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ウェスタリア・サーガ:亡国の王子と喋るスライム  作者: 信川紋次郎
第一章: 星影の王子と天空の誓約
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お騒がせ商人と金色の算盤


嘆きの荒野を抜けたリアン一行は、ドラグニア王国南部の丘陵地帯を慎重に進んでいた。エルミナの知識と、元国境警備隊兵士たちの経験が、ヴァルガス王の巡回兵や盗賊の目を避けるのに役立った。しかし、旅は決して楽なものではなかった。食料は日に日に心許なくなり、一行の顔には疲労の色が濃くなっていた。

「うーん、この干し肉もそろそろ限界だぜ…もっとこう、ジューシーで甘いものが食べたいよなぁ、リアン!」

プリンがリアンの肩の上で、萎れた干し肉を恨めしそうに見つめながらぼやく。

「贅沢を言うな、プリン。今は生き延びることが最優先だ」

リアンは苦笑するが、彼自身も温かい食事と安全な寝床を切望していた。

「前方に見えてきました。交易町『クロスロード』です。ここで食料と情報を補給しましょう」

エルミナが指差す先、いくつかの街道が交わる谷間に、活気のある町が見えた。様々な荷を積んだ馬車が行き交い、人々の喧騒が微かにここまで届いてくる。ウェスタリア大陸の東西南北を結ぶ要衝の一つだ。

クロスロードの町は、その名の通り多様な人々でごった返していた。様々な言語が飛び交い、露店には珍しい品々が並んでいる。しかし、エルミナの部隊の生き残りである兵士、ハルクが渋い顔で言った。

「エルミナ様、この町はヴァルガス王の息のかかった役人が仕切っています。あまり派手な動きはできません」

「承知しています。手早く必要なものを調達し、目立たぬように出発しましょう」

だが、一行の乏しい資金では、十分な食料や装備を買い揃えるのは難しかった。リアンが隠し持っていたわずかな宝石も、足元を見られ、買い叩かれそうになる始末だ。

「ちぇっ、どいつもこいつもがめついぜ! こんなんじゃ、干し草くらいしか買えねえじゃねえか!」

プリンが憤慨する。

その時だった。

「あらあらあら~? お困りかい、そこのイケメンお兄さんたちにキュートなお嬢さん! それに、あらやだカワイイ! プリンみたいなスライムちゃんじゃないの!」

まるで歌うような、弾けるような声が響いた。声の主は、市場の一角で香辛料や織物を扱う店の前に立つ、ふくよかな体型の女性だった。年は三十代半ばだろうか。豊かな赤毛を器用にまとめ、金色の大きな耳飾りを揺らしている。派手な刺繍の施された異国風の衣装に身を包み、その手にはなぜか黄金色に輝く算盤が握られていた。何より、その笑顔は太陽のように明るく、見ているだけで元気が出てくるようだ。

「だ、誰だアンタは!?」プリンが警戒しつつも、どこか興味津々な様子で問いかける。

「あたし? あたしはマルーシャ! 愛と金勘定の運び手、泣く子も笑う流浪の商人マルーシャだよ! で、あんたたち、どう見ても懐が寂しくて、お腹も寂しいって顔してるねぇ?」

マルーシャは大きな目を悪戯っぽく細め、リアンたちの持ち物と表情を素早く値踏みするように観察した。

エルミナが警戒して一歩前に出る。「我々は…」

「はいはい、ワケアリなのは見ればわかるって! ま、このご時世、ワケがない人間なんて、ヘソがないカエルみたいなもんだけどね! あはは!」

マルーシャは豪快に笑い飛ばす。そのあっけらかんとした態度に、リアンたちは毒気を抜かれたようだ。

「それで? 何かお探し? それとも、何か売りたいものでもあるのかい? あたしの目にかかれば、ガラクタだって黄金に変わる…かもしれないし、変わらないかもしれない! さあ、どっちだ!」

マルーシャは算盤をパチパチと鳴らし、おどけたようにウインクする。

リアンはエルミナと顔を見合わせた。この女性は信用できるのか? しかし、他に頼れる当てもない。

「…実は、旅の食料と、できればいくらかの情報を探している。だが、手持ちが少なくて…」

リアンが正直に打ち明けると、マルーシャは「ふむふむ、なるほどねぇ」と顎に手を当て、リアンを頭のてっぺんからつま先までじっくりと眺めた。

「あんた、いい目をしてるねぇ。その剣はボロボロだけど、腕は立ちそうだ。そっちのお嬢さんは気品があるし、兵隊さんたちもただもんじゃない。そして何より…」

マルーシャはプリンに顔をぐっと近づけた。

「このプリンちゃん! なんてつぶらな瞳! なんて美味しそうな…いやいや、なんて賢そうな顔をしてるんだい! これは高く売れ…いやいや、将来有望だねぇ!」

「な、なにおう! オレ様は売り物じゃねえぞ! 食い物でもねえ!」

プリンはぷんぷん怒りながらも、マルーシャの勢いに押され気味だ。

「よーし、決めた! このマルーシャ様が、あんたたちのお手伝いをしてあげようじゃないの!」

マルーシャはポンと手を叩いた。

「え?」

「代わりに、あんたたちの旅の話、聞かせてくれないかい? あたし、面白い話には目がなくてねぇ。もちろん、情報料と仲介料はきっちりいただくけど、そこはそれ、マルーシャ価格で大サービスしとくよ!」

半信半疑ながらも、リアンたちはマルーシャに案内され、町の裏通りにある情報屋や、彼女の馴染みの卸問屋を巡った。するとどうだろう。マルーシャがその黄金の算盤を片手に、立て板に水の如くまくし立てると、あれよあれよという間に、相場の半値近い値段で質の良い保存食や薬草が手に入り、さらにはヴァルガス王の追手がこの町にも目を光らせているという重要な情報まで引き出してしまったのだ。

「いやー、今日の儲けはトントンってとこかね! ま、笑顔が見られたから実質タダみたいなもんか! なんつって、しっかり手数料はいただくけどね!」

マルーシャは額の汗を拭いもせず、にっこりと笑う。彼女の周りには、いつの間にか活気と笑いが生まれていた。

「マルーシャさん…あなたは一体何者なんだ…」リアンが感嘆の声を漏らす。

「ん~? ただのしがない商人だよ。しがないけど、腕は一流、笑顔は天下一品! そして、金と面白い話の匂いがするところには、どこへでも飛んでいく風船みたいな女さね!」

彼女はそう言うと、リアンに意味ありげな視線を送った。

「あんたたち、ただの旅人じゃないね? その目、その雰囲気…何かとてつもないことに巻き込まれてるか、あるいはこれから巻き起こそうとしてる。違うかい?」

エルミナが緊張した面持ちでリアンを見る。

マルーシャはそれを楽しむように続けた。「隠すことはないよ。あたし、口は堅いのが売りだからね。それに…あんたたちの旅、なんだかすごく儲…いや、面白そうじゃない!」

「…我々は、ドラグニアの正当な王位継承者であるリアン王子を、ソフィア王妃様がおられる『白竜の谷』へお連れしている」

エルミナは覚悟を決めたように、マルーシャに告げた。

マルーシャは一瞬目を丸くしたが、すぐにニヤリと笑った。

「ほーう、王子様ご一行だったとはね! こりゃまた…とんでもない大物に引っかかったもんだ!」

彼女は算盤を高速で弾き、何かを計算している。

「打倒、悪徳国王ヴァルガス! 王国の平和を取り戻せ! そして、その暁には、マルーシャ印の特製『勝利まんじゅう』を全土で販売! うーん、これは莫大な利益が…いやいや、民の笑顔が目に浮かぶようだねぇ!」

「食いもんの話かよ!」プリンがすかさずツッコミを入れる。

「というわけで、リアン王子! この商人マルーシャ、あんたたちの旅にご一緒させちゃくれないかい?」

「え?」

「あたしがいれば、金銭管理、物資調達、情報収集、それに毎日の美味しいご飯! 戦闘はからっきしダメだけど、それ以外ならなんでもござれだよ! いわば、歩く便利屋、兼、金庫番! どうだい、このビッグビジネス…いや、ビッグな友情、契約してみないかい?」

マルーシャは胸を張り、自信満々の笑みを浮かべた。

リアンはエルミナを見た。エルミナは少し困惑した表情だが、マルーシャの実際的な能力は目の当たりにしている。何より、この底抜けに明るい女性は、一行の沈みがちな雰囲気を吹き飛ばしてくれる不思議な力を持っていた。

「…分かった。マルーシャさん、俺たちの旅に力を貸してほしい」

「やったね! さっすが王子、話が早い! それじゃあ、これからは『マルちゃん』って呼んでくれていいよ! 契約成立の暁には、まずは腹ごしらえだね! 今夜はマルちゃん特製、元気になるスープを大盤振る舞いしちゃうよ!」

こうして、お騒がせな商人マルーシャがリアン一行に加わった。彼女の黄金の算盤とギャグセンスは、これから始まる過酷な旅路において、思わぬところで一行を助けることになる。

一行がマルーシャの案内で安宿を見つけ、久しぶりの温かい食事にありつこうとしていた頃、町の門では、ヴァルガス王の紋章を付けた兵士たちが、何やら新しい手配書を睨みつけ、厳しい検問を開始していた。その手配書には、リアンとエルミナによく似た人物の似顔絵が描かれていた。

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