ」「魔力」「魔力」と呼び分けている。この辺りの理解がちょっとややこしい……。古代魔術師が自在に操るのが「魔力」でいいのかな?
実践練習では自分の魔力で魔道具を操作したり、以前テオ様と作った私の内面世界である星空で魔力に慣れる訓練だ。
私が魔力操作に慣れて親和性が増すと星空が変化したり、星空を作った際に植えた種から発芽した蜂蜜色の若木が成長したりして楽しい。
あの若木は私の核で、テオ様の黒い本と同じ存在らしい。テオ様から「親和性の向上のためにも若木に名前を付けるように」と言われているけれど、まだまだ悩み中だ。
読み書きの勉強はテオ様が書いたお手本のなぞり書きや書き写しなどが主で、絵本や短編の物語なら自信を持って音読ができるようになってきた。
最近はテオ様と一緒に買い出しに出掛けては看板や説明文を読み当てる遊びをしていて、外出自体も以前と比べてかなり慣れて楽しくなってきた。
今日はアルドリールにある中規模の町まで食料品の買い出しに来ている。
「これ美味しいですっ」
「よかったな」
露店で買ってもらったココアを飲みながらテオ様を見上げると、テオ様は穏やかな微笑みを返してくれた。
ちなみにテオ様はコーヒーを飲んでいる。まだコーヒーの苦味の良さがわからない私には、コーヒーは大人の飲み物だ。
飲み終えたコップを回収したテオ様は、魔力を使ってコップを光の粒子へと変換して消した。
テオ様の魔力が何となく見えるようになってきた私には、テオ様の魔力は漆黒の光を帯びた金色に見えている。気品と重厚感があってとても綺麗だ。
それにしても、テイクアウトのコップまで魔術具なのはさすがアルドリール。生活の中に自然と魔術が溶け込んでいる。
「シア、買い忘れはなさそうか?」
「えっと……」
テオ様に訊かれた私はメモ書きを取り出して内容を確認する。このメモも読み書き練習の一環だ。
食料品は卵と牛乳、葉物野菜と秋の果物、美味しいパン屋さんのパンを数種類、それと新米だ。その他は私個人の買い物で、日用雑貨や趣味に使う手芸用品。
買った食料品は収納の魔術具であるテオ様の肩掛け鞄へ、私の買い物はテオ様が作ってくれた私専用の肩掛け鞄へと入っている。
「大丈夫です」
「それじゃあ、魔術具通りをぶらついてから帰るか」
「はいっ」
テオ様と並んで魔術具通りを歩く。
以前はテオ様の手を常に握っていないと不安で仕方がなかったけれど、今ではテオ様が視界に入っていれば短時間なら傍を離れても大丈夫になった。
テオ様は私に認識できるようにと自分の魔力を調整してくれているから、テオ様の魔力でテオ様の居場所を把握できて安心感がある。
それとお小遣いを使って買い物をすることも覚えたので、テオ様に見守ってもらいながら私だけでの買い物もできるようになった。
それでも無意識にテオ様と手を繋ぎそうになるけれど、テオ様は自然と応じてくれてくれるから嬉しい。
「うわぁ、可愛い」
不思議なお菓子屋さんの中で、綿飴で出来たヒツジ達がモコモコと歩いている。
白色や淡いピンク色や水色のモコモコ達。つぶらな瞳は綺麗な飴玉だ。
綿飴には興味あるけれど、あのヒツジを食べたいかと訊かれたら……、私は、ちょっと……。
戸惑う私の反応が面白いのか、テオ様は何やら悪巧みをした表情で楽しそうに目を細めている。
「買うか?」
「えっ、困ります」
あのヒツジも日数が経って魔力が抜ければ普通の綿飴に戻るのだろうけれど、それでも動く姿を思い出せば私は絶対に食べられない。
サイズだって一抱えくらいあるのだから、魔力が抜けるまで家の中をモコモコ歩き回られても困る。
そう思って即答すると、テオ様はククッと意地悪そうに笑った。
「上手く管理してやれば長持ちするし、大きさも変えられるぞ?」
「それはそれで困ります……」
このままでは魔力操作の教材にされそうだ。
制止の意味でテオ様の上着を掴んで引っ張ると、テオ様は楽しげに笑いながら私の頭を撫でる。
するとテオ様はふと手を止めて、私をまじまじと見た。
「背が伸びたなぁ、シア」
この半年で私は少し背が伸びて体も健康的になった。
普段着の丈も合わなくなってきたので縫って手直しをしてきたが、先日テオ様が新しく秋冬用の服を買ってくれた。
ルナリア様とは定期的に連絡を取っておしゃべりを楽しんでいる。先日は手作りの化粧水と保湿クリーム、そして可愛い胸の下着を頂いた。下着を頂いた時はちょっと恥ずかしかったけれど、それ以上に自分の成長がとても嬉しい。
穏やかで豊かな生活を与えてくれたテオ様には本当に感謝しかない。
「前より頭の高さが撫でやすくなったな」
そう言いながらテオ様は私の頭を撫で続けている。
テオ様に頭を撫でられるのは好きだけれども、ちょっと気恥ずかしい……。
「まだまだ成長期だなぁ。シア、誕生月はいつだ?」
「えっと、初凪の月です」
「年明けか。新年の祝いとは別にちゃんと祝おうな」
「は、はいっ。あの、テオ様はいつですか?」
「碇星の月だ」
「えっ……、先月じゃないですかぁぁっ!」
「あはははっ」
悔しさに思わずテオ様の胸をポカポカと叩くと、テオ様は笑いながらますます私の頭を撫でて誤魔化そうとしてきた。
私もテオ様も孤児だし、神殿で生誕の祝福を受けていないから、正確な誕生日はわからない。
私達のように誕生日がわからない者は育ての親が誕生月を決める。誕生月の初めにお祝いをするのが慣例だ。
私がいた孤児院の子供達は年始である初凪の月、もしくは半年後の夕凪の月に誕生月が定められていた。
まさかテオ様の誕生月が先月だっただなんて……! 事前に知っていればお祝いの準備が出来たのにっ! かなり悔しいっ。
魔術師は実年齢の扱いが適当だというし、もしかしたら誕生日や誕生月の扱いも適当だったりするのかな……? そうだとしても、私はお祝いをしたいっ。悔しいっ!
「悔しいから、今度ケーキを作りますっ」
「それは楽しみだ」
余裕たっぷりなテオ様の態度がまた悔しい……っ!
「ほら、拗ねていないで行くぞ」
背中を優しくポンと押されて、私はテオ様の裾を掴んだまま歩き始めた。
魔術具通りを歩く客達も秋らしく衣替えをした服装をしていて、地元民から観光客まで色んな人が歩いている。前はローブを着ていない魔術師は見分けがつかなかったけれど、最近では魔力の気配で魔術師か否かが何となくわかるようになってきた。
私は無意識にペンダントの魔石を触った。魔石に込められたテオ様の魔力は本当に温かくて、心地よくて、くすぐったい気持ちになる。
ペンダントの魔力は私を守るために丁寧に編み込まれた特別な物。
私がこの家に来た翌朝のことを思い返すと、まだ早朝と呼べる時間だったのにテオ様は工房から出てきた。きっと更に早い時間から工房でこのペンダントを準備してくれたのだろう。
そう思うと……、本当に嬉しい。
裾を掴んだままテオ様を見上げると、濃褐色の穏やかな瞳と目が合った。
「ん? どうした?」
「何でもないですっ」
テオ様が好きなドライフルーツ入りブランデーケーキの作り方をルナリア様に教えてもらおう。ケーキを寝かせている間にプレゼントも手作りしたいなぁ。
そんなことを考えながら歩いていたら、ふいにテオ様がパタリと足を止めた。
そして軽く手を引いて私の体をグイッと引き寄せる。
えっと驚いてテオ様を見上げると、テオ様は進行方向に対してげんなりと面倒くさそうな目を向けていた。
「? テオさ――」
「あああーッ! テオッ! やっぱりテオじゃないかッ!」
突然男性の大きな声が響いて、私の体は反射的にビクッと硬直した。目の前がグラグラして、動悸がっ……。
テオ様なら大丈夫だけれど、知らない男の人の大声はやっぱり怖い!
「テ、テオさま、ごめんなさ――……っ」
恐怖と不安がどんどん溢れてきて、手と足がガタガタ震えて強張って涙が出てきて――。
「シア、謝らなくて大丈夫だ。大丈夫。俺がいる」
ふらついた私の肩をテオ様が抱き寄せて、私を自分の背後に優しく庇う。私に穏やかで落ち着いた声を掛けて、不安の渦に巻き込まれないようにしてくれている。
そうしている間に前方から茶髪の大柄な男性が慌ただしく大股でドカドカと駆け寄ってきた。
「おいテオッ、直接会ったのはいつぶりだ?! 連絡くらい寄越せよな!」
「うるせぇ、レオ。出会い頭にでかい声を出すな」
「お前の魔力が見えたから慌てて走ってきたんだぞッ!」
「この野郎、マジで黙れ」
いつもと違ってテオ様は少し余裕のないガラが悪い口調で、不機嫌そうに睨み付けている。
男性はテオ様の前で立ち止まると、軽く乱れた息を整えながらテオ様の悪態を爽やかに笑い飛ばした。
「ハッ! 何だよ、今日はずいぶんと機嫌が悪――」
男性はそこまで言うとテオ様の背後にいる私の存在にようやく気付いて、ピタッと動きを止めた。
物凄く視線を感じる……。まさに凝視だ。
ますます怖くなった私は、テオ様の上着にギュッとしがみついて顔を埋めた。
息が吸いにくいっ……。音と感覚がどんどん遠のいて、手足が痺れて、震えて……。
「……えっ? はっ? おいテオドア、この子は誰だ?」
「俺の弟子だ」
「…………はあぁぁぁぁッ?!」
男性の素っ頓狂な叫びに周囲から視線が集まって、テオ様はチッと盛大な舌打ちをした。私は再びの大声に心臓がバクバクで、冷や汗が吹き出している。
テオ様は男性の右腕を問答無用で鷲掴みにすると、私を背中に張り付けたまま男性を雑に引きずっていく。
自分よりも大きなこの男性を絶対に離さないという手加減のない乱暴な魔力の使い方だ。
それと同時に私をギュッと抱きしめてくれるような魔力も使っている。こんな状況なのにテオ様の包み込む魔力が心地よくて嬉しい。
「おいテオッ、おまっ、待っ――」
男性の抗議をテオ様は完全に無視している。
人気のない路地に入ったところまで来て、テオ様は男性をバッと乱暴に解放した。
勢いあまって壁に激突しそうになった男性は、たたらを踏んで壁に両手をつく。
「うおっ?! あっぶなッ」
「ったく、うるせぇな」
「誰のせいだと思って……ッ」
男性はさっきまでテオ様に掴まれていた腕を擦りながら声量を抑えて抗議した。
そうして再び私を見てくるけれど……、私はテオ様に張り付いたまま固まっていて、男性を見ることすら出来ない。
そんな私を落ち着かせるように、テオ様が優しく背中をトントンしてくれた。
「シア、大丈夫だ。この野郎は俺の兄弟子だ。変人だが悪人じゃない。シアを傷つけたりはしないし、俺がさせない」
「だ、誰が変人だっ。ちったぁ兄ちゃんを敬えッ」
平然と言ってのけたテオ様に、男性は少し抑えた声量で抗議している。男性恐怖の発作を起こしている私に困惑しているようだ。
テオ様の、兄弟子様……?
それって前にテオ様が話していた、アウトドアが好きな人のこと……?
私は揺れる視界で兄弟子様を見る。
見た目は二十代後半くらい。明るい茶色で癖のある短髪にヘーゼル色の目。日焼けした健康的な肌と筋肉がついた体。
テオ様よりも背が高くてガッシリとした体格だから圧倒されていたけれど……、冷静に見てみると乱暴な感じはないし怖い雰囲気もない。爽やかさのある陽気な印象で、いかにも体を動かすことが得意そうだ。
警戒する私に兄弟子様はコホンと咳払いをした。そうして佇まいを整えると、私に迷いなく頭を下げた。
「驚かせて本当にすまない。俺はコイツの兄ちゃんのレガリオだ。気軽にレオ兄と呼んでくれ」
「呼ばせないからな。わざとらしく無害をアピールするな。近寄るな。馴れ馴れしい」
親指を立ててニカッと笑ったレガリオ様にすかさず数倍返しでツッコミを入れるテオ様。
「……ぁ、ぅ……」
たぶんこれでも色々と抑えてくれているんだろうけれども 男性だし、この明るさにはどうしても圧倒されてしまう……。
それでも相手はテオ様の兄弟子様だ。ルナリア様にしたように挨拶を返したい……けれども、私の体は相変わらず縮こまったままで上手く声が出ない。自分が悔しくて涙がにじむ。
テオ様はずっと優しく私の背中をトントンしてくれている。
「大丈夫だからな、シア。大丈夫だ。突然こんな不審な熊と遭遇すれば無理もない。よしよし、可哀想に……」
「おいこら待て。誰が熊だ」
「シアはお前と違って繊細なんだ。見てわかるだろうが。もっと丁重に扱え」
「ったく、お前なぁ……」
そうこうしている間も私の具合はどんどん悪くなっていく。どうしよう。怖い怖いこわい……っ。
「テ、テオさま、たすけっ……」
自分だけだと立っていられないっ……!
「シア、地面に座ろう。もっと俺に寄り掛かっていいし、冷たい感触がいいならそこの壁にでもいい。とにかく体を安定させて、楽にしよう」
視界がグラグラ揺れている私はありがたくその場にズルズルと座り込んで、私に合わせてしゃがんだテオ様の背中に寄り掛かった。
テオ様はレガリオ様を二の次に私を介抱してくれている。背中をトントンしながら、息がしやすいように襟元のボタンを外してくれて、冷や汗が吹き出ている顔を拭ってくれた。
レガリオ様は不満そうに呻きながら、私の状況に困惑しているのか後頭部をガリガリと掻いている。
テオ様とはまた違った陽気な性格で戸惑うけれど……、確かに悪い人ではなさそうだ。
そうわかってはいる。でも、体は勝手に反応してしまう。本当に申し訳なくて、自分が情けなくて……。
「シア、ゆっくり息を吐く。ゆっくり、ゆっくり……。そう、偉いぞ。ゆっくり、ゆっくり……。大丈夫、シアには俺がついている」
私はテオ様の服を握りしめたまま、テオ様の背中におでこをつけて寄り掛かる……。
「…………ぃ……」
しばらくして少しずつ体の感覚が戻ってきた。今ならひきつっていた声帯も何とかなりそう。
「……ぁ、あの。シア、です……」
テオ様の後ろから少しだけ顔を出して、どうにか頭をペコッと下げて挨拶をした。
「シアちゃん、だな。よろしく」
私の必死な挨拶にレガリオ様はニッと小さく笑うと、不満そうなジト目でゆっくりとテオ様を見た。
対してテオ様は涼しい顔だ。
「おい、テオ……。お前が弟子をとったとか初耳なんだが? この俺が、初耳なんだが? そもそも弟子をとるだなんてお前にゃ早すぎるだろ」
「師匠にはとっくに報告済みだ。文句があるならお前に教えなかった師匠に言え」
「は? 俺には内緒にされていたのか? てか、お前がこんなデリケートな女の子と同じ屋根の下で一緒に暮らしているだって?」
「そうやって変に騒ぐから内緒にされたんだろ」
「いや、だって、普通にアウトだろ。ルナ姉が知ったらキレ散らかすんじゃないか?」
「アネキなら師匠経由でとっくに知っているし、すでに交流もある」
「なんだと? それじゃあ完全に俺だけ除け者じゃないか」
「ルナはともかく熊は役立たずだろ。アネキはシアをとても可愛がってくれている。熊はお呼びじゃねぇからシアに近付くな」
「……お前な、ちったぁ言葉を加減しろ。兄ちゃんは傷ついているんだぞ……」
レガリオ様はわざとらしく右手で顔を覆うと空を見上げて何やら嘆いて、それをテオ様が鼻でフッと笑った。
え、ええと……。レガリオ様がルナリア様を「ルナ姉」と呼ぶということは、レガリオ様はルナリア様よりも下ってこと? ぽわぽわしていて小柄なルナリア様の方が、爽やかワイルドなレガリオ様よりも上……。
……うーん、魔術師の見た目と年齢って本当にわけがわからなくい……。
具合の悪さから逃避したくて私がそんなことを考えていると、気を取り直したレガリオ様がテオ様に向き直った。
「そもそも、だ。お前みたいな自堕落な奴が他人の面倒を見ているのか? 本ッ当に?」
「それなりにやっているし、むしろ俺が面倒を見られている。シアの飯は美味いぞ」
「はぁぁ? お前なぁ――……、いやお前が料理担当だと切っただけのトマトしか出さないからまだマシなのか……?」
「昔話を掘り返すな。料理くらいやればできる」
「……ま。確かにこの様子なら問題はなさそうだがな……」
ようやく体の硬直が少しずつ解けてきた。私は固く握り込んでいたテオ様の上着を離そうと、指を一本ずつ外していく。
あっ、ずっと引っ張っていたから布地が少し伸びてしまったかもしれない……。
そんなことを気にして手元を見てみると、まだ手が強張っていて小刻みに震えているし、指先が痺れた感じもある。
こんな状態になったのは何ヵ月振りだろう……。
「シア、大丈夫だから無理はするな。シアには俺がいる。いざとなったら抱き上げるし、秒でウチに帰れる。何も心配しなくていい。大丈夫。大丈夫……」
テオ様はそんな私の状況をわかっていて、まだ優しく背中をトントンしてくれている。
テオ様、本当に優しい……。
「……なぁテオ、この子の身元管理はどうなっている? ちゃんと手続きはしたんだろうな?」
まだ体がしんどくてテオ様の背中に寄り掛かっていたら、レガリオ様がテオ様に問い掛けながら私をチラッと見た。
「俺が保証人で登録してある」
「そうか……。帰ったら記録を確認するからな」
「好きにしろ」
私の身元管理……?
不思議に思った私は疑問を視線に乗せてテオ様を見ると、それに気付いたテオ様が小首を傾げて口を開いた。
「シアの身元を俺が保証している、ってだけの話だから気にしなくていい。大人には色々あるんだよ」
「いろいろ、なぁ?」
ジト目でテオ様を見るレガリオ様は物言いたげだ。
「お前のことだから、どうせ面倒くさがって自分の事情も満足に説明できていないんだろ?」
「俺の勝手だ」
「なんだ、その適当な発言は」
レガリオ様は盛大なため息をつくと、額に手を当てながら呆れたように大きく首を振った。
「おいテオドア、よく聞け。今のお前は弟子をとった師だ。人ひとりの人生を預かった身だ。いい加減であやふやな態度はやめろ。その子の不安にも繋がってくるだろうが」
「ったく、口うるせぇ。余計なことを言うな」
「あと、定例会に顔を出せ。少なくとも総会には来い」
「めんどい。どさくさ紛れに言うな」
「兄ちゃんが物理的に引きずり出してやろうか?」
「マジでやめろ、この脳筋野郎」
テオ様は本当に心底嫌そうな顔をしている。
レガリオ様はそんなテオ様に明るくケラケラと笑うと、蚊帳の外になっていた私に向かって控えめに笑いかけた。私を怖がらせないように気を遣ってくれているみたい。
「テオはサボり魔だから、定期的に発破をかけてやらないと動かないんだ。できればシアちゃんからも言ってやってくれ。魔術協会の大事な会議にちゃんと参加するように、ってな」
「おいやめろ。ウチのシアに余計な入れ知恵をするな」
「嫌ならサボらずに来い。それから、自分の弟子にちゃんと責任を持って向き合ってやれ。いろいろな。不誠実だろうが」
「……わかっている」
「本当だろうな? まったく、小生意気な奴」
苦虫を噛み潰したような表情のテオ様を軽くコツンと小突いたレガリオ様は、私を威圧しないように気を付けながら身を屈めて私と目線を合わせた。
そして前触れなく虚空から包装紙に包まれた箱のような物を取り出すと、私へ向かってそっと差し出してきた。
呪文を使わずに収納魔術を使っているから、やっぱりレガリオ様も古代魔術師なんだ。
「今日は突然驚かせて本当にごめんな。これは王都で大人気の焼き菓子だよ。お詫びとお近付きの証に、どうぞ」
「……ぁ、あ、ありがとう、ございます……」
「うん、いい子だ」
プルプル震える手をおそるおそると伸ばして包みを受け取ると、レガリオ様は安心したようにまた優しく爽やかに笑った。
明るくて人懐っこい笑顔……。うん、レガリオ様自身は優しい人なんだ。……私の男性恐怖が酷いだけなんだ……。
これまで少しずつ積み重ねて培ってきた自信が揺らいで、どんどん悲しくなっていく――……。
「シア、大丈夫だ。熊と向かい合うだなんて頑張ったな。いい子だな、シア。いい子だ」
自己嫌悪の沼に飲まれそうな私に、テオ様は優しく寄り添って手を握ってくれていた。




