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ウェスタリア・サーガ:亡国の王子と喋るスライム  作者: 信川紋次郎
第一章: 星影の王子と天空の誓約
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翠の巨神と黒曜石の撤退、森に残された傷跡と誓い


【炸裂する光、砕け散る鉄塊】

「煉獄の咆哮」の砲口に収束する赤黒い魔力が、臨界を超えた眩い閃光を放った。まさにその終末の光が解き放たれようとした瞬間、リアンの黄金色に輝く剣が、エルミナが示した砲口下部の魔力水晶に深々と突き刺さった。

「ぐううううううっ!」

リアンの全身から、竜の力と生命そのものが剣を通じて注ぎ込まれる。水晶は悲鳴のような甲高い音を立てて激しく明滅し、やがて内部から亀裂が走った。次の瞬間、リアンを強烈な爆風と衝撃波が襲った。「煉獄の咆哮」は、自らのエネルギーの暴走に耐え切れず、砲身から台座まで木っ端微塵に砕け散り、巨大な鉄塊の雨を周囲に撒き散らしたのだ。

リアンは、その爆心地で意識を手放しかけたが、間一髪、案内役のカイトが身を挺して彼を庇い、衝撃を和らげた。それでもリアンは地面に叩きつけられ、薄れゆく意識の中で、ヴァルガス軍の陣形が自軍兵器の暴発によって大混乱に陥るのを感じていた。

【古の守護者、森の怒り】

ほぼ同時に、シルヴァンウッドの中心、聖なる大樹「星見の古木」が、天を突くほどの翠色の光柱と化した。大地が激しく震え、古木の根元の地面が巨大な口のように裂けると、そこから岩と古木が融合したかのような、途方もなく巨大な人型の存在がゆっくりとその姿を現した。それは数十メートルの高さを誇り、その両眼は森の奥深くで採れる聖なる翠玉エメラルドのように爛々と輝き、全身からは何人も寄せ付けぬ圧倒的な自然のエネルギーと、森そのものの怒りが放たれていた。

「古の守護者…『森の古神フォレスト・エンシェント』が…目覚められた…!」

生き残った「星の民」たちが、畏敬と歓喜の入り混じった声を上げる。ルナリアをはじめとする長老たちは、その顔に満足げな笑みを浮かべ、まるで役目を終えたかのように、そっと目を閉じ、深い眠りへと落ちていった。彼らの生命の光は、守護者の翠色の輝きへと溶け込んでいく。

「グオオオオオオオオオオン!」

森の古神は、天を揺るがすほどの咆哮を上げた。その声は、シルヴァンウッドを焼き、蹂躙するヴァルガス軍に対する明確な敵意と怒りに満ちていた。守護者は、その岩と木でできた巨大な腕を振り下ろした。一振りでヴァルガス兵数十人が木の葉のように薙ぎ払われ、残っていた攻城兵器も玩具のように踏み砕かれる。森の木々が、まるで守護者の意志に呼応するかのように枝をしならせ、ヴァルガス兵に襲いかかり、その根が地面を割って敵の足を絡め取った。

【戦場の変転、将軍の決断】

「煉獄の咆哮」の自爆による大混乱と、突如として出現した「森の古神」の圧倒的な破壊力により、ヴァルガス軍の士気は完全に崩壊した。指揮系統は麻痺し、兵士たちは武器を捨てて恐慌状態に陥り、蜘蛛の子を散らすように逃げ惑い始めた。

「王子! リアン王子!」

エルミナは、爆風で砂塵に塗れたリアンの元へ必死に駆け寄り、その名を呼びながら治癒魔法を施す。リアンは辛うじて意識を取り戻したが、力の反動と爆発の衝撃で、指一本動かすのも困難な状態だった。マルーシャとプリンも、カイトに助けられながらリアンの元へ合流し、その無事を涙ながらに喜んだ。

「良かった…本当に良かったわよぉ、王子様…!」

グレイファングは、森の古神の想像を絶する力にしばし呆然としていたが、すぐに我に返り、的確な指示で生き残った「星の民」の戦士たちを再編成する。

「追撃の必要はない! まずは里の消火と負傷者の救護を急げ! 古神様の怒りが、奴らに裁きを下してくださる!」

森の外縁、漆黒の軍馬に跨ったガイウスは、その惨状を、眉一つ動かさずに見つめていた。彼の顔には、焦りも怒りも浮かんでいない。しかし、その黒曜石のような瞳の奥には、僅かな計算違いと、そして目の前の現象に対する冷たい知的好奇心のようなものが宿っていた。

「…古の守護者、か。そして、あのドラグニアの小僧の放った力…。データ不足だったな。面白い、実に面白い拾い物をしたようだ」

彼は、傍らに控える不気味な仮面の魔術師に、何か短い言葉で指示を与えた。魔術師は、禍々しい笑みを仮面の奥に浮かべ、深々と頷く。

ガイウスは、森の古神が暴れ狂うシルヴァンウッドを一瞥すると、冷静に、そして迅速に全部隊へ撤退命令を下した。

「今日のところは、この森の古き神々と、目覚めし竜の子に敬意を表しておこう。だが、この借りは、利子をつけて必ず返すことになる。覚えておけ、シルヴァンウッドの民よ…そして、リアン王子」

その声は、風に乗って戦場に響き渡り、聞く者の背筋を凍らせた。

【束の間の勝利、残された傷跡と新たな道】

ヴァルガス軍が完全に撤退し、森の古神もまた、その役目を終えたかのようにゆっくりと大地へと帰っていき、その姿を消すと、シルヴァンウッドにはようやく偽りの静寂が戻った。しかし、そこには勝利の歓喜はなかった。森は広範囲にわたって焼き払われ、多くの家々が破壊され、そして何よりも、「星の民」の多くがその命を落としていた。残された者たちの間には、深い悲しみと、心身ともに疲れ果てた虚脱感が広がっていた。

リアンは、エルミナとマルーシャの懸命な介抱により、少しずつ体力を回復しつつあったが、力の代償は大きく、まだ自由に動くことはできない。

グレイファングが、深々と傷ついた体を引きずりながら、リアンの前に進み出て、片膝をつき、その隻眼で真っ直ぐにリアンを見据えた。

「『竜の子』リアン王子、そして『銀の月の乙女』エルミナ殿。あなた方の勇気と、その身に宿す大いなる力が、このシルヴァンウッドを完全な壊滅から救ってくださった。我ら『星の民』は、この御恩、決して忘れはいたしません。そして、偉大なる長老衆の最後の遺言に従い、我らはあなた方に全面的な協力を約束いたします」

その言葉は、シルヴァンウッドの新たな誓いだった。

犠牲者の追悼と、里の再建が静かに始まった。その中で、リアンとエルミナは、グレイファングをはじめとする「星の民」の新たな指導者たちに、エルミナが「星詠みの泉」で見つけ出した「調和の聖具」の情報を伝えた。それは、このシルヴァンウッドからさらに南、古の民が築いたとされる「天空の祭壇」に眠っている可能性が高いという。

「『調和の聖具』…。それがあれば、王子は竜の力を完全に制御し、ウェスタリアを救う真の希望となれるやもしれぬ…」グレイファングは、険しい表情で頷いた。

だが、ガイウスが残した不気味な言葉と、彼が撤退間際に何かを仕掛けたかもしれないという拭いきれない不安が、一行の心に重くのしかかっていた。彼らの旅は、まだ終わったわけではない。むしろ、本当の戦いはこれから始まろうとしていた。シルヴァンウッドでの束の間の休息の後、彼らは新たな目的地、「天空の祭壇」を目指すことになるだろう。その道のりには、さらなる困難と、そしてガイウスの執拗な追跡が待ち受けているに違いない。

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