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ウェスタリア・サーガ:亡国の王子と喋るスライム  作者: 信川紋次郎
第三章:虚無の侵攻と七星の誓約(せいせんのせいやく)
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風哭の絶叫と魂の共鳴、守護者の誓いと世界の悲鳴


【嵐の心、最後の試金石】

「…ならば示せ、竜の子よ! お前のその言葉が、ただの綺麗事や若気の至りではないという証を! お前のその力が、真にこの世界を救うための聖なる力なのか、それとも新たな絶望と悲劇を生むだけの忌まわしき破壊の力なのかを…この私に、その魂を賭して示してみせよ!」

風の守護者シルフィードの絶叫と共に、風の祭壇を中心に巨大な翠色の竜巻が天を衝くように巻き起こった。それは、彼女の数百年、あるいは数千年にも及ぶ孤独と絶望、そして裏切られた悲しみと怒りが具現化した、まさしく魂の嵐だった。竜巻は物理的な破壊力だけでなく、リアンたちの心の奥底に潜むトラウマや未来への不安を容赦なく抉り出し、精神的な苦痛となって襲いかかる。ストーム・グリフォンたちが、その竜巻の中から鋭い爪と嘴を剥き出しにして次々と襲いかかり、一行は瞬く間に防戦一方へと追い込まれた。

【絶望の風、試される絆】

竜巻の内部では、シルフィードの悲痛な過去の記憶が、生々しい幻影となってリアンたちを苛んだ。信頼していた仲間たちの無残な死、愛した者からの裏切り、そして守るべき聖域が「虚無」の気配に汚染されていくのをただ見ているしかなかった無力感――それらの負の感情が、嵐の風刃となって彼らの心身を切り刻む。

「ああ…まただ…また何も守れないのか…!」マルーシャは、かつて詐欺に遭い、一文無しとなって路頭に迷った時の絶望的な記憶をまざまざと見せつけられ、その場にへたり込んで泣き叫んだ。

ヴォルフもまた、戦斧の呪いに支配され、罪なき人々をその手で蹂躙した日々の悪夢に再び囚われ、苦悶の咆哮を上げた。「やめろ…やめてくれ…俺は…俺はもう…!」

エルミナでさえ、星詠みで垣間見たウェスタリアの滅亡のビジョンと、シルフィードの絶望が共鳴し、その美しい顔を苦痛に歪ませていた。

リアンもまた、父アルトリウスを救えなかった幼き日の無力感、そしてガイウス将軍の圧倒的な力の前に仲間たちが次々と倒れていった「天空の祭壇」での惨劇の幻影に、心が折れそうになる。剣を握る手が震え、膝が笑う。

(だめだ…俺には…何もできない…)

【調和の歌声、心の共鳴】

「リアン!」

その絶望の淵からリアンを引き戻したのは、プリンの、いつもとは違う必死な叫び声だった。小さなスライムは、リアンの足元で、その潤んだ瞳でじっと彼を見つめている。その純粋な信頼の眼差しが、リアンの心の奥底に眠っていた最後の灯火を揺り起こした。

(違う…俺は一人じゃない…!)

リアンは、胸に下げたお守り――「調和の聖具」の力を宿す竜の涙――と、父の指輪を強く握りしめた。そして、シルヴァンウッドの「竜の寝床」で感じた、あの古の竜の守護霊の厳しくも温かい思念を思い出す。

彼は、震える唇で、父アルトリウスの手帳に記されていた「風の古き歌」を、今度ははっきりと、そしてシルフィードの深い悲しみに寄り添うように、魂を込めて歌い始めた。その歌声は、決して美しいものではなかったかもしれない。だが、そこには、絶望の中から立ち上がろうとする者の、そして他者の痛みに共感しようとする者の、真摯な想いが込められていた。

リアンの歌声は、「調和の聖具」の力を帯び、不思議なことに荒れ狂う風の中にも、清らかに、そして力強く響き渡っていく。

エルミナが、その歌声に導かれるように、最後の力を振り絞って聖なる祈りの言葉を重ねた。セレスもまた、傷つき弱った風の精霊たちに、癒やしと励ましの言葉を囁きかけ続ける。カイトは、幻影に惑わされることなく、ただ黙々と、仲間たちを襲う風の刃やストーム・グリフォンの攻撃を、その神業的な弓術で撃ち落とし続けた。ヴォルフも、自らの過去の闇と正面から向き合い、それを乗り越えるかのように咆哮を上げ、風の刃をその剛腕で力ずくで打ち砕いていく。

そして、プリンが、リアンの歌声に勇気づけられたのか、恐怖を乗り越えてシルフィードの足元――竜巻の中心、風が最も穏やかな場所――へと、その小さな体で必死に近づいていった。そして、彼女の足元で、まるで慰めるかのように、そっとそのプルプルの体を擦り寄せたのだ。

【風の涙、解放される魂】

リアンの魂からの歌声と、仲間たちの決して諦めない想い、そしてプリンの純粋で無垢な行動が、ついにシルフィードの数千年にわたって凍りついていた心の奥底に届き始めた。彼女の美しい瞳から、まるで風に舞う雨粒のように、永い間堰き止められていた涙が一筋、また一筋と流れ落ちる。それは、悲しみだけでなく、ほんのわずかな安堵と、そして忘れかけていた温かい感情を思い出したかのような、複雑な色を帯びていた。

「なぜ…」シルフィードのか細く、震える声が、風の轟音の中から聞こえてきた。「なぜお前たちは…私のような、裏切られ、全てを失い、もはや信じることすら忘れてしまった者に…そこまでして手を差し伸べようとするのだ…?」

「あなたは一人じゃないからだ!」リアンは、歌い終え、荒い息をつきながらも、シルフィードの瞳を真っ直ぐに見つめて叫んだ。「俺たちも、多くのものを失い、何度も絶望しそうになった。だが、仲間がいたから、信じられる誰かがいたから、ここまで来られたんだ! あなたのその計り知れない悲しみも、苦しみも、俺たちが全て受け止め、共に背負う! だから…もう一人で泣かないでくれ!」

その言葉と共に、リアンの胸のお守りから放たれる白銀の光が、シルフィードの荒ぶる翠色のオーラを、まるで母が子を抱きしめるかのように、優しく、そして力強く包み込んでいく。その光は、彼女の心の傷を癒やし、歪んだ力を調和させ、本来の清浄な風のエネルギーへと還していくかのようだった。

荒れ狂っていた巨大な竜巻は、徐々にその勢いを弱め、ストーム・グリフォンたちもまた、その敵意を解き、静かに天へと帰っていく。

【風の守護者の誓い、そして深まる世界の闇】

ついに竜巻は完全に消え去り、風の祭壇には、嵐の後のような静けさと、そしてどこか清々しい風が穏やかに吹き抜けていた。シルフィードは、その場に静かに膝をつき、その美しい顔を両手で覆い、嗚咽を漏らしていた。それは、永い孤独と絶望からの解放の涙だった。

やがて彼女は顔を上げ、その瞳には、深い叡智と、そして雨上がりの空のような清々しい光が宿っていた。彼女は、本来の美しくも力強い「風の守護者」としての姿を取り戻していたのだ。

「…ありがとう、竜の子よ。そして、その勇敢なる仲間たちよ。お前たちのその汚れなき魂の輝きが、我が永い絶望の眠りを覚まし、凍てついた心を溶かしてくれた…」

シルフィードは、リアンたちの前にゆっくりと立ち上がり、深く頭を下げた。

「『七星の守護者』、風を司るシルフィードとして、今一度、このウェスタリアのために、そしてお前たちと共に、迫りくる『虚無』の闇と戦うことを、我が魂に誓おう」

彼女は、その証として、リアンに風の力を凝縮したかのような、美しい翠色の小さな宝玉を手渡した。「これを持っていけ、竜の子よ。それは『風の涙』。我が力の結晶であり、他の守護者たちを見つけ出す助けとなるだろう。そして…」

シルフィードの表情が、再び厳しいものへと変わった。

「…急がねばならぬ。風が、ウェスタリア全土からの悲痛な叫びを運んでくる…。ヴェルミリオンの凶星は、さらにその勢いを増し、大陸の東方…マキナ皇国を支える聖なるクリスタルが、今まさに砕け散り、その地が『虚無』に飲まれようとしていると…! そして、ヴォルフよ、お前の同胞である『大地の守護者』からも、地底深くからの、断末魔のような苦痛の叫びが聞こえてくる…!」

試練を乗り越え、ついに「風の守護者」シルフィードという強力な仲間と、新たな力を得たリアンたち。しかし、彼らに休む間もなく、ウェスタリア全土で同時多発的に進行し、激化の一途を辿る「虚無の侵攻」と「七つの災厄」が、彼らにさらなる過酷な戦いと、絶望的な選択を強いることを予感させていた。世界の闇は、さらにその深さを増していた。

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