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ウェスタリア・サーガ:亡国の王子と喋るスライム  作者: 信川紋次郎
第三章:虚無の侵攻と七星の誓約(せいせんのせいやく)
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水晶都市の悲鳴と共鳴する遺産、ウェスタリア全土の慟哭


【共鳴する遺産、絶望の中の一筋の光】

マキナ皇国の首都エテルニア。砕けゆくマザー・クリスタルから噴出する虚無の瘴気と、それを操る「虚無の使徒」の圧倒的な力の前に、リアン一行と女帝リリアンヌは絶望的な状況に追い込まれていた。リアンの胸で輝くシルフィードから託された「風の涙」と、父アルトリウスの形見である竜の紋章の指輪が、まるでこの窮状に応えるかのように、激しい共鳴を始めた。二つの遺産から放たれる翠色と黒曜石色の光が絡み合い、リアンの内に宿る「調和の聖具」の力と結びつき、これまでとは異なる、鋭くも清浄な波動となって周囲に広がっていく。

「な…なんだ、この力は…!? 我が主の虚無の波動を…中和しているというのか…? ありえん…ありえんぞ!」

「虚無の使徒」が、その現象に初めて焦りの声を上げた。リアン自身も、この予期せぬ力の奔流に戸惑いながらも、これが最後のチャンスかもしれないと直感し、その力をマザー・クリスタルへと、そして「虚無の使徒」へと向けようと意識を集中させた。

【マキナ皇国の決死行、クリスタルの最後の輝き】

「今しかありません! アルベール!」

リアンの起こした奇跡とも言える時間稼ぎを見た女帝リリアンヌは、天才魔導技師アルベールと共に、マザー・クリスタルの暴走を止めるための最後の手段――クリスタルの心臓部である「星核スターコア」に直接アクセスし、皇家に代々伝わる禁断の封印術を施す――を決行することを決意した。それは、成功すればクリスタルの完全崩壊と虚無の瘴気の拡散を食い止められるが、術者もまたその魂をクリスタルに捧げるに等しい、極めて危険な儀式だった。

「陛下! それはあまりにも危険です!」アルベールが叫ぶが、リリアンヌの決意は固い。

「国と民を守るためならば、この命、惜しくはありません! 行きますよ、アルベール!」

リアン、エルミナ、ヴォルフ、そしてシルフィードは、リリアンヌとアルベールが儀式を行うための時間を稼ぐべく、「虚無の使徒」とその配下である無限に湧き出る「虚無の魔物」たちと、文字通り死力を尽くして戦った。カイトとセレスは、皇国騎士団の生き残りと共に、暴走する魔導兵器やパニックに陥った市民の避難誘導を指揮し、エテルニアの混乱を少しでも抑えようと奔走する。マルーシャとプリンも、負傷者の手当てや、子供たちを安全な場所へ導くなど、自分たちにできる精一杯の貢献をしていた。

「虚無の使徒」の力は依然として強大で、ヴォルフの剛腕がその闇の体に何度も叩きつけられるが、決定的なダメージには至らない。シルフィードの風の刃も、使徒の周囲に渦巻く虚無のオーラに威力を殺がれる。リアンもまた、共鳴した力の反動と、絶え間ない戦闘で意識が朦朧とし始めていた。

【ウェスタリア全土の慟哭 - 各地の惨状】

その頃、ウェスタリア大陸全土が、「虚無の侵食者」による本格的な侵攻と、それに呼応するかのように活性化した「七つの災厄」によって、未曾有の混乱と絶望に包まれていた。

ドラグニア王国ヴェルミリオン: リアンたちが出発した後、ソフィア王妃は必死に国の再建と民の保護に努めていた。しかし、「虚無」の侵食は首都の地下深くまで及び、王城の地下に眠る「星の揺り籠」は不気味なうなり声を上げ続けていた。さらに悪いことに、ヴァルガス王の残党や、ガイウスの息のかかった貴族たちが、「虚無」の混乱に乗じて各地で反乱を起こし、王宮にまでその魔の手が伸びようとしていた。ソフィアは、心身ともに限界に近い状況で、それでもなお気丈に指揮を執り続けていた。

獣人連合ボルグ: 賢狼王ヴォルフガングのもとに、南方の「大地の守護者」の聖域から、血塗れの伝令が命からがらたどり着いた。「もはや…守護者様の聖域は…『虚無』の手に…守護者様ご自身も…」その言葉は、ヴォルフガングの心に深い絶望を刻みつけた。連合内では、一部の好戦的な獣人氏族が、生き残るためには人間たちの豊かな土地を奪うしかないと主張し始め、ヴォルフガングの制止も聞かずに、ドラグニアやマキナ皇国の国境地帯への侵攻を開始していた。

自由諸島連合: 狂気に染まった海賊バルバロッサ率いる「虚無の艦隊」は、連合の主要港であるポート・ロイヤルを壊滅させ、その黒い帆船から放たれる瘴気は、島々の内陸部までをも汚染し始めていた。連合海軍の若き提督アストライアは、残存艦隊を率いて決死の海上封鎖を試みるが、その戦力差は歴然としており、彼女の旗艦もまた炎上し、黒煙を上げて沈みかけていた。

エレメンタリア法国: アークメイジ・ゼノビアが禁断の古代魔法の暴走に巻き込まれ、その強大な魔力と共に異次元へと姿を消してしまった後、法国は指導者を失い、完全に無政府状態へと陥っていた。各地で魔力の嵐が吹き荒れ、天変地異が頻発し、国土は分断され、生き残った魔導士たちは、わずかな資源と知識を奪い合い、互いに殺し合うという地獄絵図を繰り広げていた。

ナイトフォール公国: 公王アスタロトは、この世界規模の混乱を「古き世界の終焉、そして新たなる支配者の誕生を告げる祝祭」と呼び、高笑いを上げていた。彼は、密かに集めていた「虚無の遺物」を王城の地下祭壇で起動させ、その禁断の力を自らのものとし、この混沌の時代における絶対的な覇者となろうと画策していた。その瞳は、もはや人間のそれではなく、深淵の闇そのものを映しているかのようだった。

【クリスタルの選択、そして新たな旅立ちへの決意】

エテルニアでは、リリアンヌとアルベールの決死の儀式が最終段階に入っていた。マザー・クリスタルは、最後の力を振り絞るかのように、これまでで最も眩い、しかしどこか悲しげな光を放った。だが、「虚無の使徒」の邪悪な妨害もまた激しさを増し、クリスタルの光は今にも消え入りそうだった。

リアンは、朦朧とする意識の中、父の指輪と「風の涙」から流れ込む力が、マザー・クリスタルの清浄な光と共鳴し、エルミナが星詠みで示された「調和の聖具」の真の力――それは、虚無をただ消し去るのではなく、世界の歪んだバランスを正し、失われた生命の再生を促す「調和」の力――を、その魂で理解し始めていた。

「これしか…ない…!」

リアンは、最後の力を振り絞り、その「調和」の力を、自らの命を燃やすかのようにしてマザー・クリスタルへと注ぎ込んだ。彼の体から放たれる白銀と翠の光の奔流が、クリスタルを優しく包み込む。

「おのれええええ! 我が主の降臨を阻むというのか、矮小なる人間どもめがあああっ!」

「虚無の使徒」は、その聖浄にして強大な調和の力に焼かれ、甲高い絶叫と共に黒い塵となって消滅した。

マザー・クリスタルは、リアンの力によって完全な崩壊は免れた。だが、その輝きは大きく失われ、もはや以前のような強大な魔力を供給することはできなくなってしまった。マキナ皇国は、その力の源泉の大部分を失うことになったのだ。しかし、クリスタルが虚無の瘴気を放つことはなくなり、エテルニアの街は、最悪の事態だけは回避することができた。リリアンヌは、民を守れたことに深い安堵の息を漏らしつつも、国の未来に立ち込める暗雲に、その美しい顔を険しく歪めた。

【失われた光と残された道、守護者たちの声を聞け】

戦いを終え、疲弊しきったリアン一行は、リリアンヌの保護のもと、辛うじて残った皇城の一室で短い休息を取っていた。リリアンヌは、リアンたちに心からの感謝を述べ、マキナ皇国として可能な限りの支援を約束したが、国自体の復興と、失われた魔力源に代わる新たなエネルギーの研究が最優先であり、今すぐ大規模な軍事行動を起こすことは難しいことを告げた。

その時、シルフィードが苦悶の表情でヴォルフに告げた。「ヴォルフよ…風が、悲痛な知らせを運んできた…大地の守護者の魂の灯火は、もはや風前の灯…今にも消え入りそうだ。急がねば、本当に手遅れになってしまう…!」

エルミナもまた、星々から、他の「七星の守護者」たちが、それぞれの聖域で「虚無」の侵食と孤独な戦いを強いられ、その多くが危機的な状況に陥っていることを感じ取っていた。

リアンは、マキナ皇国の惨状と、ウェスタリア全土に広がる絶望的な状況を目の当たりにし、もはや一刻の猶予もないことを痛感した。彼は、失われた多くの光と、それでもなお残された細く険しい道を胸に、仲間たちと共に、次なる目的地――「大地の守護者」が待つ(あるいは囚われている)聖域、あるいは他の「七星の守護者」の生存が確認できる場所――へと、再び過酷な旅に出ることを決意する。

「虚無」の侵攻は、決して止まらない。彼らの戦いは、まだ始まったばかりなのだ。この暗黒の時代に、真の夜明けをもたらすために。

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