星核の激突、調和の光と黒曜石の退場(第一章 完)
【星核の対峙、三つ巴の絶望】
「そこまでだ、リアン王子。その玩具は、お前のような子供には過ぎたものだ」
ガイウスの冷徹な声が、「星核の間」の神聖な静寂を破った。漆黒の鎧を纏った将軍は、まるで冥府の番人のように入り口に立ちはだかり、その瞳はリアンと、彼が手を伸ばそうとしていた台座の上の「調和の聖具」を、値踏みするかのように見据えている。
エルミナは負傷したカイトとセレスを庇いながら、必死にガイウスの殺気を警戒する。
「王子、お気をつけください! あれは…!」
ゴオオオオオン!
エルミナの言葉を遮るように、祭壇の守護者である巨大な石のゴーレムが、その巨躯を揺らしながら「星核の間」へと乱入してきた。解放されたばかりのその瞳は、未だ混乱と怒りに揺らめき、リアン、ガイウス、そして後から追ってきた仮面の魔術師が呼び出した数体の「深淵の眷属」たちを、等しく聖域を汚す敵と見なしているかのようだった。守護者は、その巨大な石の拳を振り上げ、無差別に攻撃を開始する。
さらに、仮面の魔術師が「ククク…ガイウス様、あの小僧と聖具は、この私が…!」と叫びながら、深淵の眷属たちにリアンを襲わせようとする。
「星核の間」は、瞬く間に三つ巴、いや四つ巴の混沌とした戦場と化した。
【「調和の聖具」の共鳴とリアンの覚醒】
「くそっ…!」
リアンは、ガイウスの圧倒的な威圧感、暴走する守護者の破壊力、そして迫りくる深淵の眷属という絶望的な状況の中で、それでも必死に「調和の聖具」へと手を伸ばした。その指先が、七色に輝く宝珠に触れた、まさにその瞬間――。
パアアアアアアアッ!
「調和の聖具」から、まるで宇宙の誕生を思わせるような、眩いばかりの虹色の光が溢れ出し、リアンの体と、彼の胸で激しく脈動していたお守りとを包み込んだ。リアンの脳裏に、直接、古の竜たちの記憶、星々の歌、そして万物との調和を司るという宇宙の法則そのものとも言えるような、膨大で温かい情報が流れ込んでくる。それは、時に激しい苦痛を伴ったが、それ以上に、彼の魂を揺さぶり、成長を促す、かけがえのない体験だった。
「竜の血脈」の荒々しい力は、お守りを通じて「調和の聖具」の清浄なエネルギーと共鳴し、まるで鍛冶師が鉄を鍛え上げるように、より純粋で、より強力な、そして何よりもリアンの意志と完全に調和した新たな力へと昇華されていく。
リアンの黒髪の一部が、まるで月光を浴びたかのように銀色に輝き始め、その蒼い瞳の奥には、竜の黄金色の虹彩が微かに浮かび上がる。彼の全身から放たれるオーラは、以前の蒼白い不安定なものではなく、穏やかでありながらも、何者にも侵しがたいほどの力強い白銀の輝きを放っていた。
【混戦とそれぞれの決死の行動】
「調和の聖具」の力に呼応したのか、祭壇の守護者は、その暴走をピタリと止めた。そして、その青白い瞳をリアンに向け、まるで古の主君に謁見するかのように、ゆっくりと片膝をつき、頭を垂れたのだ。それは、聖具を介してリアンが「天空の祭壇」の正当な後継者として認められた証だったのかもしれない。守護者は、次にその敵意を、聖域を最も汚していた深淵の眷属たちと、ガイウス軍の残党へと向け、圧倒的な力でそれらを排除し始めた。
「な…馬鹿な! 我が呼び出した眷属たちが…守護者が正気に戻っただと!?」
仮面の魔術師は、その光景に愕然とし、自らも守護者の鉄槌の前に為す術もなく打ち砕かれ、断末魔の叫びと共に闇へと消え去った。
エルミナは、リアンの変化と守護者の行動に驚きつつも、即座に状況を判断し、回復した魔力で負傷したカイトとセレスに強力な治癒魔法を施す。カイトとセレスもまた、最後の力を振り絞り、崩れ落ちる瓦礫からエルミナやリアンを守ろうと奮闘する。
「マルちゃん、プリンちゃん、今のうちよ! 脱出口を探して!」
マルーシャは、祭壇の崩壊が激しくなる中、プリンと共に、リアンたちが安全に脱出できる道を探し始めた。プリンの小さな体と鋭い嗅覚が、瓦礫の隙間に隠された古い通路を発見する。
【ガイウスとの決戦、天空の崩壊】
「…面白い。実に面白い余興だったぞ、リアン王子」
ガイウスは、守護者の反逆、魔術師の敗北、そしてリアンの覚醒という一連の出来事を、なおも冷徹な表情で眺めていた。だが、その瞳の奥には、初めて本気の闘志と、そしてわずかな焦りの色が浮かんでいた。
「だが、どれほど玩具を手に入れようと、お前と私の間にある絶対的な力の差は埋まらぬ!」
ガイウスの黒曜石の鎧が、不気味な黒いオーラを放ち始め、その手にした長剣もまた、闇そのものを凝縮したかのような禍々しい輝きを帯びる。彼自身もまた、人知を超えた何らかの力をその身に宿していることは明らかだった。
「これが、本当の『黒曜石の将軍』の力だ。絶望と共に、その目に焼き付けるがいい!」
ガイウスは、瞬間移動と見紛うほどの速度でリアンに肉薄し、闇の力を纏った剣を振り下ろす。
覚醒したリアンもまた、白銀のオーラを輝かせ、その剣でガイウスの攻撃を受け止めた。聖具と調和した竜の力は、ガイウスの暗黒の技と「星核の間」で激しく衝突し、祭壇全体を揺るがすほどの衝撃波を生み出す。
二人の剣戟は、もはや人間のそれを超越しており、光と闇、聖と邪がぶつかり合う神々の戦いのようだった。だが、経験と絶対的な力の地力では、まだガイウスが上回っている。リアンは徐々に追い詰められていく。
しかし、リアンの瞳には、もはや絶望の色はなかった。彼には守るべき仲間がいて、そして信じるべき力がある。
「俺は…負けない!」
リアンは、エルミナ、カイト、セレス、マルーシャ、プリン、そしてシルヴァンウッドの民、母ソフィアの顔を思い浮かべ、最後の力を振り絞った。彼の剣が、お守りが、そして「調和の聖具」が一体となり、七色の極光のような輝きを放つ。
その時、祭壇の守護者が、最後の力を振り絞るかのように、ガイウスに向かって巨大な岩の拳を叩きつけた。ガイウスはそれを舌打ちと共に回避するが、その一瞬の隙が生まれた。
「今です、リアン王子!」エルミナが叫ぶ。
リアンは、その一瞬の好機を逃さなかった。彼の白銀の剣が、七色の光を纏い、ガイウスの黒曜石の鎧の、わずかな隙間――かつてリアンが傷つけた肩の部分――を正確に貫いた。
「ぐ…おおっ!?」
初めて、ガイウスの顔に苦痛と驚愕の表情が浮かんだ。彼の鎧に亀裂が走り、そこから黒い血のようなものが滲み出す。
「天空の祭壇」は、二人の激闘の余波と、守護者の最後の抵抗によって、もはや限界だった。足場が次々と崩れ落ち、全体が雲海へと傾き始める。
ガイウスは、肩を押さえ、忌々しげにリアンを睨みつけた。
「…面白い。実に面白いぞ、リアン王子…。この私が、これほどの屈辱を味わうとはな…。だが、覚えておけ。これは終わりではない。次にお前とまみえる時が、ドラグニア王家の、そしてお前の本当の最期だ」
そう言い残すと、ガイウスは懐から取り出した黒い水晶を床に叩きつけた。水晶は禍々しい光と共に弾け、彼の姿は闇に溶けるようにして消え去った。
【新たなる旅立ち、第一章の幕引き】
「調和の聖具」は、その役目を終えたかのように、リアンのお守りに静かにその力を宿し、融合するように消えていった。祭壇の守護者もまた、聖域を守り抜いた満足感と共に、ゆっくりと光の粒子となって風に溶け、消滅した。
「王子、エルミナ様、こちらです!」マルーシャとプリンが発見した古い脱出口から、カイトとセレスがリアンとエルミナを抱えるようにして、崩壊する「天空の祭壇」から間一髪で脱出した。
彼らが最後に見たのは、雲海へと壮絶に崩れ落ちていく、古代の祭壇の残骸だった。
雲海を見下ろす山腹で、一行はボロボロになりながらも、全員で生き残ったことを確かめ合った。朝日が昇り始め、その黄金色の光が彼らを照らす。
「やりましたね、リアン王子…」エルミナは、疲労困憊の中でも、リアンに優しい微笑みを向けた。
リアンもまた、自分の内なる力が、以前とは比較にならないほど澄み渡り、そして仲間たちとの絆によってさらに強くなったことを感じていた。彼は、朝日を浴びながら、王子としての新たな決意を固める。
「ああ。だが、これは始まりだ。ガイウスは必ずまた現れる。そして、ウェスタリアには、もっと大きな脅威が迫っている…」
その頃、遠くマキナ皇国では、女帝リリアンヌが「マザー・クリスタル」の輝きがわずかに力を取り戻し、天空の祭壇から放たれた清浄なエネルギーの奔流が大陸全体に広がっていくのを感じ取っていた。獣人連合ボルグの賢狼王ヴォルフガングもまた、星々の軌道が僅かながらも希望の方向へと修正されたことを悟り、静かに頷いていた。
リアン一行は、次なる目的地――ソフィア王妃が待つ「白竜の谷」――を目指し、そしてウェスタリア大陸全体の運命を左右するであろう「虚無の侵食者」と「七つの災厄」の謎を解き明かすため、新たな仲間カイトとセレス、そして少し成長したプリンとマルーシャと共に、朝日が昇る東の空へと、再びその力強い一歩を踏み出した。
彼らの前には、まだ多くの困難と、壮大な冒険が待ち受けているのだった。
(第一章 完)
【第二章 予告】
白竜の谷へ――母との再会、そして明かされるドラグニア王国の秘密。
だが、ガイウスの影は執拗に彼らを追い、ヴァルガス王の圧政はさらに激化する。
ウェスタリア各地で顕現し始める「七つの災厄」。
マキナ皇国の若き女帝、自由諸島連合の海賊王、獣人連合の賢狼王――彼らとの出会いが、リアンの運命を大きく揺るがす。
そして、ついにその全貌を現し始める「虚無の侵食者」の脅威。
リアンは、「調和の聖具」によって目覚めた力を完全に制御し、真の「竜の子」として、ウェスタリアを救うことができるのか。
エルミナが見た希望の光は、彼らをどこへ導くのか。
新たな仲間、新たな敵、そして深まる謎。
星と魂が織りなす、壮大なファンタジーサーガ、第二章にご期待ください。