現代魔術と古代魔術
テオ様は古代魔術師だということを知ってから三日後。今日の私は書斎に椅子を持ち込んで読み書きの授業を受けている。
私はほとんど読み書きが出来ない状態だ。テオ様は「読める文字を少しずつ増やしながら文字を書けるようにしていこう」という方針を立てて、簡単な絵本を何冊か買い与えてくれた。私のペースに合わせて読み聞かせをしてくれるテオ様の優しさがくすぐったい。
更にテオ様は「書斎にある本は一部の本棚を除いて好きに触っていい」とも言ってくれた。図鑑を眺めているだけでも面白いし、本を開いているだけでも自分が賢くなったような気分になる。それに書斎でテオ様と一緒に過ごす穏やかな時間が凄く好きだ。
そうして書斎机を挟んでテオ様と向かい合いながら草花の図鑑を眺めていると、お茶にも使えるハーブの挿し絵が目に留まった。
「あっ。そういえば、テオ様がお気に入りのお茶っ葉がもう少しでなくなりそうです」
椅子に座ったまま後ろの本棚へと手を伸ばしていたテオ様は、私の言葉に動きを止めて露骨に嫌そうな顔をした。
「あー……、ついになくなったかぁ。あの店まで行くの面倒なんだよなぁ」
テオ様が言う「面倒だ」のほとんどは口癖だけれど……、今回は本当に嫌そうだ。
本棚から抜き出した本を書斎机へ置いたテオ様は、額を押さえてため息をついている。
「お店、そんなに遠いんですか?」
そう訊ねるとテオ様は苦虫を噛み潰したような顔をした。
「距離は問題ないさ。王都本店でしか取り扱っていないのが悪い……」
ボソッと呟いてため息をついたテオ様は、何故かそこで一瞬固まった。
「ん? あれ? 俺、シアに説明したっけ?」
「何をです?」
「ここがどこなのか」
ここ、とテオ様は指で床を差している。
ここ?
「ここって……、この家の場所ですか?」
「そう」
「広い森の中だとは聞きましたよ?」
実際にここは広大な森の中だ。機動力のあるセーブルに乗って探索しても果てを感じさせないくらいに広い。バルカやイザードとは気候が全然違うから別の土地なんだろうなとは思っていたけれど……。
私の返答を聞いたテオ様はまた一瞬固まり、苦笑した。
「ここはアルドリール南端の天然防壁であるキラン大森林だ」
「……ここってアルドリールなんですか?」
え? 何だか裏切られた気分……。魔術具通りへ行った時に感じた私のワクワクを返して欲しい。
思わずジト目でテオ様を見ると、テオ様は困り笑いで頬を掻いた。
「一応アルドリール内ではあるが、ここは本当に人里から離れた場所だ。一番近い町まで迷わず歩いて二週間、魔獣を対処しながらだとそれ以上はかかる。実際に俺以外の人なんて見掛けないし来客もないだろう?」
「……へーぇ……」
訊かなかった私も悪いかもしれないけれど、今まで説明してくれなかったテオ様も悪いと思う。
抗議の意味を込めてじーっと見続けていると、テオ様は書斎机から身を乗り出して私の頭をわしゃわしゃと撫でつけてきた。
うぅ、またそうやって誤魔化そうとするぅ……。
それはそうとして、さっきテオ様は「王都本店」って言っていたような……?
「アルドリール魔術王国の王都、ですか?」
テオ様のわしゃわしゃ攻撃を押し退けながら問うと、テオ様は手を引っ込めて渋々と頷いた。
「俺の古巣なんだが、身内や知り合いと鉢合わせしたら面倒くさい」
「テオ様のお身内やお知り合い……」
アウトドア好きな兄弟子様がいることは以前少し聞いたけれど、他の兄弟弟子やお師匠様については知らない。それに普段はずっとこの家にいるテオ様の交遊関係がまったく想像出来ない。
テオ様のお身内ってどんな人達なんだろう? 友達とかいるのかな? すっごく気になる……。
興味津々で見つめていると、テオはまた困ったように苦笑した。
「俺はいつも書斎と工房に籠っているだろう? だから現代魔術師連中から、こうからかわれる。『これだから古代魔術師は』ってな」
「?」
テオ様が書斎や魔術工房にいることと古代魔術師であることには、何か関係があるのだろうか?
私が首を傾げると、テオ様は書斎机に頬杖を突いてニヤッとした。
「現代魔術師は魔力を操り呪文を組み立てることで魔術を使うが、古代魔術師は想像と感覚でマナ――つまり魔力を使う。例えるなら、自分で魔術を一から作って育てる状態なんだよ。自分で想像してあれこれ組み合わせて、何かこう、色々するんだ」
「……」
そう言われても全然想像がつかない。
くっ、これが「古代魔術は言葉での説明と理解が難しい」ということか……!
もどかしくてモヤモヤしていると、テオ様はクックッと楽しげに笑いながら机の置き時計を確認した。
予め決めていた読み書きの授業時間がちょうど終わるタイミングだ。
「シア、疲れていないか? この後は暇か?」
「大丈夫ですし暇ですっ」
今日の予定だったピクルスの仕込みも済んでいるし、何も問題ない。
魔術の面白い話が聞けるのかな? それとも何かするのかな? どっちにしても、絶対に楽しい!
そう思って少し食い気味で即答すると、テオ様は笑いながら椅子を引き下げて立ち上がった。
「じゃあ、外へ行こうか」
「外?」
「実際に現代魔術と古代魔術の違いを見比べてみよう」
やった、魔術の授業だっ!
ワクワクして思わず拳を握ると、テオ様はクスッと笑って手早く机上を整えた。そして私を伴って書斎を退室し、玄関から外へと出る。
今日は少し曇り空だけれど、過ごしやすい気温だし風も気持ちいい。
草地で昼寝をしていたセーブルが私達に気付いてクイッと顔を上げた。
「セブ、おいで」
セーブルはテオ様に呼ばれて嬉しそうに耳を倒して立ち上がると、体についた草をブルブルとふるい落としながら駆け寄ってきた。
スルリと頭を擦りつけて甘えたセーブルを、テオ様は穏やかな表情で優しく撫でている。
そうして私とセーブルを連れたテオ様は、庭の空き地で足を止めた。
「さて……。魔力を使って何らかの事象を起こす術を魔術と呼ぶ。だが現代魔術と古代魔術とでは、魔術を発動する流れが異なっている」
授業が始まって、私はワクワクしながらテオ様を見つめた。
テオ様はそんな私にクスッと笑ったけれど、小さく息をついて表情を切り替える。
「現代魔術の発動方法は実にわかりやすい。魔力を操りながら呪文を唱える。――初級魔術・球体の・石」
テオ様が滑らかに呪文を唱えると、林檎サイズのまん丸な石が地面にコロッと現れた。
呪文を唱えるテオ様がかっこいい……けれど、やっぱり見慣れないからか変な感じがする。
「今のは丸っこい石を出す呪文な」
「えっ? 限定的すぎませんか?」
ちょっと拍子抜けた思いでテオ様を見上げると、テオ様は楽しそうに声を出して笑った。
「あははっ、丸っこい石って指定した呪文だからな。形を指定しなければ、初級魔術・石」
テオ様が呪文を唱えると、河原でよく見掛ける少し大きめの平凡な石がゴロッと現れた。
「素材を変えて貴族の屋敷にありそうな獅子像にしたければ、五級魔術・獅子の・大理石」
流れるような詠唱の後にデンッと現れたのは、大理石で出来た立派なライオンの彫像だ。タテガミや筋肉が素晴らしいディテールで表現されていて、つい目を奪われてしまう。
「さ、触ってもいいですかっ?」
「どうぞ」
テオ様に確認してからペタペタと触ってみると、ひんやりしてツルツルとした大理石の質感が手に伝わってきた。
大理石だなんて初めて触ったし、ライオンもかっこいい……。
「シア、リクエストは? 形も素材もお好きにどうぞ」
「えっ」
テオ様が悪戯っぽく提案してきたけれど、急にそんなことを言われてもすぐには思いつかない。
ええと、ええと……。
悩む私の視線がテオ様の隣で座っているセーブルで留まった。
「それじゃあ、セーブルみたいなかっこいい狼がいいですっ」
「何色がいい?」
「えっ、色……。えっと、キラキラした蜂蜜みたいな色がいいです!」
とっさに思いついた蜂蜜色は、私が最近好きな色だ。蜂蜜入りの瓶を眺めているだけでも元気が湧いてくる。
私の希望を聞いたテオ様は何故か一瞬驚いたみたいだったけれど、すぐにクスッと笑って優しく目を細めた。
「どうせなら動かしてみようか?」
「えっ? ええと、はいっ!」
「それなら――、五級魔術・駆ける・狼の・琥珀石」
流れるような詠唱の後にシュインッと現れたのは、透き通った蜂蜜色の宝石で出来た狼だ。大きさもセーブルと同じくらいある。
すっごく綺麗! 狼もかっこいい……!
宝石の狼は庭を駆け回り始めた。動きがとても自然で本当に生きているみたい。
セーブルがのっそりと立ち上がって宝石の狼へと近付いていく。
「このように、呪文は文法さえ正しければ単語の組み合わせが自由だ。だが呪文で形や素材を定めたとしても、どれほど美しく正確な造形となるか、どれほど安定した素材となるかは魔術師の技量次第だ。魔力の扱いに長けた魔術師なら綺麗だし、苦手な場合は歪んだ状態となる」
「へぇー……」
テオ様は魔力の扱いが上手だからこんなに綺麗なんだ。さすがだなぁ……。
セーブルは宝石の狼と並走しながら匂いを嗅いでいたけれど……、すぐにそっぽを向いて石のボールへと近付いていく。
そのままボールを両手に挟んだ姿勢で伏せをして、ボールを噛んで遊び始めた。
石のボールを噛む度に「カリカリッ」と小気味いい音がして耳が楽しい。
「宝石の狼とは遊ばないのかな……?」
「あれは『宝石の肉体を持つ狼』ではなく『狼の形をした宝石』だからな。動いてはいるが、生きているわけじゃない。あくまでも琥珀という宝石の塊だ」
あの宝石は琥珀っていうんだ……。書斎から鉱石の図鑑を借りてみようかな。
琥珀……、凄く綺麗な宝石でちょっと欲しいかも……。
「現代魔術には等級があると前に話しただろう? ただの石ころ程度なら初級だが、価値がある鉱物や複雑な造形になると五級以上の等級が求められる。等級を上げるには試験があるんだが、魔術の腕前だけでなく本人の人格なども審査対象だ。そうして魔術の乱用や悪用を防いでいるわけさ。
要は『魔術は責任を持って使え』ってことだな。魔術で安易に宝石やら彫像やらを出すと市場と価値観が崩壊するし、採掘や細工に携わる多くの人間が失業してしまうからな」
「あっ……」
説明を聞いて私は少しショックを受けた。
さっき私はテオ様の魔術を見て単純にワクワクして感動していたけれど……、琥珀を見て「ちょっと欲しい」と思ってしまったことも事実だ。
悪い人達が見たら飛びついて悪用してしまうだろうし、たくさんの職人さん達から大切な仕事を奪ってしまうことにもなるんだ……。
「――そうしてちゃんとわかっているなら、シアは大丈夫だな」
気持ちが落ち込んで無意識に俯いていると、テオ様が微笑みながら頭を撫でてくれた。
「さて、話題を少し変えようか」
テオ様はそう言って私の頭から手を離すと、セーブルが遊んでいる石のボールを指差した。
「この『球体の石』は魔術学校で『魔術発動』と『魔力操作』の試験に使う技法だ。上手く魔術が発動したか、上手く魔力が扱えているかが目に見える形でわかるからな。ちゃんと石が現れなければ魔術の発動が不安定だし、現れた石が歪んだ球体だったら魔力の扱いがまだまだというわけだ。
試験勉強期間になると生徒達がこぞって練習するから、訓練場の地面に石がゴロゴロ転がっているぞ」
「ゴロゴロ……」
想像するとなかなかシュールな光景だけれど、地面に石が転がりまくっている状況はちょっと危険な気がする。
「『魔術で出した球体の石を魔術で正しく片付ける』までが試験内容だ。出す練習ばっかりで出しっぱなしにする奴もいるが、教師視点では魔力痕跡で犯人の生徒がバレバレだ。それで教師に見つかって叱られるまでが試験勉強期間の風物詩だな」
「ふふっ」
想像したらちょっと面白くて思わず笑ってしまった。
魔術学校って堅苦しいイメージがあったけれど、案外そうでもないみたい。もちろん私はテオ様の授業の方がいいけれどね。
「以上が現代魔術を発動するための一連の流れだ。とにかく現代魔術は呪文だ、呪文。わかりやすくて簡単だろう?」
「簡単じゃないですよぅっ」
「あははっ」
テオ様はおどけたように笑って私の心を軽くしてから、気を取り直すように私と向き直った。
「一方で、古代魔術は想像と感覚で魔術を発動する」
テオ様がパチンと左指を鳴らしただけで、先ほど呪文で作った物達――ボールの石と平凡な石、ライオン像、そして琥珀の狼がシュッと一瞬で現れた。
二頭に増えた琥珀の狼は見応えがある。天気がよければ陽射しで煌めいてもっと綺麗だったんだろうなぁ。
「呪文を使わないからお手軽に見えるだろうが、実際はそう単純じゃない。魔術発動の際にどれほど鮮明にイメージを固めるかが重要となる」
「鮮明に、イメージ……」
「もちろん最初から上手くいくもんじゃない。何となくイメージを掴めた気がしたら、その感覚を自分の内面世界に記録して保管するんだ」
「……感覚を、内面世界に、記録して、保管……?」
「そうしてあれこれ保管した感覚やら想像やらをくっつけたり工夫したりして術式を作り上げて発動するのが古代魔術だ」
「…………?」
「あははっ、難しいよな。これだから古代魔術師は」
思わず眉間にシワを寄せた私に気持ちよく笑ったテオ様は、高らかにパチンッと左指を鳴らす。
するとセーブルが遊んでいるボールを残して、他の石や狼達が一瞬で光の粒子へと変わってシュッと消えた。
なるほど、これが「魔術で出した石を魔術で正しく片付ける」か。
「俺が魔術を使う時に指を鳴らすことがあるだろう? あれをトリガーに書庫――内面世界で保管している感覚やら想像やらで術式を構成して魔術を発動しているんだよ。事前動作はなくてもいいんだが、指鳴らしは子供の頃からの癖なんだ」
「は、はぁ……」
ええと……。とにかく「古代魔術は言葉での説明と理解が本当に難しい」ということだけはよーくわかった気がする。
「シアだって新しい料理を作る時には何かイメージやアイデアが必要だろう? 『あの調理法を使ったらこうなるかな』『この材料や調味料を使ってみようかな』ってな。それと同じで、古代魔術師が魔術を色々するのにもイメージやアイデアが必要だ。
だが、どんな情報がアイデアに繋がるかはわからない。だから古代魔術師の知識欲は現代魔術師と比べて遥かに貪欲なんだ」
「なる、ほど……?」
テオ様が色々と物知りなのは、知識欲が強い古代魔術師だからなのか……。
「基本的に古代魔術師は何かが気になれば調べずにはいられないし、思いついたアイデアは何通りも試さずにはいられない。調べれば調べるほど、試せば試すほど古代魔術師としての成長に直結するからな。
これが、俺が書斎と魔術工房に籠りがちな理由だ。それで現代魔術師からは『これだから古代魔術師は引きこもりなんだ』とからかわれる。ま、俺は純粋に本が好きだがな」
なるほど。ここで先ほど書斎で言っていた話と繋がるわけか。
「だから、な? シアが来る前の俺が魔術探求に没頭しすぎて絶飲食と徹夜した結果ぶっ倒れたのは、まぁ仕方がないことだったんだ」
「それはダメです」
どさくさ紛れにテオ様がかつての過ちを正当化してきたので、私は流されることなくピシャリと言い止めた。
対してテオ様は楽しそうにクックッと笑っている。
絶対に全然懲りていない顔だ……。テオ様が変な無茶をしないように私がちゃんと見ていなきゃダメそう。
「とにかく、古代魔術師に必要なのは想像力と直感力だ。様々なアイデアを糧に想像を膨らませて、様々なイメージで感覚を捉えて、想像や感覚を明確に固定して、固定した事象を魔力を用いて起こす。これが古代魔術だ」
「……難しいです……」
「古代魔術は言葉で説明されて理解するもんじゃないからな。魔力に慣れれば何となくわかってくるさ」
「そういうものなんですか……?」
「そういうものなんだよ」
テオ様は悪戯っぽくフフッと笑った。
「何はともあれ、シアはまず魔力に慣れるところからスタートだな」
その言葉に私は胸元にある魔石のペンダントを反射的にキュッと握った。
これはテオ様の魔力が込められた大切な宝物だ。ほんのりと優しく温かくて、こうして握るだけで何だか安心する。夜に寝付けない時もこうして握っていると気持ちが穏やかになってよく眠れるのだ。
「――なぁ、シア」
魔石のペンダントを握る私に目を細めながら、テオ様は穏やかな声で話し掛けてきた。
「明日はシアのマナに干渉して、シアの魔力を揺り起こそうと思っている」
そう言われて、私はハッと顔を上げた。
テオ様はとても落ち着いていて、私と目が合うと優しくフッと表情を和らげている。
「あ、えっと……」
「奴隷契約の破棄をしてから二週間、心身の回復も軌道に乗っているからいいタイミングだ。マナの流れが安定すれば傷付いていた魂の修復にも繋がる」
「……明日……」
私にとって魔力は未知の力だ。緊張と希望と不安がごちゃ混ぜになって複雑な気持ちになっていく。
「シアは基本的にベッドで横になっているだけで大丈夫だ。あとは俺が、何と言うか、何かこう、上手いことするからな」
どんどん表情が強ばって緊張で押し流されそうになる……けれども、説明を放棄したテオ様におどけた口調で言われたら緊張は吹き飛んで、クスッと笑ってしまった。
まったく……、これだから古代魔術師は。
「わかりました。お任せします」
「ああ。任された」
テオ様は頼もしく頷いて……、それからフッと思案顔になった。
「……なぁ、シア。俺はシアに古代魔術を教えたいと思っている。だが、無理強いだけは絶対にしたくない」
そう切り出すテオ様の声は、少し緊張して震えているように聞こえた。
「……はい」
「現代魔術と古代魔術のどちらを学びたいのか、シアに考えて欲しいんだ。もちろん今すぐに選ばなくていい。明日は魂の修復のためにもマナの流れを正して魔力を起こすだけであって、実際に魔術を学び始めるのは何ヶ月か先になるからな」
「……」
「古代魔術が嫌なら遠慮せずにそう言ってくれていい。ほら、シアは現代魔術の呪文に憧れていただろう? シアが現代魔術を望むのならそうする。見ての通りに俺は現代魔術だって十分に教えられるからな」
テオ様は私がちゃんと自分で考えて選べるように、現代魔術と古代魔術の違いを教えてくれたんだ。
しかも、私が興味を持っていた呪文について掘り下げてくれて……。
「……」
私はテオ様の濃褐色の瞳をまっすぐと見つめて考える。
確かに……、呪文という明確な物がある現代魔術の方が習いやすそうではある。
かっこよく呪文を唱えて不思議な何かを起こす現代魔術師は、小さい頃から私がずっと憧れを抱いていた魔術師のイメージだ。
でも――。私がこの世で一番憧れて大好きな存在なのは、古代魔術師であるテオ様なのだ。
覚えることがたくさん必要なのは現代魔術も古代魔術も同じ。どちらの方が簡単ということでもないと思う。
それなら――。
「私はテオ様と一緒が……、古代魔術が、いいです」
私がそう答えると、テオ様は驚いたように目を見開いた。
「……そうか」
囁くように聞こえた声は、心なしか嬉しそうだった。
テオ様が嬉しそうだと私も嬉しい。無意識にテオ様の服の裾を小さくつまむと、テオ様はフフッと笑って私の頭を撫でてくれた。
そうしてテオ様はしばらく私の頭を撫でていたけれど……、ふいに手を止めて空を見上げた。
セーブルも遊びの手を止めて同じく空を見上げている。
何だろう……?
不思議に思っていると、テオ様は顔をしかめて珍しく舌打ちをした。
「……あぁ、ダメだこりゃ。シア、本当に悪い。急な来客だ」
「えっ? お客様?」
心底気まずそうなテオ様の声と言葉に驚いてテオ様の顔を見上げると――、曇天を切り裂くようにピカッと光った流れ星がすぐ傍の地面へと落下してきた!




