アルカディアへの道、荒廃の大地と虚無の瘴気
【新たなる旅路、星々の導きを求めて】
白竜の谷の門をくぐり抜け、ソフィア王妃と民衆の温かい(しかし不安と祈りに満ちた)見送りを受けたリアン一行は、大陸中西部に位置するという「忘れられた古都アルカディア」を目指し、再び過酷な旅路へと足を踏み入れた。彼らの顔には、先の「虚無の処刑人」との死闘を乗り越えたことによるわずかな自信と、しかしそれ以上に、これから待ち受けるであろうさらなる困難への、そしてウェスタリア大陸全体の運命を背負うことへの、深い覚悟が刻まれていた。
「アルカディア…父上の手帳によれば、そこはかつて『星詠みの民』と『竜の一族』が共存し、高度な魔法文明を築き上げた伝説の都。だが、大崩壊の時代に何らかの理由で歴史から姿を消し、今ではその正確な場所すら知る者は少ないという…」
リアンは、馬上で父アルトリウスの手帳を広げながら、仲間たちに語った。手帳には、アルカディアの場所を示唆する暗号めいた地図と、そこに眠る「七星の守護者」の一人――おそらくは「光の守護者」あるいは「知識の守護者」――に関する記述、そして「虚無」に対抗するための古の知恵が隠されている可能性が記されていた。
エルミナもまた、星々の配置からアルカディアの方角を探ろうとするが、大陸全体を覆う「虚無」の気の影響で、星々の声は依然として弱々しく、正確な位置を特定するのは困難を極めた。「ですが…確かに、あちらの方角から、微かではありますが、清浄な、そして古の魔力の気配を感じます。それがアルカディアの灯火であると信じましょう」
ヴォルフは、かつて「七星の守護者」の間で囁かれていたアルカディアの伝説を思い出し、その存在に期待を寄せつつも、その道のりの危険性を警告した。「古都アルカディアは、並の魔物では近づくことすらできぬ聖域であると同時に、一度迷い込めば二度と戻れぬ『迷宮都市』とも呼ばれていた。心してかからねばなるまい」
カイトとセレスは、前衛と後衛で常に周囲を警戒し、マルーシャとプリンは、わずかながらに回復した谷の物資を大切に管理しながら、一行のムードメーカーとしての役割を健気に果たそうとしていた。
【荒廃の大地、虚無の瘴気と人々の絶望】
白竜の谷から数日離れると、一行の目の前に広がる光景は、再び絶望的なものへと変わっていった。「虚無の侵食」は、彼らが想像していた以上に急速に、そして広範囲にウェスタリア大陸を蝕んでいたのだ。
かつて豊かな緑に覆われていたであろう平原は、今では生命力を失い、ひび割れた灰色の不毛の大地と化していた。川の水は黒く淀み、魚の死骸が悪臭を放っている。放棄された村々は、まるで巨大な墓石のように点在し、そこには虚無の怪物に襲われたのであろう無残な爪痕と、そして何よりも、生きる希望を失い、ただ虚ろな目で空を見上げるだけの生存者たちの姿があった。
「ひどい…これが…ドラグニアの、ウェスタリアの今の姿なの…?」
マルーシャは、その光景に言葉を失い、涙を浮かべた。彼女は、持っていたわずかな食料や薬を、出会う生存者たちに惜しみなく分け与えたが、それは焼け石に水でしかなかった。
リアンもまた、その惨状を目の当たりにするたびに、胸を締め付けられるような痛みと、自らの無力さに対する激しい怒りを感じていた。だが、彼はもはや絶望に打ちひしがれるだけの未熟な王子ではない。彼は、その怒りと悲しみを、ウェスタリアを救うという固い決意へと昇華させ、民衆一人一人に声をかけ、励まし、必ずやこの闇を打ち払うと力強く約束した。その姿は、民衆の心にかすかな、しかし確かな希望の灯をともした。
道中、一行は「虚無」の瘴気に汚染され、凶暴化した魔獣の群れや、あるいは理性を失い、旅人を襲う盗賊と化した元兵士たちとの戦いを幾度となく繰り返した。リアンは、聖剣アストラルセイバーと、胸のお守りに宿る「調和の聖具」の力を駆使し、仲間たちとの連携を深めながら、これらの脅威を次々と打ち破っていく。彼の力は、戦いを重ねるごとに確実に増し、その制御もまた向上していた。特に、エルミナとの魔法と剣技の連携は、目を見張るほどの完成度を見せ始めていた。
ヴォルフの剛腕、カイトの神業的な弓術、セレスの精霊魔法もまた、それぞれの戦いで決定的な役割を果たし、マルーシャとプリンの奇抜なアイデアやサポートが、しばしば絶体絶命のピンチを救った。
【黒曜石の残党と新たな脅威の影】
ある日、一行が古い街道沿いの廃墟で休息を取っていると、カイトが鋭い警告を発した。
「敵襲! 数は少ないが…ただならぬ気配だ!」
現れたのは、黒曜石の鎧を纏った数人の騎士――ガイウス将軍の直属部隊「黒曜石騎士団」の生き残りだった。彼らは、ガイウスが「天空の祭壇」で敗れた(あるいは行方不明となった)後も、その歪んだ忠誠心から、あるいは「虚無」の力に魅入られ、リアンたちの命を執拗に狙い続けていたのだ。
「ドラグニアの王子リアン…そして『七星の守護者』どもめ…! ガイウス様の仇、ここで討たせてもらう!」
騎士団のリーダー格の男が、禍々しいオーラを放つ長剣を構え、リアンに襲いかかってきた。その力は、並のヴァルガス兵とは比較にならないほど強力で、リアンたちは再び厳しい戦いを強いられる。
激しい戦闘の末、リアンたちは辛くも黒曜石騎士団の残党を退けた。しかし、彼らが最後に残した言葉は、リアンたちの心に新たな不安の影を落とした。
「フフフ…我らが倒れようと、何も変わらぬ…ガイウス様の蒔いた種は…既にウェスタリア全土に芽吹き始めているのだ…『虚無の使徒』たちは…お前たちの想像を絶する速さで…世界を…作り変えている…」
【アルカディアへの手掛かり、古の民の遺跡】
黒曜石騎士団の残党が持っていた羊皮紙の地図。それは、彼らが次の襲撃目標としていた、古の民の小さな遺跡の場所を示していた。そして、その遺跡の位置は、リアンたちが父の手帳から推測していた「忘れられた古都アルカディア」への道筋と、奇妙なことに一致していたのだ。
「これは…偶然ではないかもしれません」エルミナが、地図と手帳を照らし合わせながら言った。「この遺跡に、アルカディアへの、そしてあるいは…他の『七星の守護者』への手がかりが残されている可能性が高いです」
一行は、新たな希望と、そしてそれ以上に大きな警戒心を胸に、その古の民の遺跡へと向かうことを決意した。その遺跡には、一体何が待ち受けているのだろうか。そして、ガイウスが蒔いたという「種」とは、一体何を意味するのか…。
ウェスタリア大陸を覆う闇は、依然として深く、そして濃い。