星の揺り籠と黒曜石の騎士団
レジスタンスの老人の手引きで、リアン一行はヴェルミリオン市街の寂れた教会から、王城の地下へと続く秘密の通路へと足を踏み入れた。湿った空気が肌にまとわりつき、ネズミが走り回る音と、遠くから微かに聞こえるヴァルガス兵たちの荒々しい声が、地下道の不気味な静寂を破っていた。一行は息を殺し、松明の光を最小限に絞って慎重に進む。
緊張感の中、リアンは父アルトリウスから託された竜の紋章の指輪が、指にはめた瞬間から常に微かな熱を帯び、そして王城の奥深く、特定の方向を指し示すかのように脈動し続けているのを感じていた。
「こっちだ…」リアンは囁いた。「父上の指輪が、何かを…『星の揺り籠』の場所を、俺に教えてくれているのかもしれない…」
その言葉に、エルミナも頷き、一行は指輪が示す方向へと、より一層警戒を強めながら進んでいった。
【荒廃の王宮、暴走する古の力】
数時間に及ぶ地下道の探索の末、一行はついに古びた石の階段を発見し、それを登りきると、王城の地下深く、忘れられた古い礼拝堂へとたどり着いた。そこは厚い埃に覆われ、壁には巨大な蜘蛛の巣が張り巡らされていたが、色褪せたステンドグラスや、祭壇に残るドラグニア王家の紋章が、かつての壮麗さを辛うじて忍ばせていた。
だが、王城内部の空気は、リアンが知るかつてのそれとは全く異なっていた。「星の揺り籠」の暴走による影響は深刻で、不気味な地響きが絶え間なく床を震わせ、空間には目に見えないほどの高密度の魔力が渦巻き、まるで呼吸をするだけで魂が削られていくような圧迫感があった。時折、遠くから兵士たちの狂乱したような叫び声や、何かが激しく破壊される音が聞こえ、王城全体が狂気と混乱に包まれ始めていることを示唆していた。
「このままでは、王城そのものが…いいえ、王都全体が、この歪んだエネルギーに飲み込まれてしまいます…!」エルミナは顔を青くし、その声には焦りの色が浮かんでいた。セレスもまた、周囲の精霊たちが苦痛の叫びを上げているのを感じ取り、胸を押さえていた。
【父の遺産、示される道筋】
リアンは、父アルトリウスの手帳を取り出し、礼拝堂の古い祭壇に刻まれた、風化したドラグニア王家の紋様と、手帳に記された謎の図形を必死に照らし合わせていた。エルミナとセレスも、その解読を手伝う。
「この紋様…手帳の記述によれば、王家の血を引く者が、特別な『鍵』となるものと共に触れることで、隠された道が開かれるとあります…」エルミナが呟いた。
リアンは、父の指輪に視線を落とした。指輪は、まるでその時を待っていたかのように、これまで以上に強い熱と脈動を放ち始める。彼は意を決し、指輪を祭壇の紋様の中心、竜の眼にあたる部分にそっと押し当てた。
ゴゴゴゴゴ…
すると、祭壇が静かに動き出し、その下から冷たい風と共に、地下へと続く隠された石の階段が現れたのだ。
「父上は…この日のために、この道を…俺たちに遺してくれたのかもしれない…」リアンは、父の深い想いを感じ、唇を噛みしめた。
その階段の先には、王城のさらに深部、「星の揺り籠」の中枢へと続く、暗く長い通路が伸びていた。しかし、その通路の入り口には、まるで冥府の番人のように、漆黒の鎧を纏った数人の騎士たちが立ちはだかっていた。彼らの鎧には、黒曜石で作られた禍々しい装飾が施され、その手には異形の武器が握られている。彼らこそ、ガイウス将軍直属の精鋭部隊、「黒曜石騎士団」の者たちだった。
【黒曜石騎士団との激突、ヴォルフの覚悟】
「…来たか、ドラグニアの残滓どもめ。この先へ進むことは、我が主、ガイウス将軍が許さぬ」
騎士の一人が、感情の篭らない声で言い放った。彼らの体からは、人間離れした冷たい気が放たれ、その瞳は兜の奥で不気味な光を宿している。
「道を開けてもらうぞ!」リアンは剣を抜き放つ。
「ここは俺に任せろ、王子」
リアンの前に、ヴォルフがその巨体を割り込ませた。彼は、廃砦で拾った鉄棍を力強く握りしめている。
「こいつらは…俺と同じ、『力』に魅入られ、そしてその力に魂を売り渡した者どもの匂いがする。だが、俺はもう呪いには屈しない! 俺自身の意志で、この道を開いてみせる!」
ヴォルフは、かつての狂戦士とは異なる、守護者としての覚悟を込めた咆哮と共に、黒曜石騎士団の先頭の一人に猛然と襲いかかった。その鉄棍の一撃は、騎士の構えた盾を容易く砕き割り、その勢いのまま鎧に深い亀裂を入れる。
「ぐ…おのれ、裏切り者めが!」騎士が苦悶の声を上げる。どうやら、ヴォルフはかつて彼らと何らかの面識があったらしい。
他の騎士たちが、一斉にヴォルフとリアンたちに襲いかかる。カイトの矢が騎士の鎧の隙間を狙うが、硬い装甲に弾かれる。セレスの精霊魔法も、騎士たちが纏う闇のオーラに阻まれ、十分な効果を発揮できない。エルミナが光の魔法で辛うじて対抗するが、敵は想像以上に手強く、その連携も完璧だった。
リアンもまた、白銀のオーラを纏った剣でヴォルフを援護し、騎士団との激しい戦闘が、狭く薄暗い地下通路で繰り広げられる。剣と剣がぶつかり合う甲高い音、魔法の閃光、そして怒声と悲鳴が交錯する。マルーシャとプリンは、後方で固唾を飲んで戦況を見守りながらも、いつでも飛び出せるよう、マルーシャは商人鞄から何かを取り出し、プリンは体を小さくして警戒していた。
【星の揺り籠の中枢、ガイウスの待つ場所】
リアンとヴォルフ、そして仲間たちの必死の連携により、数で勝る黒曜石騎士団の精鋭たちを辛くも打ち破った(あるいは、深手を負わせて一時的に退けた)。しかし、一行もまた深く傷つき、その体力と魔力は限界に近づいていた。特にヴォルフは、かつての仲間であったかもしれない者たちとの戦いに、精神的にも大きな消耗を強いられていた。
「急がねば…」リアンは、最後の力を振り絞るようにして、通路の奥へと進んだ。
やがて、一行は巨大な地下空洞へとたどり着いた。その空間の中央には、天と地を繋ぐかのように、眩いばかりの、しかしどこか不安定で危険な光を放つ巨大なエネルギーの柱――暴走しつつある「星の揺り籠」――が、轟音と共にその姿を現していた。その周囲の空間は激しく歪み、壁や天井からは絶えず岩石が崩れ落ちている。
そして、その光の柱の前、禍々しい紫色の魔法陣が描かれた中心に、「黒曜石の将軍」ガイウスが、腕を組み、まるでこの世の終わりの光景を悠然と眺めるかのように静かに立っていた。彼の傍らには、新たな仮面の魔術師(あるいは高位の悪魔)が控え、何かの儀式を執り行っている。
ガイウスは、リアンたちの到着に気づくと、まるで待ち構えていたかのように、ゆっくりと振り返った。その顔には、いつもの冷徹な表情に加え、ほんのわずかな愉悦の色が浮かんでいた。
「ようやく来たか、リアン王子。そして、裏切り者のヴォルフも一緒とはな。お前たちのための最後の舞台は、最高の形で整ったようだ」
彼の言葉は、まるで死刑宣告のように、地下空洞に重く響き渡った。
「この『星の揺り籠』の力と共に、旧き腐敗したドラグニアは終わりを告げ、新たなる秩序が、このウェスタリアに生まれるのだ。お前には、その輝かしい破壊と再生の瞬間を、特等席で見せてやろう」
ガイウスの冷徹な言葉と共に、暴走する「星の揺り籠」のエネルギーがさらにその勢いを増し、リアンたちに絶望的なまでのプレッシャーとなって襲いかかる。