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ウェスタリア・サーガ:亡国の王子と喋るスライム  作者: 信川紋次郎
第二章:目覚める厄災と集う星々、ウェスタリア動乱
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砕け散る呪晶、甦る大地と黒曜石の深慮


【砕け散る呪晶、解放の光芒】

「このウェスタリアを…こんな悲しい涙で満たされた場所には…断じてさせない!」

リアンの魂の叫びと共に放たれた、白銀と黄金の光を纏った渾身の一撃は、一条の流星となって「禁忌の森」の闇を切り裂き、黒水晶柱の中心核――禍々しいエネルギーが渦巻く黒い淀み――に寸分の狂いもなく突き刺さった。

ドゴオオオオオオオオオオン!!!

森全体を揺るがすほどの凄まじい轟音と閃光。黒水晶柱は、まるで内部から浄化の光によって焼き尽くされるかのように激しく明滅し、その表面に蜘蛛の巣のような無数の亀裂が走った。そして、次の瞬間、柱は甲高い破壊音と共に砕け散り、溜め込まれていた邪悪なエネルギーと、逆に大地から無理やり吸い上げられていた清浄な生命エネルギーが、激しく衝突しながら解放された。

それは、破壊の嵐であると同時に、浄化の奔流でもあった。禍々しい紫色の瘴気は、聖なる白銀の光によって打ち消され、代わりに温かく優しい光の粒子が、まるで雪のように森全体に降り注ぎ始めた。

「グ…オオオ…我が力ガ…『無ノ御方』ヘノ…贄ガアアアアッ!」

「虚無の先触れ」のローブのリーダーは、黒水晶柱の破壊と同時に、自らの力の源泉を断たれた苦悶の絶叫を上げた。その体は浄化の光に焼かれるようにして急速に崩れ始め、ローブだけを残して塵芥と化していく。

「…愚カナ…ヒトノ子ヨ…。コレデ終ワリト思ウナ…『七ツノ厄門』ハ…既ニ開カレ始メタ…ヤガテ全テガ…全テガ…深淵ナル虚無ニ…飲マレルノダ…」

最後に不吉な呪いの言葉を残し、リーダー格の存在もまた、完全に消滅した。他のローブの者たちも、同様に光の中に溶けるようにしてその姿を消していった。

【石化の呪解、甦る大地】

浄化の光の粒子が「黄金の穂波」地方一帯に降り注ぐと、奇跡が起こり始めた。石のように硬化し、灰色に染まっていた大地が、ゆっくりと元の柔らかな土の色を取り戻していく。枯れ果てていた木々には瑞々しい緑の葉が芽吹き始め、石像と化していた鳥たちが再び羽ばたき、動物たちが動き出す。

そして何よりも、石化の呪いに囚われていた人々が、まるで長い悪夢から覚めるかのように、ゆっくりと元の姿に戻り始めたのだ。最初は戸惑い、自分たちの身に何が起こったのか理解できずにいた彼らも、周囲の景色が生命力を取り戻していくのを見て、やがて堰を切ったように歓喜の声を上げた。

「動ける…体が…元に戻ったぞ!」

「ああ…神よ…! ありがとうございます…!」

リアンは、その光景を、力を使い果たし地面に倒れ込みながらも、安堵の表情で見つめていた。お守りと「調和の聖具」の力は、彼の想像を遥かに超えるものだったが、その反動もまた大きかった。

「リアン王子!」

エルミナ、カイト、セレスが、彼の元へと駆け寄り、その体を支える。マルーシャもプリンも、涙でぐしゃぐしゃになった顔でリアンの名を呼び、その無事を心から喜んだ。

「やったじゃないの、王子様! あんた、本当に…本当にすごいわよ!」マルーシャは、もはや商売のことなど忘れ、ただただ感動に打ち震えていた。

森の奥から、石化から解放された村人たちが、恐る恐る、しかし確かな足取りで姿を現し始めた。彼らは、リアンたちの姿と、今まさに蘇りつつある森の光景を目の当たりにし、これが夢ではないことを悟る。そして、誰からともなく、リアンたち――特に、その中心で力なく微笑むリアン――に向かって、感謝の祈りを捧げ、救世主として称え始めた。その声は、やがて大きな感謝の合唱となり、森全体に響き渡った。

【監視者の帰還、黒曜石の深慮】

上空で静かに戦況を記録していたガイウスの「監視者」たちは、黒水晶柱の破壊、浄化の光の拡散、そしてリアンの放った力の詳細なデータを収集し終えると、プログラムされた通りに音もなく高速で戦場を離脱し、ドラグニア王都ヴェルミリオンへと帰還していった。

ガイウスの執務室。届けられた報告映像とデータを、彼は無表情のまま繰り返し再生し、分析していた。

「…『調和の聖具』の力、そして『竜の子』の成長速度…。なるほど、確かに私の予測を僅かながらに超えている。あの石化の災厄を、こうも容易く浄化するとはな」

彼の指が、地図上の「黄金の穂波」から、次の目的地となるであろう「白竜の谷」へとゆっくりと滑る。

「だが、それ故に面白い。育てがいのある駒だ。それに、『七つの災厄』の一つが失われたことで、他の厄門の封印が不安定になり、目覚めが早まるやもしれぬ。それはそれで、我が計画にとっては好都合…」

ガイウスは、傍らに控える新たな仮面の魔術師に命じた。

「『黄金の穂波』での一件、ヴァルガス王には『リアン王子一行が、未知の古代兵器を用いて地方領主の反乱を鎮圧、その過程で森が一部変異した』とでも報告しておけ。そして、他の『災厄』の監視を強化し、リアン王子一行の次の目的地を正確に割り出し、そこに新たな『歓迎』の準備を整えよ。今度は、逃げ場のない、より絶望的な舞台を用意してやろう」

彼の瞳の奥には、リアンを単なる敵としてではなく、自らの壮大な計画を完成させるための重要な駒として見ているかのような、底知れない深慮の色が浮かんでいた。

【束の間の安息、白竜の谷への道】

「黄金の穂波」地方では、数日をかけて石化の呪いは完全に解け、大地には力強い緑が戻り始めていた。リアンも、エルミナやセレスの献身的な看護と、村人たちからの滋養に富んだ食事の提供により、急速に体力を回復していった。彼は、今回の戦いで得た新たな力の感覚――それは、お守りを通じて感じる「調和の聖具」の清浄なエネルギーと、自身の「竜の血脈」がより深く結びついたような、温かく力強い感覚――を確かめながら、この力を民のために正しく使うことの重責を改めて胸に刻んでいた。

村人たちからの心からの感謝と祝福を受け、リアン一行は「黄金の穂波」地方を後にし、ソフィア王妃が待つ「白竜の谷」への帰路についた。谷で今回の戦いの結果を詳細に報告し、今後の対策を練る必要があった。そして何よりも、他の「七つの災厄」の脅威が、いつどこで牙を剥くか分からないという新たな緊張感が、彼らの心に芽生えていた。

【帰還の途上、新たな不穏】

白竜の谷へと向かう山道。数日間の旅は比較的穏やかに続いていたが、ある夜、一行が谷に近い森で野営をしていると、プリンが突然、怯えたように低い唸り声を上げ、全身のプルプルを細かく震わせた。

「リアン…なんか…すごく嫌な匂いがするぜ…。血の匂いと…あと、なんかこう…鉄が焼けるような…」

ほぼ同時に、セレスもまた「…これは…尋常ではない死の気配…そして、何かの強大な力が衝突した痕跡…?」と顔を青くして、谷の方角を見つめた。

カイトが音もなく周囲の偵察に出ると、しばらくして血相を変えて戻ってきた。

「大変だ…! この先の峠道で…大規模な戦闘があった痕跡を見つけた。おびただしい数のヴァルガス兵の死体…そして、その中に混じって、いくつかの異形の魔獣の死骸も転がっている。まるで、地獄のような光景だ…」

一行は息を呑んだ。一体何が起こったというのか?

「そして…」カイトは言葉を続け、その表情には困惑と畏怖の色が浮かんでいた。「その戦場の中心に…黒い炎のようなオーラを纏った、巨大な両刃の戦斧が一本、地面に深々と突き刺さっていた。周囲には、その戦斧から放たれる強烈なプレッシャーと、焼け焦げたような臭いが満ちている…。あれは、明らかに『七つの災厄』の別の何かが関わっているとしか思えん…!」

リアンたちは顔を見合わせた。一つの災厄を乗り越えた安堵も束の間、彼らを待ち受けていたのは、次々と顕現する新たな脅威の連鎖だった。「白竜の谷」は、本当に安全な場所なのだろうか? そして、このウェスタリア大陸に、一体何が起ころうとしているのだろうか…。

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