狂戦士の咆哮と魂の慟哭、ヴェルミリオンの凶兆
【狂戦士の咆哮、死闘の幕開け】
「…来たか、新たな贄どもよ。我が『渇き』を癒すのは、貴様らか?」
廃砦の中庭に響き渡る、獣の唸り声にも似た掠れた声。全身を傷だらけの黒鉄の鎧で覆った巨漢――「戦乱の巨斧」の所有者――は、その血のように赤く爛々と輝く双眸でリアン一行を捉えると、巨大な黒い戦斧をゆっくりと肩から下ろし、大地を揺るがすほどの雄叫びを上げた。
「血ダ! 肉ダ! 闘争コソガ全テェェェッ!」
次の瞬間、巨漢はリアンたちめがけて猛然と突進してきた。その一歩一歩が地響きを立て、振りかざされた戦斧は、まるで小型の攻城兵器のような破壊力を秘めて空気を切り裂く。周囲には、彼の体から放たれる闘争のオーラが渦巻き、リアンたちの精神を直接揺さぶり、恐怖と同時に抑えきれないほどの好戦的な感情を無理やりかき立てようとしていた。
「くっ…このプレッシャーは…!」リアンは歯を食いしばり、剣を構える。仲間たちもまた、その圧倒的な威圧感に顔を強張らせながらも、それぞれの武器を手に取った。
「散開して! 正面からまともに受けるな! あの戦斧の一撃は危険すぎる!」
リアンの叫びを合図に、死闘の幕が切って落とされた。
【力の奔流、呪われし戦斧】
狂戦士――その名は後に「黒鉄のヴォルフ」と知れることになる――の攻撃は、まさに力の奔流だった。戦斧が振り下ろされるたびに、砦の石壁が砕け散り、地面には深い亀裂が走る。その動きは、巨体からは想像もつかないほど俊敏で、リアンとカイトが前衛で巧みに攻撃を捌こうとするが、一撃のあまりの重さにじりじりと押し込まれていく。
「聖なる光よ、彼の者を包みたまえ!」エルミナが杖を掲げ、リアンに守護の魔法をかけるが、ヴォルフの戦斧から放たれる禍々しいオーラがそれを相殺するかのように、魔法の効果を弱めてしまう。
セレスは、土の精霊たちに呼びかけ、ヴォルフの足元に泥濘を作り出して動きを封じようとするが、彼はそれを力ずくで踏み破り、さらに勢いを増して襲いかかってくる。
「ウオオオオオ…! 戦イコソガ我ガ糧…! 破壊コソガ我ガ悦ビ…!」
ヴォルフは、まるで苦痛と歓喜が入り混じったような、不気味なうめき声を上げながら戦斧を振り回す。しかし、その猛攻の合間、ほんの一瞬だけ、彼の動きが止まり、兜の奥から「…やめろ…おれは…おれはもう…戦いたくないんだ…!」というか細い、しかし悲痛な心の叫びのようなものが聞こえてきた。
「今のは…!?」エルミナはその変化に気づき、叫んだ。「リアン王子、彼は…あの戦斧の呪いに完全に操られているだけなのかもしれません! 本来の意識が、まだわずかに残っているのかも…!」
【リアンの葛藤と聖具の導き】
エルミナの言葉は、リアンの心に深く突き刺さった。ヴォルフの苦悶の表情、そして心の奥底からの叫び。それは、ただの敵として切り捨てるにはあまりにも痛切だった。父アルトリウスが手帳に遺した「真の力とは、破壊のためではなく、守り、そして生かすためにある」という言葉が、脳裏をよぎる。
(この人を…救えるのか…? 俺のこの力で…)
リアンは、胸に下げたお守りと、そこに宿る「調和の聖具」の温かい力に意識を集中させた。すると、彼の全身を包む白銀のオーラが、周囲に渦巻く闘争のオーラに汚染された空気を浄化しようとするかのように、穏やかに、しかし力強く広がり始めた。
リアンは、ヴォルフの猛攻を紙一重でかわしながら、防御に徹し、そして呼びかけた。
「目を覚ませ! あなたは誰なんだ! その忌まわしい戦斧に、いつまでも魂を縛られていてはいけない!」
その声は、白銀のオーラと共に、ヴォルフの心の奥底へと届けられようとしていた。
【仲間の連携、呪いの隙を突く】
「王子様、あいつ、時々動きが止まってるわ! 今みたいに、苦しそうな顔してる時に!」
マルーシャが、物陰から鋭く戦況を観察し、叫んだ。
「リアン、あいつの首の後ろ…鎧の隙間から、なんか黒くて気味の悪い痣みたいなのが見えてるぜ!」
プリンもまた、その小さな体でヴォルフの周囲を駆け回り、リアンに重要な情報を伝えた。
カイトは、マルーシャとプリンの言葉に即座に反応した。ヴォルフがリアンの言葉に一瞬動きを止め、苦悶の表情を浮かべた、まさにその隙を突き、プリンが示した首の後ろの鎧の隙間――そこには、まるで生きているかのように脈打つ、禍々しい呪いの刻印のような痣が確かにあった――めがけて、全神経を集中させた矢を放った。矢はヴォルフの分厚い鎧に阻まれ、カンッと甲高い音を立てて弾かれたが、その衝撃はヴォルフに一瞬の硬直を生み出した。
「今です!」
セレスはその好機を逃さなかった。彼女が森の蔦を操り、その蔦がまるで意思を持った蛇のようにヴォルフの戦斧を持つ右腕に絡みつき、その動きを一時的に、しかし確実に拘束した。
「エルミナ様!」
「ええ! 聖なる光よ、その魂を蝕む邪悪なる呪いを打ち破りたまえ! エクソシズム・レイ!」
エルミナの杖の先から、凝縮された浄化の光が放たれ、ヴォルフの全身を包み込んだ。
【魂の叫び、守護者の片鱗?】
エルミナの浄化の光がヴォルフを包み込み、彼の体から黒い煙のようなものが噴き出す。同時に、リアンは白銀のオーラを極限まで高め、その剣を戦斧そのものではなく、ヴォルフの首の後ろに見える呪いの刻印に向けて振り下ろした。それは、相手を殺傷するためではなく、ただその魂を呪いから解き放つためだけの、祈りを込めた一撃だった。
「うおおおおおっ!」
リアンの剣が、呪いの刻印に触れた瞬間、ヴォルフはこれまでとは比較にならないほどの凄まじい絶叫を上げ、その体からおびただしい量の黒いオーラが嵐のように噴き出した。彼の手から巨大な戦斧が滑り落ち、ゴウンッという重い音を立てて地面に突き刺さる。
黒いオーラが完全に晴れると、そこには力なくその場に膝をつくヴォルフの姿があった。彼の兜が衝撃で外れ、その下から現れたのは、意外にもまだ若く、しかし深い苦悩と悲しみをその瞳に宿した、精悍な顔つきの男だった。彼の瞳から、あの血のような赤い光は消え失せ、本来の理知的で力強い光が戻りつつあった。
彼は、ぜえぜえと荒い息をつきながら、リアンを、そしてその胸で輝くお守りを見つめた。
「…お前は…やはり…『竜の子』…なのか…?」その声は掠れていたが、確かに正気を取り戻していた。「…ならば…星々の…歌を…聞け…『七つ星』は…一つに集う時…真の力が…目覚める…」
ヴォルフはそれだけ言うと、まるで糸が切れた人形のように、その場に崩れ落ち、意識を失った。彼が「七星の守護者」の一人である可能性が、極めて強く示唆された瞬間だった。
その時、遠くドラグニア王国の首都ヴェルミリオンの方角の空が、一際不気味な赤黒い光に禍々しく包まれ、大地が微かに、しかし確実に揺れるのを、エルミナとセレス、そしてリアンもまた感じ取った。
「まさか…父上の手帳にあった、王都の地下に眠るという古の祭壇が…ガイウスによって…!?」
リアンは戦慄し、言葉を失った。ヴォルフという新たな謎、そしてヴェルミリオンで起ころうとしている、あるいは既に起こってしまったであろう恐るべき異変。一行は、息つく暇もなく、次なる選択と試練を迫られようとしていた。