咆哮と覚醒、交わる運命の光芒
「黒曜石の将軍」ガイウスの冷徹な命令が下ると、ヴァルガス軍の後方から引き据えられた巨大な攻城兵器――「煉獄の咆哮」――が、その禍々しい姿を完全に現した。それは黒鉄で組まれた巨大な台座の上に鎮座し、まるで怪物の顎のように開いた砲口の奥には、凝縮された魔力が不気味な赤黒い光を放ちながら渦巻いている。その照準は、寸分の狂いもなく、シルヴァンウッドの心臓部、聖なる大樹「星見の古木」に向けられていた。ヴァルガス兵たちの間には、その終末兵器の威力に対する畏怖と、敵の聖域を焼き尽くすことへの歪んだ興奮が広がっていた。
「あれを…止めなければ…!」
リアンは、全身の血が凍りつくような戦慄を覚えた。あの兵器が火を噴けば、シルヴァンウッドは一瞬にして焦土と化し、仲間たちも、そして「星の民」も全てが失われてしまう。
エルミナもまた、その兵器から放たれる圧倒的な破壊の気に顔を青くしていたが、その瞳には決して諦めないという強い意志が宿っていた。
【長老たちの祈り、古の呼び声】
その頃、「星見の古木」の燃え盛る根元では、ルナリアをはじめとする数人の長老たちが、円陣を組んで最後の祈りを捧げていた。彼らの皺深い顔は決死の覚悟に彩られ、その細い体からは、生命そのものが光の粒子となって立ち上り、燃える大樹へと吸い込まれていく。
「古き森の魂よ…星々の記憶を宿す大樹よ…我らが血肉と魂を捧げます…どうか、この危機に、我らを守りし古の守護者を…目覚めさせたまえ…!」
ルナリアの詠唱は、もはや声というより魂の叫びだった。彼女の体は急速に衰弱し、肌は透き通るように蒼白になっていくが、その瞳の輝きは増すばかり。大樹が、その祈りに呼応するかのように、ゴオオオッと低い唸りを上げて激しく振動し始めた。根元の地面がひび割れ、森の奥深く、地中深くから、何かが目覚めようとする巨大な気配が立ち昇ってきた。それは、シルヴァンウッドの森全体を揺るがすほどの、途方もない力の胎動だった。
【決死の突撃、希望を繋ぐために】
「エルミナさん、あの兵器を止める! 俺に続け!」
リアンは叫び、エルミナと共に「煉獄の咆哮」へ向かって、ヴァルガス兵の群れの中へと決死の突撃を開始した。彼の胸のお守りは、竜の守護霊から授かった力と共鳴し、以前にも増して力強い鼓動を刻んでいる。
案内役だったカイトとセレス、そしてまだ戦う力の残っていた数人の「星の民」の若者たちが、彼らのために血路を開こうと、鬼気迫る形相でヴァルガス兵に切り込んでいく。
「王子、あの兵器の構造…おそらく、砲口の下部にある魔力水晶がエネルギー供給源です! そこを破壊できれば…!」
エルミナは、星詠みで得た洞察力と、戦場を一望できる高い樹上からの視界を頼りに、瞬時に「煉獄の咆哮」の弱点を見抜き、リアンに伝えた。彼女自身も、杖から連続して光の矢を放ち、リアンを援護し、周囲の敵兵の足を止める。
リアンは、エルミナの指示を信じ、剣に竜の力を集中させた。彼の剣は、蒼白いオーラと黄金の光を融合させたような、神々しいまでの輝きを纏う。
「とおおおおっ!」
その剣から放たれる斬撃波は、まるで生きているかのようにヴァルガス兵の防衛線を切り裂き、リアンは「煉獄の咆哮」へと突き進んでいく。その力は以前よりも格段に安定し、彼の強い意志に呼応しているかのようだった。
【仲間たちの最後の砦】
リアンとエルミナの決死の突撃を援護するため、グレイファングは残された最後の力を振り絞っていた。彼は、深手を負いながらも、まるで傷ついた獅子のように咆哮を上げ、ヴァルガス軍の指揮官クラスの騎士に食らいついて離れない。その鬼神の如き戦いぶりは、数の上で圧倒的に不利な「星の民」の戦士たちを鼓舞し、彼らの士気を支えていた。
「退くな! 我らが王子と乙女が、希望を繋いでくれるまで…一歩たりとも退くな!」
避難洞では、マルーシャとプリンが、負傷者たちをさらに安全な地下の隠し通路へと誘導していた。マルーシャは、迫りくる戦火の恐怖に涙を堪えながらも、子供たちの手を引き、老人たちの背中を押す。
「大丈夫よ、みんな! もう少しの辛抱だからね! あたしたちの王子様が、きっとあのデカブツをやっつけてくれるわ!」
その声は震えていたが、決して希望を捨ててはいなかった。
ハルクやヨルンも、動かせるだけの体を引きずり、弓や投げ槍を手に取り、避難洞の入り口を死守しようと、後方から迫るヴァルガス兵に必死の抵抗を続けていた。彼らの瞳には、もはや死の恐怖はなく、ただ仲間を守り抜くという固い決意だけが宿っていた。
【咆哮と覚醒、交わる運命の光芒】
ついに、「煉獄の咆哮」の砲口に収束していた赤黒い魔力が臨界点に達し、耳をつんざくような高周波音と共に、まさに発射されようとしていた。ガイウスの唇に、冷酷な笑みが浮かぶ。シルヴァンウッドの終焉は、もはや避けられないかに見えた。
その刹那――。
ルナリアたち長老の命を賭した儀式が成就し、彼らの生命の光が極限まで輝きを放った後、聖なる大樹「星見の古木」が、天を突くほどの巨大な翠色の光柱となってそそり立った。大地が激しく揺れ動き、古木の根元、そしてシルヴァンウッドの森の地中深くから、何かが地表を突き破ってその姿を現そうとしていた。それは、岩と古木が融合したような、森そのものが意志を持ったかのような、途方もなく巨大な「古の守護者」だった。その両眼は、森の奥深くで採れる聖なる翠玉のように輝き、その巨躯からは、何人も寄せ付けぬ圧倒的な神威が放たれていた。
ほぼ同時に、リアンは「煉獄の咆哮」の目前まで迫っていた。エルミナが叫んだ弱点――砲口下部の魔力水晶――は、硬い装甲に守られている。だが、リアンは躊躇わなかった。
「これがあああっ! 俺たちの…希望だああああっ!」
彼は、竜の守護霊から授かった力、お守りの聖なる力、そして仲間たちへの想いの全てを込めた渾身の一撃を、黄金色の光を纏った剣で、魔力水晶めがけて叩きつけた。剣は硬い装甲に阻まれ、火花を散らすが、リアンは歯を食いしばり、さらに力を込める。彼の剣を中心に、空間そのものが歪むかのような凄まじいエネルギーが集中していく。
「煉獄の咆哮」が、世界を終焉させるかのような轟音と共に火を噴こうとするのか。
リアンの一撃は、その発射を阻止できるのか。
そして、ついに覚醒した「古の守護者」は、この絶望的な戦況に、どのような影響を与えるのか。
三つの運命が、まさに一点で交わろうとしていた。シルヴァンウッドの、そしてリアンたちの未来が決する瞬間が、刻一刻と迫っていた。