雪風の死闘、峠を越えて祭壇の異変
【雪風の刃、アイスウルフの強襲】
竜の背骨山脈の稜線を覆う吹雪は、まるで白い魔物の咆哮のように荒れ狂い、リアン一行の視界を容赦なく奪っていた。その白い闇の中から、悪名高き賞金稼ぎ「アイスウルフ旅団」のリーダーが、巨大な戦斧を振り上げ、獣のような鬨の声を上げた。
「野郎ども、かかれ! あのガキの首を取って、たんまり報酬をいただくぞ!」
彼の号令一下、毛皮と金属鎧に身を固めた十数人の賞金稼ぎたちが、吹雪を盾にするようにして四方八方から襲いかかってきた。彼らはこの極寒の山岳地帯での戦闘に熟練しており、その動きは狼のように俊敏で、連携も巧みだった。
「全員、円陣を組め! 背中を守り合え!」
リアンは即座に叫び、エルミナ、カイト、セレスと共に背中合わせの陣形を取る。マルーシャとプリンはその内側で、いつでも飛び出せるよう身構えていた。凍てつく寒さと、息をするのも苦しいほどの強風、そして視界の悪さが、一行の戦いを極めて困難なものにしていた。
アイスウルフ旅団のリーダーが、地響きのような足音と共にリアンに迫り、その戦斧を振り下ろす。リアンは剣で受け止めるが、ズシリと腕に響くその重さに、体勢を崩しそうになった。
「へっ、ドラグニアの王子様が、こんな吹雪の中で何ができるってんだ!」
リーダーは嘲笑い、連続して猛攻を仕掛けてくる。
【吹雪の中の死闘、連携の輝き】
だが、リアン一行もまた、これまでの過酷な旅路で鍛え上げられてきた。
「風よ、我が矢を導け!」
カイトは、ほとんど視界が効かないはずの吹雪の中で、風の音、雪の舞い方、そして敵のかすかな気配だけを頼りに、黒檀の弓から次々と矢を放つ。その矢は、まるで意思を持っているかのように正確に賞金稼ぎたちの鎧の隙間や急所を射抜き、数人を戦闘不能に陥れた。
「大気の精霊たちよ、我らに道を!」
セレスが、両手を広げて祈るように囁くと、彼女の周囲の風の流れが変わり、一時的に吹雪が弱まってリアンたちの視界がわずかに開けた。同時に、敵の足元の雪が硬く凍りつき、数人の賞金稼ぎがバランスを崩して転倒する。
「今です、リアン王子!」
エルミナの澄んだ声が響く。彼女の杖から放たれる聖なる光の魔法は、吹雪の中でも確かな軌道を描き、敵の目をくらませ、リアンの剣筋を導く。リアンは、胸のお守りから伝わる温もりと、竜の守護霊から授かった力の感覚を意識し、剣に蒼白いオーラを纏わせた。その剣技は、シルヴァンウッドでの戦いを経て、より鋭く、そして力強くなっていた。エルミナとの呼吸も合い始め、二人の連携攻撃が、賞金稼ぎたちを確実に追い詰めていく。
「それ行け、リアン王子! マルちゃん特製『ツルピカ雪合戦オイル』のお見舞いよ!」
マルーシャは、リアンたちの背後から、雪に紛れて滑りやすい油(のような特製液体)を敵の進路に撒き散らした。それに気づかず突っ込んできた賞金稼ぎが、見事に足を滑らせて雪に顔から突っ込む。
「ぷるるんアターック!」
プリンもまた、その小さな体で素早く敵の足元を駆け抜け、雪玉を顔面にぶつけたり、マントに噛みついてバランスを崩させたりと、トリッキーな動きで敵を撹乱した。
【リーダーとの激突、力の片鱗】
「小賢しい真似を!」
部下たちが次々と倒され、あるいは動きを封じられていく状況に、アイスウルフ旅団のリーダーは怒りの形相で、自らリアンに決着をつけようと猛然と襲いかかってきた。その戦斧の振りは苛烈を極め、一撃一撃がリアンの骨身に響く。リアンは防戦一方となり、徐々に追い詰められていった。
(くそっ…強い…! このままでは…!)
仲間たちの声援が、吹雪の音に混じって微かに聞こえる。胸のお守りが、まるでリアンの心臓と共鳴するかのように、熱く脈動している。
(守らなければ…みんなを…!)
リアンは、絶体絶命の状況の中で、シルヴァンウッドの「竜の寝床」で感じた、あの内なる力の奔流と、それを制御しようとした感覚を必死に思い出そうとしていた。竜の守護霊から注がれた力は、まだ彼の内に完全に馴染んではいない。だが、今、この瞬間、仲間を守りたいという強い意志が、その力の覚醒を促しているのを感じた。
「おおおおおおっ!」
リアンの全身から、蒼白いオーラが迸り、彼の握る古びた剣に集束していく。そのオーラは、一瞬、まるで竜の鱗のような紋様を刀身に浮かび上がらせ、剣そのものが生きているかのような脈動を始めた。
リーダーが振り下ろした戦斧の渾身の一撃を、リアンはその光り輝く剣で受け止めた。金属同士が激しくぶつかり合う甲高い音と共に、衝撃波が周囲の雪を吹き飛ばす。そして、次の瞬間、リアンの剣はリーダーの戦斧を力強く弾き飛ばし、その勢いのまま彼の肩を浅く、しかし確実に切り裂いた。
「ぐ…あ…!?」
リーダーは、信じられないものを見る目でリアンを見つめ、よろめきながら後ずさった。
【峠を越えて、祭壇の異変】
リーダーが倒されたことで、残ったアイスウルフ旅団の者たちは完全に戦意を喪失し、武器を捨てて降伏した。あるいは、吹雪に紛れて逃げ去っていった者もいた。
激しい戦闘の後、一行は消耗しきっていたが、その顔には確かな勝利の喜びと、互いへの信頼が浮かんでいた。マルーシャが手際よく負傷者の手当てをし、捕虜にした賞金稼ぎの一人(リーダーは深手を負い、意識を失っていた)から情報を聞き出す。
「我らを雇ったのは…『黒曜石の将軍』の代理人と名乗る仮面の魔術師だ…」賞金稼ぎは震えながら白状した。「あんたたちの首には、ヴァルガス王だけでなく、西方の…ナイトフォール公国からも、法外な懸賞金がかけられていると聞いた…」
さらに、彼はガイウス軍の別動隊が、数日前から「天空の祭壇」付近に陣を敷き、何か大規模な準備を進めているという不穏な噂も口にした。
一行は、捕虜を解放し(彼らをこの極寒の地に縛り付けておく余裕はなかった)、峠を越えた。すると、あれほど荒れ狂っていた吹雪は嘘のように止み、目の前には息を呑むような光景が広がっていた。どこまでも続く広大な雲海の上に、天を突くように聳え立つ「巨人の指」と呼ばれる霊峰の山頂が、荘厳な姿で鎮座している。そして、その頂には、古代の巨石で作られた巨大な建造物――「天空の祭壇」――が、夕陽を受けて神秘的な輝きを放っていた。
それは、あまりにも美しく、そしてあまりにも人を寄せ付けない、神々の領域を思わせる光景だった。
しかし、祭壇に近づくにつれて、リアンたちはそこから放たれる異様なまでのプレッシャーと、聖性とは言い難い、どこか歪んでねじれたような強大なオーラを感じ始めた。それは、かつて「深淵の監視者」と対峙した時とはまた異なる、古の魔術と禁断の知識が絡み合ったような、不気味な気配だった。
「うう…なんだか、頭がガンガンするぜ…空気が…空気がすごく重くて、イヤな感じだ…」
プリンが、リアンの足元で苦しそうに呻き、そのカスタード色の体が小刻みに震えている。セレスもまた、顔を青くして祭壇の方向を見つめ、何事か小さく呟いていた。彼女の額には冷たい汗が滲んでいる。
「この気配…まさか、ガイウスの言っていた『魂縛りの祭器』とやらが、すでに…?」エルミナの声にも、隠せない緊張が滲む。
ついに、「天空の祭壇」へと続く最後の登り道、その入り口らしき場所にたどり着いた一行。そこには、ヴァルガス軍の黒い旗がいくつも立てられ、明らかに人の手が入った新しい陣地や、祭壇の石柱に不気味なルーン文字を刻み込む兵士たちの姿、そして祭壇の中央には、巨大な黒水晶のようなものを中心に据えた、禍々しい魔術的装置のようなものが見えた。
ガイウスの罠は、既に彼らを待ち構えていたのだ。「天空の祭壇」は、もはや聖域ではなく、恐るべき陰謀の舞台と化そうとしていた。