調停者の影と新たなる旅路
【星屑の勝利、そして新たな夜明けの予感】
「これで…終わりだあああああああっ!」
リアンの魂の叫びと共に、聖剣アストラルセイバーから放たれた七色の光の奔流が、「虚無の処刑人」の禍々しい核を完全に浄化し、焼き尽くした。処刑人は、断末魔の絶叫を上げながらその巨体を維持できなくなり、まるで朝日に溶ける闇のように黒い粒子となって霧散し、跡形もなく消滅した。
後に残されたのは、深く傷つき、疲弊しきったリアンと仲間たちの荒い息遣い、そして、破壊されながらも、かろうじてその姿を保った白竜の谷の、静寂に包まれた風景だけだった。
谷の上空を覆っていた異次元の亀裂もまた、処刑人の消滅に呼応するかのようにゆっくりと収縮し、やがて完全に閉じていった。すると、厚い暗雲に覆われていた空に切れ間が生じ、そこから久しぶりに、ウェスタリアの柔らかな太陽の光が、まるで祝福のように谷全体に降り注ぎ始めた。
ソフィア王妃、騎士団長ダリウス、軍師イザベラ、そしてグレイファングをはじめとする生き残った谷の民たちが、恐る恐る避難場所から姿を現し、リアンたちが起こした奇跡的な勝利を目の当たりにした。彼らは、言葉もなく、ただただ涙を流しながらその場にひざまずき、天に、そしてリアンたちに感謝の祈りを捧げた。それは、絶望の淵から生還した者たちだけが流すことのできる、熱く、そして純粋な涙だった。
リアンは、アストラルセイバーを杖代わりに、ふらつきながらもゆっくりと立ち上がり、仲間たちを見渡した。エルミナ、ヴォルフ、カイト、セレス、マルーシャ、そして彼女の腕の中で元気を取り戻したプリン。誰もが無事だった。彼らの顔には、極度の疲労困憊の中にも、確かな安堵と、そして共に死線を乗り越えた者たちだけが分かち合える、強い絆の輝きが宿っていた。
「勝った…のか…?」マルーシャが、まだ信じられないという表情で、震える声で呟いた。
「ああ…」リアンは、力強く頷いた。「勝ったんだ、俺たちは。だが…」
彼の黄金色の竜の光を宿す瞳が、遠く、しかし確かな脅威が存在するであろう異次元の「聖域」の方向を見据える。
「本当の戦いは、まだ始まったばかりだ。ウェスタリアを、そして俺たちの未来を、この手で取り戻すために…」
【調停者の沈黙、そして残された脅威】
遠く異次元の「聖域」では、「星詠みの調停者」たちが、リアンの完全なる覚醒と、彼らの切り札であった「虚無の処刑人」の敗北という、全く予想外の事態を、驚愕と、そしてこれまで見せたことのないほどの深い沈黙をもって観測していた。
「…エラー対象リオン…いや、ドラグニア王子リアン…廃棄プロトコル、完全失敗…」
「彼の魂の奥底に眠る『星屑』の力…そして、あのスライムが発した生命の波動…我々の計算と予測を、遥かに超えている…」
「このままでは、宇宙の法則に、そして我らが守護する『大いなる調和』に、予測不能な、そして極めて危険な歪みが生じるやもしれぬ…」
調停者たちは、初めてその冷徹な仮面の下に、焦燥と、そして未知なるものへのわずかな恐怖にも似た感情を露わにしていた。彼らは、リアンという存在を、もはや単なる「エラー」としてではなく、彼らの宇宙的な計画にとっての「最大の障害」あるいは「最大の変数」として再認識せざるを得なかった。彼らの沈黙は、次なる、より恐るべき、そしてより巧妙な介入の予兆なのかもしれない。
そして、ウェスタリア大陸を覆う「虚無の侵食者」と、各地で猛威を振るう「七つの災厄」の脅威もまた、決して消え去ったわけではなかった。白竜の谷での局地的な勝利は、大陸全体を覆う絶望的な状況にとっては、ほんのわずかな希望の灯火に過ぎなかったのだ。
【白竜の谷の復興と新たな誓い】
数日後、白竜の谷では、束の間の平和の中で、懸命な復興作業が進められていた。リアンと仲間たちも、傷を癒しながらその作業に積極的に参加した。リアンは、王子として民衆の前に立ち、彼らを励まし、共に汗を流した。その姿は、もはやかつての頼りない少年ではなく、民の痛みを知り、民と共に歩む、若き指導者の風格を漂わせ始めていた。
エルミナは、星々の観測を再開し、ウェスタリア各地の状況と、「虚無」の動きを注意深く監視していた。ヴォルフは、「七星の守護者」としての使命を改めて胸に刻み、残る仲間たちの捜索と、「虚無」に対抗するための古の知識の探求にその情熱を燃やしていた。カイトとセレスは、「星の民」の代表として、白竜の谷とシルヴァンウッドとの連携を強化し、森の民の知恵と力を反乱軍に提供した。マルーシャは、その商人としての手腕を発揮し、近隣の村々との間で細々とながらも物資の交易路を再開させ、谷の生活を支えた。そしてプリンは、その不思議な歌声と純粋な生命エネルギーで、傷ついた人々の心と体を癒やし、谷の小さなマスコットとして、そして希望の象徴として愛される存在となっていた。
ある夜、リアンはソフィア王妃と共に、谷を見下ろす丘の上に立っていた。空には、以前のような赤黒い凶星の輝きはなく、美しい星々が静かにまたたいている。
「リアン、あなたは本当に強くなりましたね」ソフィアは、息子の成長した姿を、誇らしげに、そしてどこか寂しげに見つめていた。「ですが、あなたの戦いは、まだ始まったばかりです。このウェスタリアには、あなたの力を必要としている人々が大勢います。そして、『七つの災厄』と『虚無の侵食者』の脅威は、決して無くなったわけではありません」
「はい、母上。分かっています」リアンは、父アルトリウスの指輪と、胸のお守りにそっと触れた。「俺は、仲間たちと共に、必ずこのウェスタリアに真の平和を取り戻してみせます。それが、父上の、そしてシルフィードさんやグランフォードさんの遺志に応えることだと信じています」
【新たなる旅路、星々の導きを求めて】
数週間後、白竜の谷がようやく落ち着きを取り戻し、ある程度の防衛体制も再構築された頃、リアン一行は、新たな旅立ちの準備を整えていた。エルミナの星詠みと、ヴォルフの守護者としての直感、そして父アルトリウスの手帳の記述を照らし合わせた結果、次なる目的地は、大陸中西部に位置し、古の魔法文明の遺跡が数多く残るという「忘れられた古都アルカディア」と定められた。そこには、他の「七星の守護者」の手がかりや、「虚無」に対抗するための失われた知識が眠っている可能性が高いという。
しかし、アルカディアへの道は遠く、そしてその周辺地域もまた、「虚無」の侵食と「災厄」の影響で極めて危険な状態にあることが予想された。
出発の朝、リアンは、白竜の谷の民と、母ソフィア王妃に見送られ、仲間たちと共に新たな冒険へと旅立った。彼らの顔には、これまでの過酷な戦いを乗り越えてきた自信と、しかしそれ以上に、これから待ち受けるであろうさらなる困難への覚悟が刻まれていた。
彼らが谷の門をくぐり抜け、その姿が見えなくなるまで、ソフィア王妃は、ただじっと、その背中を見守り続けていた。彼女の瞳には、息子への深い信頼と、そしてウェスタリアの未来への切なる祈りが込められていた。
リアンたちの、真の意味でのウェスタリア大陸解放と、「虚無」との最終決戦に向けた、新たなる旅路が、今まさに始まろうとしていた。




