緑の門出、森の誓いと天空への序章
シルヴァンウッドでの激戦から数日が過ぎた。焦土と化した森の一部では、若木を植え、焼けた家々を再建する「星の民」の姿があった。犠牲者のための追悼の儀式は静かに執り行われ、その悲しみは深くとも、彼らの瞳には未来への強い意志が宿っていた。リアンとエルミナは、「星の民」の献身的な看護と、森の薬草の力によって、驚くほどの速さで体力と気力を回復させていた。リアンは、竜の守護霊から授かった力の温もりを胸のお守りに感じながら、その制御についてエルミナと静かに語り合う日々を送る。エルミナもまた、「調和の聖具」の眠る「天空の祭壇」への想いを馳せ、星々の配置からその道のりの吉凶を占おうとしていた。
マルーシャとプリンは、すっかり里の子供たちの人気者となっていた。マルーシャは即興の歌や踊りで子供たちを笑わせ、プリンはその変幻自在な体で鬼ごっこやかくれんぼの相手をする。その光景は、戦いの傷跡が残る里に、束の間の明るい光をもたらしていた。ハルクとヨルンも、「星の民」の秘薬と治療法により順調に回復し、軽い歩行訓練を始められるまでになっていたが、まだ長旅に耐えられる状態ではなかった。
【新たな旅立ちの決定と仲間の志願】
ある朝、グレイファングがリアンとエルミナ、そしてマルーシャとプリンを、再建が始まったばかりの集会所へと招いた。その顔には、指導者としての厳しい表情と、仲間を失った悲しみの影が未だ残っていたが、隻眼の奥には力強い光が宿っている。
「リアン王子、エルミナ殿。先日の戦い、そしてシルヴァンウッドを救っていただいたこと、改めて礼を申し上げる」グレイファングは深々と頭を下げた。「長老衆の遺言に従い、そして我ら『星の民』の総意として、あなた方の『天空の祭壇』への旅に、我々も協力を惜しまぬことを誓おう」
彼は顔を上げ、二人の若者を呼び寄せた。一人は、リアンが「竜の寝床」で共に行動した寡黙な青年カイト。もう一人は、エルミナを「星詠みの泉」へ導いた聡明な女性セレスだった。
「この二人を、案内役兼戦力として、あなた方の旅に同行させたい。カイトは、我が民の中でも最高の弓の腕と追跡術を持つ。森の知識とサバイバル技術にかけては、右に出る者はいない。セレスは、星詠みの心得があり、薬草の知識も豊富だ。そして何より、彼女は森の精霊たちと心を通わせる稀有な力を持っている」
カイトは、リアンの前に進み出て、その黒曜石のような瞳で真っ直ぐに見つめた。
「リアン殿。あなたの内に宿る力、そして仲間を守ろうとするその意志、この目で確かに見た。このシルヴァンウッドは、あなた方に救われた。森の民として、この恩義に報いたい。そして、ウェスタリアを覆う闇に、共に立ち向かいたいと思う」
その言葉は、寡黙な彼にしては珍しく饒舌で、強い決意が込められていた。
続いてセレスも、エルミナの前に優雅に一礼した。
「エルミナ様の星詠みは、我ら『星の民』が長年失いかけていた、星々との真の対話の道を示してくださいました。私もお供させていただき、そのお力の一助となりたいと存じます。そして、この森が、ウェスタリアが、再び平和を取り戻す日を見届けたいのです」
彼女の穏やかな声には、森の木々のような芯の強さが感じられた。
リアンとエルミナは、二人の真摯な申し出に深く心を打たれた。これほど頼もしい仲間を得られることは、これからの過酷な旅において何よりの力となるだろう。
「カイト殿、セレス殿。あなた方のその志、心から感謝します。ぜひ、我々と共に来てほしい」
リアンが力強く言うと、エルミナもまた、美しい微笑みを浮かべて頷いた。
【新メンバー紹介とパーティーの化学反応】
こうして、カイトとセレスが正式にリアン一行に加わることになった。カイトは、その言葉数の少なさとは裏腹に、いざという時には的確な判断力と行動力で一行を導く、頼れる兄貴分のような存在だった。彼の背負う黒檀の弓は、まるで彼自身の魂の一部であるかのように馴染んでおり、その矢は百発百中と噂されるほどだ。プリンは、カイトの矢筒に興味津々で、時折こっそり羽根を触ろうとしては、カイトに軽く頭を小突かれていた。
セレスは、その物静かで優しい雰囲気の中に、深い知識と洞察力を秘めていた。彼女はエルミナにとって、星詠みの知識を共有し、議論できる初めての相手となり、二人はすぐに打ち解けた。また、セレスは様々な薬草の知識に長けており、マルーシャが持ち合わせていない珍しい薬草の効能や採取場所を教えたり、時には森の小動物や精霊と短い言葉を交わしているかのような不思議な姿を見せたりした。マルーシャは、セレスの持つ神秘的な雰囲気と、彼女が身に着けている精巧な植物モチーフの装飾品に「これは高く売れそう…いやいや、とっても素敵ね!」と商人魂と美的感覚を同時に刺激されていた。
パーティーメンバーが増えたことで、一行の雰囲気にも新たな化学反応が生まれ始めていた。マルーシャが早速カイトを「カイトっち」などと呼んで軽口を叩こうとするが、カイトは柳に風と受け流し、時折その天然な反応が逆にマルーシャを困惑させる。セレスは、プリンの純粋な好奇心とすぐに心を通わせ、彼に森の植物の名前や、小さな精霊たちの話を優しく語り聞かせていた。
【「天空の祭壇」への道、語られる伝説と脅威】
出発の前夜、シルヴァンウッドの新たな長老となったグレイファング(ルナリアの役割も一部引き継いでいた)が、一行を聖なる大樹「星見の古木」の前に集めた。古木は、先の戦いで一部が焼けたものの、その根本からは新たな若芽が力強く芽吹き始めており、生命の神秘を感じさせた。
「『天空の祭壇』は、ここから南へ、険しい竜の背骨山脈を越えた先、雲海を突き抜ける巨人の指と呼ばれる霊峰の頂にあると伝えられている」グレイファングは、古びた羊皮紙に描かれた略図を広げながら語る。「そこは、古の民が天の星々と直接交信し、世界の理を紡いだとされる聖なる場所。だが、同時に、その聖域を守るために強力な守護者や、太古の魔獣が跋扈する、極めて危険な場所でもある」
彼は続けた。「『調和の聖具』は、祭壇の最深部、星々の力が最も凝縮されると言われる『星核の間』に封印されている可能性が高い。だが、そこへ至るには、古の民が遺したいくつかの試練を乗り越えねばならぬやもしれぬ。そして何より…」
グレイファングの表情が険しくなる。
「『黒曜石の将軍』ガイウスが、あの『天空の祭壇』の存在と、そこに眠る古の力に気づいていないと考えるのは甘すぎる。彼奴ならば、必ずや我々の動きを察知し、先回りするか、あるいは追手を差し向けてくるだろう。特に、『調和の聖具』のような強大な力を秘めたアーティファクトを、彼が見逃すはずがない」
【緑の門出、未知なる空へ】
翌朝、夜明けの光が森に差し込み、鳥たちのさえずりが新たな一日の始まりを告げる中、リアン一行はシルヴァンウッドの民たちに見送られ、「天空の祭壇」へと出発した。カイトとセレスという頼もしい仲間を加え、彼らの顔には不安よりも、未来への決意と希望の色が濃く浮かんでいた。グレイファングは、里の入り口で一行を見送りながら、力強く言った。
「必ず戻ってこい、リアン王子、エルミナ殿。そして、ウェスタリアに真の夜明けをもたらしてくれ。我ら『星の民』は、いつまでもあなた方の帰りを待ち、そして共に戦う日を信じている!」
「行ってまいります!」リアンは、シルヴァンウッドの民と、そしてこの森そのものに深く一礼し、仲間たちと共に新たな旅路へと足を踏み出した。
一行は、カイトの先導で、かつてリアンたちが迷い込んだ森とは異なる、より険しい獣道を進んでいった。森を抜け、徐々に標高が上がっていくと、眼下にはエメラルドグリーンの樹海が広がり、その壮大な光景にマルーシャやプリンは感嘆の声を上げた。
やがて、一行は雪を頂いた険しい山々が連なる、竜の背骨山脈の麓へとたどり着いた。冷たい風が吹き抜け、空気も薄くなってくる。遠く、雲の上に突き出たひときわ高い峰が、まるで天に浮かぶ祭壇のように荘厳な姿を見せていた。あれが「巨人の指」であり、その頂に「天空の祭壇」があるのだろう。
その時、カイトが鋭い目で前方の空を指差した。
「…見ろ。あれは…ヴァルガス軍の偵察用ワイバーンだ。やはり、この道も見張られている。数は少ないが、油断はできん」
空高く、数体のワイバーンが旋回しているのが確認できた。新たな仲間との旅は、早くも最初の試練に直面しようとしていた。リアンは剣の柄を握りしめ、エルミナは杖を構える。カイトとセレスもまた、静かに戦闘の準備を始めた。彼らの「天空の祭壇」への道は、決して平坦なものではないことを、誰もが改めて認識した。