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ウェスタリア・サーガ:亡国の王子と喋るスライム  作者: 信川紋次郎
第二章:目覚める厄災と集う星々、ウェスタリア動乱
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血染めの峠と黒斧の残響、白竜の谷の軍議


【血染めの峠、黒き戦斧の謎】

カイトが発見したという峠道にたどり着いたリアン一行は、その凄惨な光景に言葉を失った。そこは、まさしく地獄絵図だった。おびただしい数のヴァルガス兵の亡骸が、異形の魔獣たちのものと思われる黒紫色の体液にまみれて雪と土の上に散乱し、折れた剣や槍、砕けた盾が戦いの激しさを物語っていた。そして、その戦場の中心、小高い丘の上には、まるで墓標のように巨大な両刃の黒い戦斧が深々と大地に突き刺さり、周囲に禍々しいまでの邪気と、血の臭いを凝縮したかのようなプレッシャーを放っていた。戦斧の表面には、古代文字のようなものが赤黒く浮かび上がり、不気味な脈動を繰り返している。

「この邪気…そしてこの圧倒的な破壊の痕跡…間違いありません」エルミナは顔を蒼白にさせながらも、冷静に分析した。「これは『七つの災厄』の一つ、『戦乱の巨斧ウォーアックス・オブ・ディスコード』と呼ばれる古の魔具の気配です。伝承によれば、この戦斧を手にした者は、無限の闘争心と超人的な力を得る代わりに、その魂は破壊衝動に蝕まれ、周囲に戦乱と死を撒き散らす存在と化すと…」

セレスは、その場に膝をつき、そっと地面に手を触れた。「大地が…嘆いています。この場所で、あまりにも多くの命が、あまりにも理不尽に奪われたと…怒りと悲しみで、精霊たちも声を失っています」彼女の瞳からは、涙が静かに流れ落ちていた。

カイトは、周囲の痕跡を丹念に調べていたが、やがて厳しい表情でリアンに報告した。「ヴァルガス軍の陣形は完全に崩壊している。恐らく、彼らはここで何らかの魔獣の大群、あるいはこの戦斧の現在の所有者と交戦し、一方的に壊滅させられたものと思われる。これだけの兵力をこれほど短時間で殲滅するとは…並の相手ではない」

マルーシャとプリンは、そのあまりの光景に言葉もなく、ただ互いに寄り添って震えていた。

【白竜の谷への帰還、母の憂慮】

一行は、その血染めの峠に長居することはできず、重苦しい気持ちを抱えながら「白竜の谷」への帰路を急いだ。谷の入り口では、以前よりもさらに厳重な警戒態勢が敷かれており、リアンたちの姿を認めた見張りの兵士たちの顔には、安堵と共に新たな緊張の色が浮かんだ。

「リアン王子! エルミナ様! ご無事でしたか!」

出迎えた騎士団長ダリウスの声には、隠せない疲労が滲んでいた。

ソフィア王妃は、リアンの帰還を知ると、居館から自ら駆けつけ、その無事を涙ながらに喜んだ。「リアン…! よくぞ…よくぞ戻ってきてくれました…!」しかし、リアンが「黄金の穂波」での災厄鎮圧の報告と共に、道中で発見した「戦乱の巨斧」の一件を語ると、彼女の表情はみるみるうちに曇っていった。

「また新たな災厄が…それも、これほど近くで…」ソフィアは唇を噛みしめた。

【軍議、迫りくる厄災の連鎖】

その夜、白竜の谷の司令部では、緊急の軍議が開かれた。ソフィア王妃を中心に、騎士団長ダリウス、女軍師イザベラ、そしてエルミナ、カイト、セレスが席に着き、リアンもまた、その中央に座を占めていた。マルーシャとプリンも、部屋の隅で固唾を飲んで議論の行方を見守っている。

「『黄金の穂波』の『石化の嘆息』、そして峠での『戦乱の巨斧』…。これほど短期間に、二つもの『七つの災厄』が顕現したという事実は、極めて深刻に受け止めねばなりません」イザベラが、厳しい表情で口火を切った。「これは偶然とは思えません。何者かが意図的に『災厄』を目覚めさせているのか、あるいは、世界の均衡そのものが崩壊し始め、古の封印が次々と解け始めているかのどちらかでしょう」

エルミナも頷く。「星々の動きも、それを裏付けています。かつてないほどの凶星が力を増し、ウェスタリア全土を覆う暗黒の時代が近づいていることを示唆しています」

そこへ、シルヴァンウッドの「星の民」から、カイトとセレスを通じて届けられていた、マキナ皇国や獣人連合ボルグからの情報が改めて共有された。それらの国々でも、原因不明のクリスタルの変異や、大地を蝕む奇妙な病、そして「虚無の侵食者」の活動と思われる不気味な痕跡が、各地で報告され始めているという。ウェスタリア大陸全体が、見えざる脅威に蝕まれつつあることは明らかだった。

【ガイウスの沈黙とヴァルガス王の狂気】

「ガイウス将軍の動きが、この数日、全く掴めておりません」ダリウス騎士団長が、苦々しげに報告した。「『天空の祭壇』での敗北(と彼らは認識していた)の後、彼の軍勢は王都周辺に集結しているものの、表立った動きは見せていない。嵐の前の静けさのようで、かえって不気味です」

「ガイウスのことだ、必ず何かを企んでいるはず…」リアンは、あの黒曜石の将軍の冷徹な瞳を思い出し、拳を握りしめた。

一方、王都ヴェルミリオンでは、ヴァルガス王が度重なる凶報と、民衆の間で囁かれ始めた「竜の子」リアン王子の噂に恐慌状態に陥り、正気を失いつつあるという情報も入っていた。彼は、さらなる圧政を敷き、反乱分子と見なした貴族や民衆を次々と処刑し、さらには禁断とされる古代の魔術や、異形の魔獣を戦力に加えようと、血眼になっているという。

「ヴァルガス兄上は…もはや王としての理性を失っておられるのかもしれません。あるいは…それすらも、ガイウスの掌の上で踊らされているだけなのか…」ソフィアは、深い悲しみと怒りを込めて呟いた。

【新たな使命、七星の探索と厄門の封印】

軍議は深夜まで続いた。エルミナは、星詠みで得た新たな知見を語った。

「古の伝承によれば、『七つの災厄』は、この世界と異界を繋ぐ『厄門』を通じて流れ込んでくると言われています。そして、それらの『厄門』を封じ、災厄を鎮めるためには、かつて世界を救ったという『七星の守護者』たちの力と、彼らが用いたとされる聖具が必要になるやもしれません」

その言葉に、一同は息を呑んだ。「七星の守護者」――それは、もはや伝説やおとぎ話の中にしか存在しないと思われていた、古の英雄たちの名だった。

ソフィア王妃は、しばし瞑目した後、静かに、しかし強い意志を込めて決断を下した。

「リアン、あなたには、二つの、いえ、三つの使命を託します。一つは、顕現した『災厄』を可能な限り調査し、その進行を食い止め、民を守ること。二つ目は、各地に散らばるとされる『七星の守護者』の末裔を探し出し、彼らの協力を得ること。そして三つ目は…」

ソフィアは、リアンの目を真っ直ぐに見据えた。

「『戦乱の巨斧』の現在の所有者を突き止めなさい。その者が、もし『災厄』に飲まれ、破壊を撒き散らす存在であるならば、それを止めねばなりません。しかし、もし…もしその者が、我々の味方となりうる『七星の守護者』の一人であるならば…」

リアンは、その重い使命の意味を理解し、力強く頷いた。

「必ずやり遂げます、母上。このウェスタリアを、これ以上悲しみに沈ませるわけにはいきません」

その時だった。谷の見張りをしていた兵士が、血相を変えて司令部に駆け込んできた。

「申し上げます! 谷の北壁上空に…多数の飛行物体を確認! ワイバーン…いえ、あれは…禍々しい気を放つ、ガーゴイルの大群です! 旗印は…『黒曜石の将軍』ガイウスのものです! 大軍勢が、谷に迫りつつあります!」

「白竜の谷」そのものが、ガイウスの次なる標的となったのか。あるいは、リアンたちの動きを完全に察知しての、計算され尽くした陽動なのか。

束の間の平穏は破られ、新たな戦いの火蓋が、再び切られようとしていた。リアンの、そしてウェスタリアの運命を賭けた戦いは、まだ始まったばかりだった。

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