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ウェスタリア・サーガ:亡国の王子と喋るスライム  作者: 信川紋次郎
第二章:目覚める厄災と集う星々、ウェスタリア動乱
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王都の嘆きとレジスタンスの灯火


【地下水道の死闘、影との舞踏】

「ドラグニアの王子リアン…そして、その首に高額な懸賞金がかけられた『七星の守護者』戦斧のヴォルフ。お前たちの命、我が君に捧げるに最も相応しい獲物と見た」

ナイトフォール公国の暗殺部隊「影の刃」のリーダーらしき男が、抑揚のない声で冷たく言い放った瞬間、闇に潜んでいた数人の黒装束が、音もなくリアン一行に襲いかかった。毒を塗ったクナイや吹き矢が、松明の届かぬ暗がりから雨のように降り注ぎ、そのどれもが人体の急所を正確に狙っている。

「くっ、奇襲か!」

リアンは即座に剣を抜き、飛来するクナイを弾き返す。エルミナが杖を掲げ、「ルーメン!」と短く詠唱すると、彼女を中心に聖なる光が広がり、薄暗い地下水道を一時的に照らし出した。その光に、黒装束の暗殺者たちの姿が一瞬浮かび上がる。彼らはまるで影そのものが実体化したかのように、壁や天井を自在に駆け巡り、予測不能な角度から攻撃を仕掛けてくる。

「カイトさん、上だ!」リアンが叫ぶ。

カイトは、エルミナの光が一瞬捉えた天井の影に向かい、躊躇なく矢を放つ。狭い通路で、彼の矢は壁に一度跳ね返り、角度を変えて暗殺者の一人の肩を射抜いた。曲芸的な射撃だった。

「小賢しいネズミどもめが! 我が怒りに触れたことを後悔させてやる!」

ヴォルフが、その巨体に似合わぬ俊敏さで鉄棍を振り回し、複数の暗殺者の連携攻撃を力ずくで打ち破る。彼の咆哮が、悪臭漂う地下水道に轟き渡った。戦斧はなくとも、その怪力と「七星の守護者」としての戦闘勘は健在だった。

セレスは、水の精霊に呼びかけ、足元の汚水を操って敵の足止めを試みる。粘りつくような汚水が暗殺者たちの動きを鈍らせ、時には彼らの視界を奪った。

「ちょっと、あんたたち! こんなジメジメしたところで、カビ臭いお宝でも探してるのかい!?」

マルーシャは、恐怖で震えながらも、懐から取り出した悪臭を放つ薬品(害虫駆除用だったらしい)の入った小瓶を数個、敵の足元へ投げつけた。強烈な刺激臭が暗殺者たちの鼻を突き、彼らの集中力をわずかに削いだ。プリンもまた、その小さな体で敵の懐に潜り込み、暗殺者が腰に下げていた重要なポーチ(毒薬や解毒剤、あるいは指令書などが入っていたのかもしれない)を素早く奪い取り、リアンの元へと届けた。

【父の指輪の導きと地下の迷宮】

激しい戦闘の末、リアン一行は数で勝る「影の刃」を辛くも撃退した。リーダー格の暗殺者は深手を負い、残った数人の部下と共に闇の奥へと撤退していったが、その際に「…覚えておけ…『影』は常にお前たちを見ている…」という不気味な言葉を残していった。

しかし、一行もまた無傷では済まなかった。カイトが腕に毒クナイを受け、セレスも戦闘の余波で肩を負傷していた。エルミナが即座に治癒魔法を施し、セレスが持っていた薬草で応急処置をする。

「まさか、ナイトフォール公国の暗殺者までが、我々を狙ってくるとは…」エルミナは眉をひそめる。「ガイウスだけでなく、他の勢力も、リアン王子や『七星の守護者』の存在を嗅ぎつけ始めているのかもしれません」

リアンの右手の指にはめられた、父アルトリウスの形見である竜の紋章の指輪が、戦闘の終結と共に、地下水道の特定の方向を指し示すかのように、以前よりも一層強く脈動し、そして微かな熱を帯び始めた。

「こっちだ…!」リアンは、その感覚に導かれるように言った。「父上の指輪が、何かを…王都の奥深くにある何かを、俺に伝えようとしている…!」

一行は、指輪の導きと、父の手帳に記された断片的な記述(王都の地下には、古の時代に作られた避難用の通路や、王城へ通じる秘密の道が存在するという内容)を頼りに、迷路のように入り組んだ地下水道の奥深くへと進んでいった。途中、古代の罠が仕掛けられた区画や、そこに棲みついたグロテスクな巨大ネズミや水棲の魔獣との遭遇を繰り返しながらも、彼らは互いに助け合い、慎重に道筋を見つけ出していく。

【王都の嘆き、潜入成功の代償】

長く暗く、そして危険に満ちた地下道を進んだ末、一行はついに古びた鉄製の梯子を発見した。梯子を登り、重いマンホールの蓋を押し上げると、そこはヴェルミリオン市街の最も寂れた一角にある、打ち捨てられた古い教会の地下聖堂へと通じていた。悪臭漂う地下水道から解放された安堵も束の間、彼らが地上へ出て目にしたのは、圧政と恐怖に支配され、完全に生気を失った王都の姿だった。

空は、「星の揺り籠」の暴走の影響か、常に薄暗く不気味な赤紫色に染まり、まるで血の涙を流しているかのようだ。街路にはヴァルガス軍の兵士や、ガイウスの私兵部隊「鉄の爪」の者たちが横暴に闊歩し、些細なことで民衆に暴行を加えている。商店は軒並み閉ざされ、家々の窓は固く閉ざされ、人々は怯えた表情で息を潜めて暮らしている。時折、遠くから悲鳴や、何かが破壊されるような轟音、そして不気味な地響きが聞こえてくる。それは、王都の地下深くで「星の揺り籠」が危険な状態にあることを示唆していた。

「なんてことだ…これが、あのウェスタリアで最も美しいと謳われた王都ヴェルミリオンの姿だなんて…」

マルーシャは、その惨状に絶句し、言葉を失った。彼女がかつて商いで訪れた時の、活気に満ち溢れ、人々の笑顔と美しい音楽で彩られていた王都の面影は、どこにも残っていなかった。

【レジスタンスとの接触、王城への道】

一行が、廃墟と化した教会の内部から、息を殺して外の様子を窺っていると、数人の男たちが、まるで影のように音もなく彼らに接触してきた。彼らは粗末な身なりをしていたが、その瞳には絶望に屈しない強い意志の光が宿っていた。

「…リアン王子…でいらせられますか…? 我々は、ソフィア王妃様の命を受け、王都内部で抵抗活動を続ける者です」

リーダーらしき初老の男が、声を潜めながらも、安堵の表情で言った。彼らは、ソフィア王妃から密かに連絡を受け、リアン王子が王都へ戻ってくる可能性を知らされ、ずっと待ち続けていたのだという。

レジスタンスの男たちから、王城の現在の警備状況、「星の揺り籠」の暴走が日に日に深刻化しており、王都全体がいつ大爆発を起こしてもおかしくない危険な状態にあること、そしてガイウス将軍が、王城の最深部にある「星の揺り籠」の中枢で、何か恐ろしい最後の儀式を行おうとしているらしいという情報がもたらされた。

「我々レジスタンスだけでは、もはやガイウスを止めることはできません。奴の周りは、黒曜石騎士団の精鋭と、得体の知れない魔術師どもで固められています。ですが、リアン王子と、そのお仲間たちの力、そして王子が持つという『調和の聖具』の力があれば…あるいは…!」

その時、リアンの父の指輪が、王城の方角を指し示し、これまでで最も激しく熱を放ち始めた。まるで、王城の地下深く、父が守ろうとした「星の揺り籠」の核心部で、何かが自分を呼んでいるかのように。

リアンは、王都の惨状と民の苦しみ、そして父の指輪の導きを強く感じ、固い決意をその瞳に宿した。

「父上の、そして母上の想い…そして、この王都に生きる全ての人々の未来のために、俺は戦う! ガイウスの野望を、必ずここで阻止する!」

レジスタンスの男たちは、リアンの言葉に涙ぐみ、彼に王城への秘密の潜入ルートを案内することを申し出た。その先には、ガイウスと、そして暴走寸前の古の力が、リアンたちを待ち受けている。

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