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ウェスタリア・サーガ:亡国の王子と喋るスライム  作者: 信川紋次郎
第二章:目覚める厄災と集う星々、ウェスタリア動乱
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石化の嘆息、禁忌の森と黒曜石の視線


【白竜の誓い、黄金の穂波へ】

白竜の谷の夜明けは、澄み切った空気と荘厳な鳥の声に満ちていた。リアンは、出発の準備を整えながら、母ソフィア王妃から託された古いペンダントを首にかけた。それは、父アルトリウス王が肌身離さず身に着けていたという、ドラゴンの牙を模した小さな彫刻品だった。ペンダントに触れると、不思議と心が落ち着き、勇気が湧いてくるのを感じる。

「リアン、必ずご無事で。そして、民の苦しみを救ってください。あなたなら、きっとできます」

ソフィア王妃は、リアンの両手を強く握りしめ、その瞳に母としての深い愛情と、女王としての信頼を込めて言った。

「はい、母上。必ずや、この災厄を打ち払い、希望を持ち帰ります」

リアンは力強く頷いた。エルミナ、カイト、セレス、マルーシャ、そしてプリンもまた、それぞれの準備を終え、決意を新たにした表情でリアンの傍らに立つ。ソフィア王妃や騎士団長ダリウス、女軍師イザベラ、そして谷の民たちに見送られ、一行は「黄金の穂波」地方へと続く、古の隠れ道へと足を踏み入れた。彼らの背中には、谷の人々の切なる祈りと、ドラグニアの未来への一縷の望みが託されていた。

【石化の嘆息、荒廃の大地】

白竜の谷の清浄な気配から離れ、数日間の旅路を経て「黄金の穂波」地方の境界へと近づくにつれて、一行の目に映る風景は一変した。かつて黄金色の稲穂が豊かに波打ち、人々の笑顔と活気に満ちていたであろう大地は、今は生命の気配を失い、不気味な灰色に染まりきっていた。木々は石のように硬化し、その枝は苦悶するように空を掴み、鳥の声一つ聞こえない、完全な死の世界が広がっていた。

打ち捨てられた村々では、家畜が石化したまま横たわり、井戸の水は濁り、そして…家の中や道端には、半分石化したまま、あるいは完全に石像と化した人々の姿が、まるで時が止まったかのように点在していた。その表情は一様に苦悶に歪み、声なき叫びが聞こえてくるかのようだ。

「こんな…こんな酷いことが…!」

マルーシャは言葉を失い、その大きな瞳から涙をこぼした。商人として多くの土地を渡り歩いてきた彼女でさえ、これほど悲惨な光景は見たことがなかった。「ここは、ウェスタリアでも指折りの豊かな土地だったのよ…。人々は陽気で、収穫祭の時はそれは賑やかで…それが、どうしてこんな…」

プリンも、その惨状にショックを受けたのか、リアンの肩の上で小さく震えている。

道中、一行はかろうじて生き延び、痩せ細った体で南へと避難する数人の民と出会った。彼らは、リアンたちの姿を見ると怯えたように身を隠そうとしたが、エルミナが優しく声をかけ、マルーシャが残り少ない保存食を分け与えると、少しずつ心を開いてくれた。

「突然…突然、空が赤黒い光に覆われ、奇妙な歌のようなものが聞こえてきたのです…」老婆の一人が、震える声で語った。「そして、次の日には…大地が灰色に変わり始め、触れたものが…生きているものが、次々と石のように…」

「森の…禁忌の森の方から、あの歌は聞こえてきました…」若い男が、恐怖に引きつった顔で付け加えた。「森に入った者は、誰一人として戻ってきません…」

【災厄の手がかり、呪われた森の中心へ】

避難民たちの証言と、カイトが石化の進行方向や残されたわずかな痕跡を丹念に追跡した結果、災厄の発生源は、古くから不気味な噂の絶えない「禁忌の森」の中心部である可能性が高いと結論づけられた。その森は、かつて古の民が何かを封印した場所であるとも、邪悪な魔女が棲んでいたとも伝えられ、人々は滅多に足を踏み入れない場所だった。

セレスが森の入り口で、静かに両手を広げ、精霊たちに呼びかける。しかし、彼女の顔はすぐに悲痛な色に変わった。

「…森の精霊たちが…深く傷つき、苦しんでいます…。何か巨大で、邪悪な力が、森の生命そのものを蝕んでいるのです…! 奥へ進むのは、あまりにも危険です…!」

だが、リアンに退くという選択肢はなかった。

「それでも、行かなければならない。この災厄を止めなければ、被害はさらに広がるばかりだ」

一行は、セレスの警告を胸に刻み、「禁忌の森」へと足を踏み入れた。森の中は、外の世界とは比較にならないほど空気が淀み、石化した木々がまるで墓標のように立ち並び、不気味な影を落としていた。時折、石化した獣が、襲いかかろうとした瞬間の姿のまま森の奥に佇んでいるのが見え、背筋を凍らせる。

途中、一行は災厄の影響で凶暴化した巨大な森熊に襲われた。その熊は、体表の一部が石のように硬化し、その爪は岩をも砕くほどの威力を持っていた。

「散開して! 弱点は腹だ!」カイトが叫び、正確な矢を熊の眼に放って牽制する。

リアンは、胸のお守りに意識を集中し、内なる竜の力と「調和の聖具」のエネルギーを引き出す。彼の剣が白銀の輝きを放ち、その一撃は石化した熊の硬い皮膚をも切り裂いた。エルミナの光魔法が熊の動きを封じ、セレスの精霊魔法が周囲の木々の根を操って熊の足元を絡め取る。マルーシャとプリンも、石を投げつけたり、大きな音を立てたりして熊の注意を引きつけ、連携を助けた。

激しい戦いの末、一行は森熊を撃退することに成功した。その際、リアンの剣が触れた熊の石化部分が、わずかに元の毛皮に戻るという奇妙な現象が見られた。

「今のは…?」エルミナが驚きの声を上げる。

「分からない…だが、この力なら、あるいは…」リアンは、自分の剣と胸のお守りを見つめた。

【ドラグニア王都 - 黒曜石の視線】

その頃、遠くドラグニア王国の首都ヴェルミリオン、ガイウス将軍の執務室では、彼のもとに「黄金の穂波」地方で発生している石化現象と、リアン王子一行がその地へ向かったという詳細な報告が届けられていた。

ガイウスは、地図上の「黄金の穂波」と「禁忌の森」を指でなぞり、その冷徹な口元に微かな、しかし確かな愉悦の笑みを浮かべた。

「面白い…『七つの災厄』の目覚め、その最初の産声か。そして、我が愛すべき『竜の子』が、自らその餌食となりに行くとはな。実に手間が省けるというものだ」

彼は、傍らに控える新たな仮面の魔術師――以前の魔術師が天空の祭壇で倒れた後、すぐに補充された同質の存在――に命じた。

「例の『監視者』を放て。禁忌の森の奥深く、災厄の核のデータを詳細に収集させよ。ついでに、あのドラグニアの小僧が、どれほどの抵抗を見せるか、あるいは無様に石と化すか、高みから見物させてもらうのも一興だろう」

「御意に、ガイウス様」仮面の魔術師は、不気味なまでに静かに頭を下げた。

【禁忌の森の奥、災厄の核】

リアン一行は、数々の困難を乗り越え、ついに「禁忌の森」の最深部、かつて古の民が祭祀を行っていたとされる、苔むした巨大な環状列石に囲まれた広場へとたどり着いた。

そして、彼らは言葉を失った。

広場の中央には、天を突くかのように巨大な、黒水晶とも紫水晶ともつかない、おぞましい輝きを放つ結晶柱が地面から突き出ていた。それはまるで、大地の傷口から噴出した病巣そのもののようであり、周囲の大地や植物から絶え間なく生命力を吸い上げ、代わりに石化の呪いと淀んだ瘴気を撒き散らしているように見えた。その結晶柱の周囲には、完全に石化したおびただしい数の人間や動物たちが、まるで嘆き、助けを求めるかのような姿で、永遠の苦痛の中に封じ込められていた。

そして、その結晶柱の前には、異形の文様が描かれた黒いローブを纏った数人の人影が、何かの不気味な儀式を執り行っていた。彼らは両手を天に掲げ、理解不能な言語で呪文を唱えている。その声は、避難民たちが聞いたという「奇妙な歌」そのものだった。

「あれが…災厄の元凶…!」リアンは息を呑む。

その時、ローブの集団の中心にいた、ひときわ背の高い一人が、ゆっくりとリアンたちの方へ振り返った。その顔は深いフードの影に隠れて見えないが、そこから放たれる圧倒的な邪気と、人間離れした絶望的なプレッシャーは、一行の肌を粟立たせた。

「…フフフ…来たか、ドラグニアの『竜の子』よ。そして、星の乙女と森の民の生き残りも一緒とはな…」

その声は、まるで地獄の底から響いてくるかのように冷たく、そして嘲りに満ちていた。

「歓迎しよう。お前たちもまた、この大いなる石化の円舞ワルツに加わり、永遠の静寂の中で我らが『無の御方』の降臨を待つ贄となるがよい」

災厄を操る者との、絶望的な対峙が始まろうとしていた。

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