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ウェスタリア・サーガ:亡国の王子と喋るスライム  作者: 信川紋次郎
第一章: 星影の王子と天空の誓約
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黒曜石の宣告、共鳴する危機と魂の叫び


【黒曜石の宣告、絶望の三重奏】

「…見事な足掻きだった、リアン王子。お前たちの勇気と絆、そしてその潜在能力は、確かに私の予想を僅かながらに上回っていたと言えよう」

天空の祭壇に、ガイウスの抑揚のない、しかし絶対的な威圧感を伴った声が響き渡った。漆黒の鎧に身を包んだ彼は、まるで死神そのもののようにリアンの眼前に静かに佇んでいる。その背後では、仮面の魔術師が「魂縛りの祭器」の出力を最大に高め、祭壇の守護者である巨大な石のゴーレムは、その双眸を禍々しい赤紫色に染め上げ、完全にガイウスの支配下に置かれたことを示していた。

エルミナは魔術師の放った闇の鎖に捕らわれ、身動き一つ取れない。セレスはエルミナを庇った際に負った傷で意識を失い、カイトもまた多数のヴァルガス兵と魔獣に囲まれ、その黒檀の弓を折られ、絶体絶命の窮地に陥っていた。後方では、マルーシャとプリンが、なだれ込むヴァルガス兵の最後の防衛線となり、もはや万策尽きたかのように涙を浮かべていた。

リアン自身も深手を負い、ガイウスの圧倒的なプレッシャーの前に、薄れゆく意識の中でかろうじて膝をついているのがやっとだった。

【ガイウスの野望と仮面の魔術師の暗躍】

ガイウスは、リアンを見下ろしながら、その冷徹な口元に微かな笑みを浮かべた。

「旧き秩序は滅びる運命にある。腐敗した王家、利己的な貴族、そして惰弱な民衆…。このウェスタリアは、あまりにも長く停滞しすぎた。私が、この大陸に真の力による秩序と、新たなる夜明けをもたらすのだ。お前のような、血筋だけに頼る未熟な王族は、その輝かしい未来のための礎となるがいい」

その言葉は、彼の歪んだ理想と、ウェスタリア全土を巻き込む壮大な野望の一端を垣間見せていた。

「そして、この天空の祭壇に眠る古の力…『調和の聖具』もまた、我が手によって有効に活用されるべきだ。お前のような雛鳥には過ぎた玩具よ」

仮面の魔術師が、ガイウスの言葉に応えるかのように、両手を掲げた。魂縛りの祭器から吸い上げられた祭壇の聖なるエネルギーと、周囲に漂う死者の魂までもが、禍々しい紫色の奔流となって魔術師の体へと流れ込み始める。魔術師の仮面の奥で、その目が愉悦に細められた。

「ガイウス様、準備は整いました。この祭壇の力、そしてこの者たちの魂もまた、将軍様の新たなる世界の糧となりましょうぞ…フフ、フハハハ!」

【ウェスタリア各地 - 共鳴する危機】

その頃、ガイウスの禁断の儀式が天空の祭壇で進むにつれ、ウェスタリア大陸の各地では、その邪悪な波動に呼応するかのように、不吉な異変が同時多発的に顕現し始めていた。

マキナ皇国の首都では、女帝リリアンヌ・ド・マキナが、宮殿の地下深くに安置された「マザー・クリスタル」の前に侍女たちと共にひざまずいていた。クリスタルは激しく明滅を繰り返し、その表面には無数の亀裂が走り、今にも砕け散ってしまいそうな悲鳴を上げていた。

「ああ…マザー・クリスタルが…! 大陸の東の空から、なんて禍々しい魔力が…!」リリアンヌは顔を覆い、戦慄した。老魔導士が、「陛下、これは…古の禁術の発動に違いありませぬ! 何者かが、世界の理そのものを歪めようとしておりますぞ!」と叫んだ。

遠く南方の獣人連合ボルグでは、賢狼王ヴォルフガングが、険しい山頂で星々が血のような赤黒い色に染まり、不吉な軌道を描き始めるのを厳しい目で見つめていた。大地の精霊たちが悲鳴を上げ、森の動物たちが怯えて騒ぎ出す。

「この星々の乱れ…そして大地を覆う嘆きの波動…あれは、古の禁術の気配。何者かが、世界の魂そのものを縛り付け、己が力に変えようとしておる…! 断じて許すわけにはいかぬ!」ヴォルフガングの金色の瞳が、怒りに燃えていた。

【最後の抵抗とリアンの内なる声】

天空の祭壇では、エルミナが闇の鎖に縛られながらも、最後の力を振り絞ってリアンに叫んだ。

「リアン王子…! 諦めては…いけません…! あなたのその魂には…ウェスタリアの未来を照らす光が…必ず宿っているはずです…!」

「王子様ーっ! あんたならできる! あんたは、あたしが見込んだ男なんだからねぇ!」マルーシャもまた、涙声で絶叫する。プリンも「リアーン! リアーン!」と、その小さな体からありったけの声で必死に叫び続けていた。

仲間たちの悲痛な叫び声が、薄れゆくリアンの意識に届く。彼は、これまでの旅路を思い出していた。シルヴァンウッドで出会った「星の民」の温かさ、グレイファングの力強い眼差し、カイトとセレスの信頼、マルーシャの底抜けの明るさ、そしてプリンの無邪気な笑顔。何よりも、エルミナの、自分を信じ続けてくれる清らかな瞳…。

(ここで…終わらせるわけには…いかない…!)

胸に下げたお守りが、ガイウスの放つ邪気と「魂縛りの祭器」から発せられる強大な魔力に激しく反発し、まるで心臓のように高熱を放ち始めた。

『――立て、竜の子よ』

リアンの脳裏に、直接響き渡る声があった。それは、シルヴァンウッドの「竜の寝床」で対峙した、古の竜の守護霊の声だった。

『お前の魂の本当の叫びを、今こそ聞かせよ。仲間たちの想いを、民の希望を、そしてお前自身の未来を、その手で掴み取るのだ!』

【予期せぬ亀裂、反撃の狼煙か破滅の序曲か】

リアンのお守りが、臨界点を超えたかのように、これまでとは比較にならないほどの凄まじい光と熱を放った。それは、ガイウスの邪悪なオーラと、「魂縛りの祭器」から奔出する魔力の奔流と、真っ向から衝突し、激しい火花を散らす。

その瞬間、天空の祭壇そのものが、まるで悲鳴を上げるかのように激しい振動に見舞われた。祭壇の中央に鎮座する黒水晶の「魂縛りの祭器」の表面に、ピシリ、と鋭い音を立てて亀裂が走ったのだ。

「な、何だこれは!? ありえん…この私が作り上げた完璧なる祭器が…この小僧の放つ光ごときに…!?」

仮面の魔術師が、初めてその仮面の奥から狼狽と焦りの声を上げた。

操られていた祭壇の守護者である石のゴーレムもまた、苦悶の咆哮を上げ、その動きが不安定になり始める。その赤紫色に染まっていた瞳に、わずかながらも本来の青白い光が戻りかけていた。

ガイウスもまた、その予想外の現象に初めて眉をひそめ、その冷徹な表情に微かな驚きと、そしてそれ以上に強い警戒の色を浮かべた。彼は、リアンとその胸で輝くお守りを、まるで初めて見る恐るべき存在であるかのように凝視する。

地響きはさらに激しさを増し、「天空の祭壇」の床や柱の一部が崩落し始め、戦場はさらなる大混乱に陥った。リアンは、お守りの異常なまでの反応と、祭壇全体を包み込む混沌としたエネルギーの渦の中で、意識を保とうと必死にもがいていた。

これは、絶望の淵から立ち上がる反撃の狼煙なのか、それとも、世界の理が崩壊し始める、さらなる破滅への序曲なのか。

その答えは、まだ誰にも予測できなかった。

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