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ウェスタリア・サーガ:亡国の王子と喋るスライム  作者: 信川紋次郎
第一章: 星影の王子と天空の誓約
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王子の血脈と夜明けの誓い


エルミナの放った聖なる光の矢が虚無の猟犬を霧散させると、戦場の空気が一瞬変わった。それは希望の兆し、あるいは反撃の狼煙だった。

「リアン王子、ご無事ですか!」

エルミナはリアンを気遣いつつも、その目は冷静に周囲の戦況を把握している。彼女の周りに控える兵士たちは、手にした剣や槍に淡い光を纏わせ、統率された動きで次々と猟犬を仕留めていく。彼らの装備や戦い方は、リアンが知るドラグニアの正規兵とは異なり、より洗練され、魔法的な加護を受けているように見えた。

「王子ってのはまだよく分からんが、助太刀は感謝する!」

リアンは叫び返し、エルミナと背中合わせになるような位置を取る。戸惑いはあったが、今は目の前の脅威を排除することが最優先だ。

「プリン、あいつらの足を止められるか!」

「おうよ! オレ様のネバネバ地獄、見せてやるぜ! とりゃー!」

プリンは体を大きく広げると、地面に粘着質の液体を撒き散らした。迫ってきた数匹の猟犬が足を取られて体勢を崩す。その隙をリアンは見逃さない。

「はあああっ!」

気合と共に振るわれる古びた剣。それはもはやただの鉄塊ではなく、リアンの意志を乗せた凶器と化していた。一匹の猟犬の喉笛を切り裂き、返す刃でもう一匹の眉間を貫く。その動きは荒々しいながらも、獣のような鋭さと効率性を秘めていた。

エルミナもまた、杖を巧みに操り、光の魔法を次々と繰り出す。

「ルーメン・ジャベリン!」

数条の光の槍が猟犬たちを貫き、その体を焼き焦がしていく。彼女の魔法は攻撃だけでなく、味方の兵士たちに守護の光を付与し、傷を癒す力も持っていた。

だが、虚無の猟犬は執拗だった。倒しても倒しても、まるでどこかから湧いて出るように新たな個体が現れる。砦の生存者たちは疲弊しきっており、エルミナの部隊も徐々に数を減らされつつあった。

「キリがない…! リアン王子、ここは一度退き、体勢を…」

エルミナが叫びかけたその時、一体のひときわ大きな猟犬が、彼女の防御魔法をこじ開け、鋭い爪を振り下ろした。

「エルミナさん!」

リアンは咄嗟に彼女を突き飛ばし、自らがその爪の前に立ちはだかる。もう避けることも、剣で受けることも間に合わない――!

その瞬間、リアンの内側から再びあの熱い奔流が湧き上がった。蒼いオーラが、今度は以前よりも鮮明に彼の体を包み込む。

「うおおおおおおっ!」

獣の咆哮にも似た叫びと共に、リアンは無意識に右手を突き出していた。彼の掌から放たれたのは、不可視の衝撃波。それは巨大な猟犬を真正面から打ち据え、その巨体を数メートルも吹き飛ばしたのだ。猟犬は壁に叩きつけられ、黒い霧となって消滅した。

「……な…」

リアン自身も、自分の掌を見つめて呆然とする。今の力は一体…?

「す、すごい…これが、ドラグニア王家に伝わる“竜の血脈”の力…?」

エルミナが息を呑み、リアンを見つめていた。その瞳には驚愕と共に、確かな敬服の色が浮かんでいる。

この一撃が、戦況を決定づけた。残っていた猟犬たちは、まるでリアンの放った力に怯えたかのように動きを鈍らせ、やがて一斉に背を向けて闇の中へと逃げ去っていった。

静寂が訪れる。残ったのは、血と獣臭、そして安堵と疲労の入り混じった兵士たちの荒い息遣いだけだった。

「終わった…のか?」プリンがリアンの足元で、少しやつれた様子で呟いた。

「ああ…なんとか、な」

エルミナはすぐに部隊の生存者と砦の者たちの確認、負傷者の手当てを指示する。幸い、砦の人間も数名は生き残っていた。彼らはドラグニアの国境警備隊の生き残りで、虚無の猟犬の襲撃を受け、ここに追い詰められていたのだという。

「改めて、自己紹介をさせていただきます。私はエルミナ・シルヴァーストーン。ドラグニア王国の現王妃、ソフィア様にお仕えする者です」

エルミナはリアンの前に進み出て、片膝をつき、恭しく頭を垂れた。

「そしてあなた様こそ、先王アルトリウス陛下の唯一のご子息、リアン・アルクス・ドラグニア様。我らが正統なる王子にございます」

リアン・アルクス・ドラグニア――。それが自分の本当の名前? 孤児として育ったリアンにとって、それはあまりにも唐突な事実だった。

「俺が…王子…? 一体どういうことなんだ。父上…アルトリウス王は、俺が物心つく前に亡くなったと聞いている。だが、俺は王都ではなく、辺境の村で…」

「話せば長くなります。ですが、今はここも安全とは言えません。王子、まずはソフィア様がお待ちの隠れ里へ。道中、私が知りうる全てをお話しいたします」

エルミナの言葉は真摯だった。リアンは混乱しながらも、彼女の言葉を信じるしかないと感じていた。そして何より、先ほどの自分の掌から放たれた不可解な力が、彼女の言う「竜の血脈」という言葉と結びつき、無視できないリアリティを帯びていた。

砦の燃え残った木々で焚火を起こし、短い休息を取る。エルミナはそこで、リアンにドラグニア王国の現状を語り始めた。

先王アルトリウスの死後、その弟であるヴァルガス公爵が摂政として実権を握り、やがて王位を簒奪したこと。ヴァルガスは恐怖政治を敷き、民を虐げていること。そして、リアンの母であり、先代王妃でもあったソフィアは、ヴァルガスの目を逃れ、リアンが密かに辺境の村へ送られた後も、王国内でヴァルガスに対抗する勢力を集め、反撃の機会を窺っていること。

「ソフィア様は、ずっとあなた様をお守りし、いつか必ずお迎えに上がると誓っておられました。そして、ヴァルガス王の圧政に加え、この大陸全体を脅かす『虚無の侵食者』の影が、ドラグニアにも及び始めた今こそ、正統な王家の血を引くあなた様のお力が必要なのです」

「虚無の侵食者…あの猟犬どもも、その一部なのか?」

「はい。あれは尖兵に過ぎません。古の伝承によれば、虚無は世界そのものを喰らい、無に還す存在。そして、その侵食が進む時、世界には『七つの災厄』が目覚めるとも言われています」

「七つの災厄…?」リアンは夢で見た七つの星を思い出す。

「詳細は不明ですが、それは世界を破滅に導くほどの力を持つ、七つの何か…あるいは誰かであると。ソフィア様は、それら全てに立ち向かうため、そしてドラグニアに光を取り戻すため、王子のお帰りを待ち望んでおられるのです」

話を聞き終えたリアンは、言葉を失っていた。辺境で生き抜くだけの日々から一転、あまりにも壮大で、重すぎる運命。

「俺なんかに…そんな大それたことができるわけがない。俺はただの…」

「ただの、なんだって? リアン、お前はさっき、すっげえパワーを出してたじゃねえか! あれが王子の力ってやつなら、お前はもうただのリアンじゃねえんだぜ!」

プリンがリアンの頬にぺちんと体当たりして活を入れる。その言葉は、不思議とリアンの心に響いた。

「それに、お前を待ってる人がいるんだろ? だったら、会いに行くのが筋ってもんじゃねえか?」

プリンの言葉に、エルミナも深く頷く。

「プリンの言う通りです。あなた様には、その血に秘められた大いなる力と、人々を惹きつけるカリスマがございます。私たちが全力でお支えいたします」

リアンは、エルミナの揺るぎない瞳と、プリンの無邪気な信頼を見つめた。そして、自分の掌を握りしめる。あの奇妙な力。自分にしかできないことがあるのかもしれない。何より、自分を待ち望んでいる母がいる。

「…分かった。行こう、エルミナさん。そのソフィア様という人の元へ。そして、俺が本当に何者なのか、この目で確かめたい」

迷いを振り切ったリアンの瞳には、かつての諦観ではなく、確かな意志の光が宿っていた。

「はい、王子!」エルミナの顔が、喜びに輝いた。

夜明け前、一行は密やかに出発の準備を整えた。エルミナの部隊の生き残りは五名。砦の警備兵も二名が同行を申し出た。リアンとプリンを加え、総勢九名の小さな一団だ。

「これより我々は、ドラグニア南部の隠れ里『白竜の谷』を目指します。道中はヴァルガス王の追手や、虚無の魔獣も現れるやもしれません。ですが、必ずや王子を安全にお届けいたします」

エルミナの言葉に、一同は力強く頷いた。

東の空が白み始める頃、リアンたちは嘆きの荒野を後にした。新たな仲間たちと共に、まだ見ぬ母の元へ。そして、己の運命と向き合うために。

リアンの胸には、不安と同時に、これまで感じたことのない高揚感が込み上げていた。長い間凍てついていた彼の時間が、今、ようやく動き始めたのだ。

だが、彼らの前途には、想像を絶する困難と陰謀が待ち受けていることを、この時のリアンはまだ知る由もなかった。


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