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ウェスタリア・サーガ:亡国の王子と喋るスライム  作者: 信川紋次郎
第二章:目覚める厄災と集う星々、ウェスタリア動乱
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狂戦士の告白と赤黒き凶星、王都への決意


【狂戦士の眠り、赤黒き凶星】

廃砦の中庭に、黒鉄のヴォルフは巨体を横たえ、荒い息をつきながら深い眠りに落ちていた。リアンの一撃によって呪いの刻印は薄れ、その表情から獣のような凶暴性は消え失せていたが、長年の呪いとの戦いは彼の心身を深く蝕んでいるようだった。傍らには、依然として不気味な闘争のオーラを放つ「戦乱の巨斧」が突き刺さっている。エルミナが浄化の魔法を施そうとしたが、戦斧に込められた呪いはあまりにも強力で、わずかにその邪気を和らげることしかできなかった。

「この戦斧は…もはやヴォルフ殿一人の手には負えぬ代物です。今は近づかない方が賢明でしょう」エルミナは静かに告げた。

夜空を見上げると、王都ヴェルミリオンの方角に輝く赤黒い凶星は、その不吉な光をさらに増し、まるで血に濡れた爪が天を掻きむしるかのように、禍々しい波動を放っていた。セレスは、その星の光に顔をしかめ、「あれは…星々が泣いているかのようです。多くの魂が…苦しんでいる…」と震える声で呟いた。

【ヴォルフの目覚め、守護者の記憶の断片】

数時間が経過し、東の空が白み始めた頃、ヴォルフが重いうめき声を上げてゆっくりと意識を取り戻した。その瞳には、以前の狂気はなく、深い疲労と、そしてわずかな理性の光が宿っていた。リアンたちは、警戒しつつも彼に近づき、マルーシャが用意した水と薬草を差し出す。

「…ここは…俺は…」ヴォルフは、掠れた声で呟き、周囲を見回した。そして、リアンの姿を認めると、その瞳に複雑な色が浮かんだ。「…お前か…ドラグニアの…『竜の子』…」

「あなたの名は?」リアンは静かに問いかけた。

「…ヴォルフ…ただのヴォルフだ…いや、かつては…『戦斧のヴォルフ』と呼ばれたこともあった…」彼は自嘲するように言った。「俺は…『七星の守護者』の一人のはずだった…。星々の歌に導かれ、このウェスタリアを守るはずの…」

ヴォルフは、断片的に語り始めた。彼は確かに、古の時代に世界を救ったという伝説の「七星の守護者」の力と使命を受け継ぐ者の一人だったこと。しかし、数年前、彼は古の遺跡でこの「戦乱の巨斧」を発見し、その強大な力に魅入られてしまった。最初は力を制御できていたが、戦斧に込められた闘争の呪いは徐々に彼の精神を蝕み、やがて彼は戦うことそのものに快楽を覚える狂戦士へと成り果ててしまったのだという。

「あの戦斧は…元々は星の力を宿す聖具だったと聞く。だが…遠い昔、何者かの手によって邪悪な呪いがかけられ、所有者の魂を喰らい、戦乱を呼ぶ呪いの道具と成り果てたのだ…。俺は…それに負けた…」

彼は、他の「七星の守護者」の安否や現在の居場所についてはほとんど知らなかった。ただ、守護者たちはそれぞれが特別な聖具を持ち、ウェスタリア各地に散らばって世界の均衡を守っているはずだということ、そして「星々の歌」と呼ばれる古の予言詩に、守護者たちが再び一つに集うべき「聖なる約束の地」の存在が記されていることを、朧げながら覚えていた。

【父の手帳とヴェルミリオンの危機】

ヴォルフの言葉と、エルミナが感じ取るヴェルミリオンの凶星の関連性を探るため、リアンたちは再びアルトリウス王の手帳を広げた。そこには、ヴォルフの語る「星々の歌」に似た記述や、「七星の守護者」に関すると思しき記述が、暗号めいた言葉で散見された。

そして、手帳のあるページに、エルミナとセレスが息を呑む記述を見つけた。

「…王都ヴェルミリオンの地下深くには、古の星の民が築いたとされる『星の揺り籠』と呼ばれる巨大な祭壇が存在する。それは、ドラグニア王家の力の源泉の一つであり、ウェスタリア全土の地脈と星々の運行を調和させるための装置。しかし、もしその調和が乱され、祭壇が暴走した場合、王都は一瞬にして壊滅し、その影響は大陸全土に及ぶ大災厄を引き起こすであろう。それを鎮めるには、王家の正統な血を引く者と、特別な星の配置の下で行われる古の儀式が必要となる…」

「まさか…!」リアンは戦慄した。「ガイウスは、この父上が恐れていた祭壇の力を、意図的に暴走させようとしているというのか…!? 王都の民を、そしてドラグニア王国そのものを犠牲にしてでも…!」

「だとしたら、王都の人たちが、今まさに大変な危険に晒されてるってことじゃないの! 王子様、急がないと!」マルーシャが、顔面蒼白で叫んだ。

【ガイウスの策謀と「監視者」の報告】

その頃、遠くヴェルミリオンを見下ろす秘密の山頂拠点では、「黒曜石の将軍」ガイウスが、戦場から帰還した「監視者」からの詳細な報告――ヴォルフの敗北、リアンの力のさらなる増大、そしてヴェルミリオン地下祭壇のエネルギーが急速に活性化し始めている兆候――を、冷ややかに、しかし満足げに受け取っていた。

「フン…ヴォルフめ、あの程度の呪いで我を忘れるとは、所詮は力に振り回されるだけの蛮勇の持ち主か。だが、リアン王子、お前の成長は実に興味深い。そして、ヴェルミリオンの『星の揺り籠』も、ようやく目覚めの時を迎えたようだ。我が計画の最終段階が、これで整った」

傍らに控える仮面の魔術師(あるいは新たに召喚された高位の悪魔)が、不気味な声で囁いた。

「全てはガイウス様の御心のままに。祭壇のエネルギーが臨界に達すれば、王都は焦土と化し、ヴァルガス王の愚かな支配もろとも旧体制は完全に崩壊いたします。そして、その混沌の中から、真の支配者たるガイウス様が、新たなるウェスタリアの夜明けを告げるのです」

ガイウスは、リアンたちがヴォルフから情報を得て、必ずやヴェルミリオンに向かうであろうことを見越していた。そして、そこにこそ、彼は最大の罠と、リアンを絶望させるための最後の舞台を用意していたのだ。

【決断の時、王都への道】

リアンは、父の手帳に記された恐るべき事実と、ヴォルフから得た情報、そしてエルミナの星詠みが示すヴェルミリオンの危機的状況から、もはや一刻の猶予もないことを確信した。

「行かなければならない…ヴェルミリオンへ。父上が守ろうとしたものを、そして母上や、王都に暮らす罪なき民を、俺が守るんだ!」その声には、王子としての、そして「竜の子」としての揺るぎない決意が込められていた。

「俺も行こう」意識を取り戻したヴォルフが、まだ完全に回復していない体を引きずるようにして立ち上がった。「この『戦乱の巨斧』の呪いを完全に断ち切り、守護者としての使命を…いや、人としての誇りを取り戻すためにも。そして…ガイウスという男に、借りを返さねばならん」

彼は、地面に突き刺さっていた戦斧には触れず、代わりに砦の残骸から手頃な鉄の棍棒を拾い上げた。戦斧はまだ危険なオーラを放っており、今の彼には扱いきれない。

エルミナ、カイト、セレス、マルーシャ、そしてプリンもまた、リアンの決意に強く頷き、彼と共に王都へ向かう覚悟を示した。

「ヴェルミリオンへの道は、ガイウスが仕掛けた罠で満ちているでしょう。そして、王都そのものが、今や巨大な爆弾のようなもの…」エルミナが厳しい表情で警告する。

「それでも、行かねばならぬ道だ」リアンは、昇り始めた朝日を真っ直ぐに見据えた。

一行は、傷つき、そして新たな決意を胸に抱いたヴォルフを仲間に加え、破滅の危機に瀕する王都ヴェルミリオンへと、危険に満ちた旅路を急ぐことになった。その道のりには、ガイウスの巧妙な罠と、暴走する古の力が、彼らを待ち受けているだろう。そして、その先にあるのは、ドラグニア王国の、いや、ウェスタリア大陸全体の運命を左右する、壮絶な戦いに違いなかった。

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