黒き渦と消えゆく星光と死の行軍
【黒き渦と消えゆく星光、アルカディアへの死の行軍】
古の民の遺跡「星降りの神殿」を後にしたリアン一行の頭上には、大陸中西部、アルカディアが存在するであろう方角の空に、巨大な黒い渦が不気味に渦巻いていた。それはまるで天そのものが裂け、深淵の闇がウェスタリア大陸へと溢れ出しているかのようで、周囲の星々の光を次々と飲み込み、その勢力を拡大しているように見えた。エルミナは、その渦の中心にあるはずの「光の守護者」の星の輝きが、風前の灯火のように揺らめき、今にも消え入りそうになっているのを必死に感知し続けていた。そのたびに彼女の顔色は蒼白になり、消耗していくのがリアンにも見て取れた。
「急がなければ…! 光の守護者様の魂の灯火が…消えてしまう…!」
エルミナの悲痛な叫びが、一行の焦りを掻き立てる。彼らは、遺跡で手に入れた古の羅針盤が指し示す方向へと、昼夜を問わず、ほとんど休息も取らずに全速力で進み続けた。だが、その道は、これまでのどの旅よりも過酷で、そして絶望に満ちていた。
【虚無に覆われた街道、絶望の囁き】
アルカディアへと続く街道は、もはや道としての体を成していなかった。大地は完全に生命力を失い、ひび割れた黒い土壌からは絶えず虚無の瘴気が噴き出し、空は常に赤黒い雷光が走る暗黒に包まれている。放棄された荷馬車や、誰のものとも知れぬ武具や骸が散乱し、かつてここにも人々の営みがあったことすら想像できないほどの、完全な死の世界が広がっていた。
時折、一行はアルカディアから命からがら逃れてきたという数人の難民と遭遇した。しかし、彼らのほとんどは虚無の恐怖に正気を失っており、その瞳はうつろで、ただ「黒い影が…都を…光が…消える…」といった意味不明な言葉を繰り返すばかりだった。わずかに理性を保っていた者からも、得られる情報は断片的で、しかし絶望的なものばかりだった。
「アルカディアは…もう終わりだ…『影喰らいのモルゴス』と名乗る、虚無の君主の一柱が…光の神殿を…賢者の塔を…そして、我らが希望、アウリエル様を…」
その言葉は、常に途中で途切れ、語り部もまた虚無の瘴気に耐え切れず、リアンたちの目の前で黒い塵となって崩れ落ちていくことも一度や二度ではなかった。
「これが…これが今のウェスタリアの現実…」リアンは、そのあまりにも残酷な光景に、何度も唇を噛みしめ、血の味が口の中に広がった。胸に宿る「調和の聖具」の力も、この広大で深遠な虚無の侵食の前では、あまりにも微力に感じられた。
【リアンの焦燥と父の指輪の導き】
リアンは、次々と伝えられる絶望的な情報と、エルミナの苦悶に満ちた表情、そして仲間たちの間に漂う重苦しい空気に、焦りと無力感を募らせていた。自分は本当に「竜の子」として、この世界を救うことができるのだろうか。父アルトリウスもまた、このような絶望の中で戦い続けたのだろうか。
(父上…俺は…どうすれば…この闇を…払うことができるのですか…?)
彼が胸の内で強く叫んだ瞬間、父アルトリウスの形見である竜の紋章の指輪が、熱を帯びて激しく脈動し始めた。そして、彼の脳裏に、直接、アルカディアの地下深くに広がるという、古の民が築いた巨大な避難通路の複雑なイメージと、祭壇の奥深くに隠された「光の聖域」――おそらくは「光の守護者」アウリエルが最後の抵抗を続けている場所――への、最も安全で、そして最も迅速なたった一つの道筋が、断片的ながらも鮮明に映し出されたのだ。
「これは…父上の指輪が…俺に進むべき道を示してくれているのか…!?」
リアンは、その幻視にも似た啓示に驚きながらも、それが最後の希望の糸であると直感した。
【アルカディアの門、最後の抵抗線】
父の指輪の導きと、カイトの卓越したナビゲーション能力、そしてセレスがわずかに感じ取れる精霊たちの最後の力を頼りに、一行は予想よりも早く、しかしそれでも多くの犠牲(持ち物の大半を失い、マルーシャは高熱を出し、ヴォルフもまた虚無の瘴気で古傷が悪化していた)を払いながら、ついに「忘れられた古都アルカDIA」の外縁部、かつては壮麗な都門があったであろう場所にたどり着いた。
しかし、そこで彼らが見たのは、かつての栄華を偲ばせる美しい都の面影など微塵もない、虚無の瘴気に完全に覆われ、黒い茨のようなおぞましい結晶体に都市全体が侵食された、まさに死せる都市の姿だった。街の中心部からは、天を突く巨大な闇の柱が立ち上り、そこから絶望的なまでの負のエネルギーが、まるで黒い太陽のように波動となって周囲に放たれている。
都の入り口だったであろう場所には、かろうじて原型を留めた城壁の残骸があり、そこで、わずか数十名のアルカディアの騎士や魔導士たちが、虚無の怪物たちの無限とも思える波状攻撃に対し、文字通り最後の、そしてあまりにも絶望的な抵抗線を張っていた。その中心には、ボロボロになりながらも、その身から未だ消えぬ聖なる光を放ち、民を鼓舞し続ける白銀の鎧を纏った壮麗な女性騎士の姿があった――彼女こそが、ウェスタリア最後の希望の一つ、「光の守護者」アウリエルだった。しかし、彼女の体から放たれる光もまた、風前の灯火のように弱々しく、今にも消え入りそうだった。
【光の守護者の悲鳴、絶望の淵での邂逅】
「光の守護者」アウリエルは、残された部下たちを逃がすために、自ら殿を務め、無数の虚無の怪物、そしてその中心にいる「影喰らいのモルゴス」と呼ばれる、実体を持たぬ巨大な影の怪物とたった一人で対峙していた。
「我が光は…我が魂は…決して虚無には屈しませぬ…! このアルカディアの…ウェスタリアの未来のために…!」
アウリエルは最後の力を振り絞り、その手に握られた光り輝く聖剣から、彼女の生命そのものを燃焼させるかのような眩いばかりの光を放つ。しかし、モルゴスの放つ深淵の闇は、その聖なる光を嘲笑うかのように容易く飲み込んでいく。
アウリエルの白銀の鎧は砕け散り、その美しい顔や体からはおびただしい量の血が噴き出し、彼女の口からは悲痛な絶叫がほとばしった。その声は、リアンたちの耳に、そして心に、絶望の刃となって突き刺さった。
「間に合わなかったのか…! ここまで来て…またしても…!」
リアンは、そのあまりにも残酷な光景に、絶望と怒りで唇を噛みしめた。
その時、リアンの胸のお守り、父の指輪、そしてシルフィードの「風の涙」、グランフォードの「大地の涙」が、アウリエルの最後の抵抗の光と、そしてアルカディアの地下深くに眠るという何らかの古の力と、激しく、そして切なく共鳴し、これまで以上の強い輝きを放ち始めたのだ。
リアンは、その光に導かれるように、そして仲間たちの制止を振り切るかのように、アウリエルを救うため、そしてアルカディアに残された最後の希望の光を繋ぐため、ただ一人、虚無の軍勢が渦巻く絶望の戦場の中へと、聖剣アストラルセイバーを構え、飛び込んでいった。
その先に待ち受けるのは、さらなる絶望か、それとも、ほんのわずかな奇跡の一片か。物語は、アルカディアの存亡と「光の守護者」の運命が、まさに風前の灯火となる、最もダークで、そして最も緊迫した瞬間で幕を閉じる。