表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ウェスタリア・サーガ:亡国の王子と喋るスライム  作者: 信川紋次郎
第一章: 星影の王子と天空の誓約
24/69

天空の祭壇、黒曜石の罠と魂縛りの咆哮


【天空の祭壇、黒曜石の鉄蹄】

雪と氷に閉ざされた峠を越え、リアン一行がついにたどり着いた「天空の祭壇」。しかし、そこに広がっていたのは、聖域の荘厳さとはかけ離れた、異様で不気味な光景だった。古代の巨石で築かれた祭壇の周囲には、ヴァルガス軍の黒い旗が無数に翻り、兵士たちが厳重な警戒態勢を敷いている。祭壇の石柱や床には、禍々しい紫色のルーン文字が新たに刻まれ、その中心には巨大な黒水晶が鎮座する祭器――エルミナが「魂縛りの祭器」と呼んだ禁断の魔術装置――が、まるで生きているかのように不気味な脈動を繰り返していた。それは、聖地が邪悪な力によって汚され、冒涜されている証だった。

「あれは…『魂縛りの祭器』に違いありません…!」エルミナは息を呑み、その声には隠せない戦慄が滲んでいた。「ガイウスは、この祭壇に眠る古の守護者か、あるいは何か別の強大な力をその邪悪な装置で操り、自らの手駒に加えようとしているのです…! なんとしても、止めなければ…!」

カイトとセレスは、音もなく周囲の地形と敵の配置を偵察し、その結果をリアンとエルミナに伝える。祭壇への主要な通路は厳重に守られ、高台には弓兵が配置されている。潜入は極めて困難、強行突破もまた大きな犠牲を伴うだろう。

「どうする、リアン王子…」グレイファングから預かった古い骨の笛を握りしめ、カイトがリアンに判断を仰ぐ。

【潜入か強行か、下される決断】

一行は、祭壇を見下ろせる岩陰に身を潜め、息を詰めて作戦を練った。

「理想は、あの忌まわしい祭器を破壊することでしょう。ですが、あれだけの警備…容易ではありません」エルミナが冷静に分析する。

「いっそ派手に暴れて、連中の注意を引きつけてる間に、王子とエルミナちゃんで本丸を叩くってのはどうだい?」マルーシャが、いつもの調子とは裏腹に真剣な表情で提案する。

リアンは、仲間たちの顔を一人ずつ見回した。カイトの鋭い眼差し、セレスの静かな覚悟、マルーシャの不安と勇気、そしてプリンの自分を信じる純粋な瞳。そして、エルミナの揺るぎない信頼。

「…ありがとう、みんな」リアンは深く息を吸い込み、決断を下した。「俺たちの目的は、『調和の聖具』を手に入れ、俺自身の力を完全に制御し、ウェスタリアに平和を取り戻すことだ。そのためなら、どんな困難も乗り越える。だが、誰一人として無駄な犠牲は出さない」

彼はカイトとセレスに向き直った。「カイト、セレス。あなたたちの森での戦い方、隠密行動の技術を貸してほしい。陽動と、祭壇内部への潜入経路の確保を頼めるか? 俺とエルミナさんで祭器の破壊と、その奥にあるであろう『星核の間』――聖具が眠る場所を目指す」

「承知した」カイトは短く、しかし力強く頷いた。

「エルミナ様と王子様のために、精霊の道を開きましょう」セレスもまた、静かに微笑んだ。

「あたしたちも、ただ見てるだけじゃないわよ! 後方支援なら任せときな!」マルーシャが胸を叩き、プリンも「そうだそうだ! オレ様の活躍、期待しててくれよな!」と意気込んだ。

【動き出す影、発動する罠】

作戦は直ちに開始された。カイトが、まるで風に溶け込むかのように音もなく動き出し、祭壇の外縁に配置された篝火や見張り台に、遠距離から正確無比な矢を放って混乱を引き起こす。ヴァルガス兵の一部が、陽動に気づきそちらへ向かう。

その隙を突き、セレスが古代の呪文を囁くと、祭壇の岩壁の一部に自生していた蔦や苔が生き物のように動き出し、リアンとエルミナのためだけの隠された道を作り出した。

「王子、エルミナ様、こちらへ!」

リアンとエルミナは、セレスが示した道を通って祭壇の内部へと潜入を試みる。しかし、彼らが祭壇の聖なる石畳に足を踏み入れた瞬間、床に刻まれた禍々しい紫色のルーン文字が一斉に輝きだし、強烈な魔術的障壁が彼らの行く手を阻んだ。同時に、周囲の石像が不気味なうめき声を上げて動き出し、手にした石の斧を振りかざして襲いかかってくる。

「フフフ…愚かな虫けらどもめ。この天空の祭壇は、既にガイウス様の御手の中にあるのだということを、その身をもって知るがいい!」

祭壇の高みから、あの仮面の魔術師が姿を現し、水晶の先端がついた歪な杖を振りかざして嘲笑った。彼の周囲には、黒いオーラを纏ったヴァルガス軍の精鋭兵と、異界から召喚されたかのような翼を持つ魔獣たちが控えている。

【混戦と試練、祭壇の守護者】

「罠か…!」リアンは歯噛みする。

「王子、退路はセレスさんが確保してくれています! 前へ!」エルミナは叫び、聖なる光の矢を放って石像の動きを鈍らせる。

リアン、エルミナ、そして彼らを追って潜入してきたカイトが背中合わせになり、三位一体となって襲い来る敵と対峙する。カイトの矢が魔獣の翼を射抜き、エルミナの魔法が石像を砕き、そしてリアンの蒼いオーラを纏った剣が、強化されたヴァルガス兵を薙ぎ払う。

だが、敵の数はあまりにも多い。仮面の魔術師は、高みから楽しげに戦況を眺め、時折強力な闇の魔法を放って一行を苦しめる。

「さあ、宴の始まりだ! この天空の祭壇に捧げる、血と魂の祝宴を!」

魔術師が杖を高く掲げ、呪文を詠唱すると、祭壇の中央に鎮座する「魂縛りの祭器」が、地響きと共に激しく脈動を始めた。黒水晶から放たれる強烈な闇のオーラが、祭壇の奥深くへと流れ込んでいく。

ゴゴゴゴゴゴ…!

祭壇の最深部、固く閉ざされていたはずの巨大な石の扉が、ゆっくりと開き始めた。そして、その暗闇の中から、赤い双眸を不気味に光らせ、全身が古代の石鎧で覆われた巨大なゴーレム――「天空の祭壇の守護者」――が、重々しい足取りで姿を現した。その動きはぎこちなく、その瞳には理性の光がなく、明らかに「魂縛りの祭器」によって操られている様子だった。

守護者は、敵味方の区別なく、その巨大な石の拳を振り上げ、手近にいたヴァルガス兵を容赦なく叩き潰した。戦場は一瞬にして大混乱に陥る。

【絶望の淵、聖具への一縷の望み】

「なんてことだ…あれが祭壇の守護者…完全に操られている…!」エルミナが絶望的な声を上げる。

操られた守護者は、次にリアンたちへとその巨体を向け、圧倒的な力で襲いかかってきた。リアンは剣で受け止めようとするが、その衝撃に吹き飛ばされ、祭壇の石柱に背中を強打し、激しく咳き込む。

エルミナも、仮面の魔術師が放った強力な闇の呪縛に捕らわれ、身動きが取れなくなってしまう。セレスは、エルミナを庇おうとして守護者の薙ぎ払った腕の余波を受け、気を失い倒れた。カイトもまた、多数の魔獣に囲まれ、苦戦を強いられている。

後方では、マルーシャとプリンが、なだれ込んでくるヴァルガス兵の増援部隊に追い詰められ、もはや逃げ場を失いかけていた。

「終わりだ、ドラグニアの残党どもめが!」仮面の魔術師が、勝利を確信したように高笑いする。「この天空の祭壇と、そこに眠る聖具、そしてお前たちの魂も、全ては偉大なるガイウス様のものとなるのだ!」

絶望的な状況。仲間たちが次々と倒れ、自分自身も深手を負い、もはや万策尽きたかと思われた。リアンは薄れゆく意識の中で、胸のお守りが、まるで最後の力を振り絞るかのように、これまで以上に熱く、そして強く輝き始めるのを感じた。その光は、祭壇のさらに奥、星々が凝縮されたかのような、淡く清浄な光を放つ空間――「星核の間」と呼ばれるであろう場所――を、彼の心に直接示しているかのようだった。

(あそこだ…あそこにあれば…『調和の聖具』が…!)

リアンは、最後の力を振り絞り、血反吐を吐きながらも、燃えるような瞳で「星核の間」へと手を伸ばそうとした。

その瞬間、彼の目の前に、静かに、しかし圧倒的な威圧感を放ちながら、一人の男が降り立った。漆黒の鎧に身を包み、その顔には何の感情も浮かべていない、「黒曜石の将軍」ガイウス本人だった。

「…見事な足掻きだった、リアン王子。お前たちの勇気と絆、そしてその潜在能力は、確かに私の予想を僅かながらに上回っていたと言えよう」

ガイウスは、まるで舞台の終幕を告げる俳優のように、抑揚のない声で言った。

「だが、お前の物語は、ここで幕を閉じる。この天空の祭壇と共にな」

ガイウスの冷徹な言葉が、リアンの心に絶望の刃となって突き刺さる。彼の背後では、「魂縛りの祭器」が最終段階に入ったかのように、さらに禍々しい光を放ち始めていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ