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ウェスタリア・サーガ:亡国の王子と喋るスライム  作者: 信川紋次郎
第一章: 星影の王子と天空の誓約
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帰還せし双つの光、黒曜石の冷徹なる眼差し


【それぞれの決意、帰還への道】

「竜の寝床」の奥深く、リアンは竜の守護霊から注がれた力がお守りを介して自身の内に流れ込み、魂そのものが変容していくような感覚に包まれていた。それは、かつて感じた力の暴走とは異なり、どこか暖かく、そして懐かしい、古の記憶を呼び覚ますかのような感覚だった。

『行け、定命の雛鳥よ。汝が背負う運命の重さを、その身をもって知るがいい。そして、竜の力を振るうことの真の意味を…見誤るな』

守護霊の最後の思念が脳裏に響くと共に、その燐光は静かに揺らめき、再び深い眠りにつくかのように洞窟の闇へと溶けていった。リアンは、以前とは比較にならないほどの充実した力と、そしてそれ以上に大きな責任感を胸に、案内役のカイトに頷いた。

「行かなければ…仲間たちが、シルヴァンウッドが待っている!」

カイトもまた、リアンの纏う尋常ならざる気配の変化に気づき、言葉なく頷くと、最短ルートで里へ戻るための険しい獣道を指し示した。

時を同じくして、「星詠みの泉」では、エルミナがセレスに支えられながら、泉の水面に映し出された「調和の聖具」の隠された聖域を示す星の配置を、その記憶と心に深く刻み込んでいた。それは、ウェスタリアの未来を左右するかもしれない、一条の細い、しかし確かな希望の光だった。

「セレス、感謝します。あなたの助けがなければ、私はこの光を見つけ出すことはできませんでした」

「いいえ、エルミナ様。これは、あなた様ご自身の強い意志と、星々を愛する清らかな魂が引き寄せた奇跡です」

エルミナは、遠くシルヴァンウッドの方角から立ち上る黒煙と、微かに聞こえてくる戦いの音に気づき、表情を引き締めた。

「急がねばなりません。希望の光は掴みました。あとは、それを…リアン王子と共に、この手に繋ぎ止めるだけです!」

二人は、泉に一礼すると、燃える故郷へと急いだ。

【シルヴァンウッド - 絶望の淵にて】

その頃、シルヴァンウッドはまさに地獄絵図と化していた。「黒曜石の将軍」ガイウスが命じた総攻撃は、ヴァルガス軍本隊の圧倒的な物量と、計算され尽くした非情な戦術によって、シルヴァンウッドの防衛線を蹂躙していた。投石機から放たれる岩弾は、樹上の家々を容赦なく破壊し、火矢は森の各所に燃え広がり、聖域は黒煙と悲鳴に包まれていた。

「持ちこたえろ! ここを破られてはならぬ!」

グレイファングは、全身に無数の傷を負い、血を流しながらも、獅子奮迅の戦いを続けていた。だが、彼の振るう戦斧はすでに刃こぼれし、その動きも明らかに精彩を欠き始めている。彼の目の前で、「星の民」の戦士たちが次々とヴァルガス兵の凶刃に倒れていく。その光景は、彼の心を絶望の色に染め上げた。

避難洞では、マルーシャが運び込まれる負傷者の多さに、もはや悲鳴を上げる気力すら失いかけていた。彼女は、震える手で薬草をすり潰し、負傷者の傷口に当てがいながら、必死に声をかけ続ける。

「大丈夫、大丈夫よ! こんな傷、マルちゃん特製の『根性絆創膏』でペッと貼れば、明日にはピンピンしてるって! …だから、だから死なないでおくれよ…!」

その声は涙で濡れ、いつもの冗談も空しく響く。プリンは、そんなマルーシャの頬にそっと体を寄せ、彼女の涙を吸い取るかのように慰めていた。ハルクやヨルンも、動けるだけの負傷兵と共に、避難洞の入り口を守ろうと必死の抵抗を続けていたが、その顔には死相すら浮かんでいた。

【リアンとエルミナ、戦場への帰還】

リアンとカイト、そしてエルミナとセレスは、森の中を疾風のように駆け抜け、燃え盛るシルヴァンウッドを目指していた。遠くからでも分かる黒煙の柱、断続的に聞こえる剣戟の音、そして人々の悲痛な叫び声が、彼らの心を焦燥感で満たしていく。

リアンは、自分の体が以前よりも格段に軽く、そして内から力が漲ってくるのを感じていた。それは、竜の守護霊から授かった力の一部なのか、それともお守りとの共鳴が深まった結果なのか、彼自身にもまだ判然としなかった。エルミナもまた、星詠みで得た新たな洞察力と、泉の清浄な気で回復した魔力を感じながら、最短かつ最も効果的なルートを選び、一行を導いていた。

そして、二組はほぼ同時に、シルヴァンウッドの中央広場へと続く最後の防衛線近くにたどり着いた。彼らが目にしたのは、炎と煙に包まれ、ヴァルガス兵の黒い群れが蹂躙する故郷を守ろうと、血の海の中で文字通り最後の抵抗を続ける「星の民」の、あまりにも悲壮な姿だった。

聖なる大樹「星見の古木」は、その幹の一部が炎に包まれ、黒煙を上げていた。

【再起の光、希望の反撃】

「グレイファング殿!」

グレイファングが、数人の鎧騎士に囲まれ、その戦斧を弾き飛ばされ、まさに止めを刺されようとした瞬間、戦場にリアンの鋭い声が響き渡った。次の瞬間、リアンはまるで蒼い流星のようにヴァルガス兵の群れに突入し、その手に握られた古びた剣は、お守りから放たれる清浄な白い光と、彼自身の内から溢れ出す蒼いオーラが融合した、力強い霊気を纏っていた。

「そこまでだ!」

リアンの叫びと共に放たれた剣の一閃は、空気を切り裂き、グレイファングに襲いかかっていた騎士たちをまとめて薙ぎ払った。その剣筋は以前とは比べ物にならないほど鋭く、そして何より、その力は破壊のためではなく、守るための意志に満ちていた。

「王子…!?」グレイファングは、信じられないものを見る目でリアンを見上げた。

ほぼ同時に、エルミナもまた、杖を高く掲げて戦場にその姿を現した。彼女の瞳には、まるで夜空の星々そのものが宿ったかのような、深い叡智の光がきらめいていた。

「聖なる月の光よ、邪を浄化し、傷つきし者を癒し、そして我らに希望の道を示したまえ!」

エルミナの詠唱と共に、彼女の杖から放たれたのは、これまでのどの魔法よりも強力で、そして広範囲に及ぶ清浄な光の波動だった。その光は、戦場に満ちる血と硝煙の臭いを和らげ、「星の民」の負傷者たちの傷を癒し、その心に温かい勇気を灯していく。同時に、ヴァルガス軍の兵士たちはその聖なる光に怯み、その動きを鈍らせた。

リアンとエルミナの、まるで生まれ変わったかのような帰還と、彼らが放つ圧倒的な力は、絶望の淵に沈みかけていた「星の民」の戦士たちの心に、再び闘志の炎を燃え上がらせた。

「王子様! エルミナちゃん!」避難洞の入り口からその光景を見ていたマルーシャは、涙でぐしゃぐしゃになった顔で歓喜の声を上げ、プリンも「リアン! エルミナ姉ちゃん! カッコイイぜー!」と全身で喜びを表現した。

【将軍の凝視、最後の聖域】

リアンとエルミナの獅子奮迅の活躍により、ヴァルガス軍の猛攻は一時的にその勢いを失い、戦況は僅かながらも好転の兆しを見せ始めた。二人はグレイファングや生き残った「星の民」の戦士たちと合流し、燃え盛る「星見の古木」を背に、最後の防衛線を再構築しようと試みる。

森の外縁、漆黒の軍馬に跨った「黒曜石の将軍」ガイウスは、その戦況の変化を、感情の窺えない冷徹な双眸で見つめていた。彼の傍らには、いつの間にか、不気味な仮面をつけ、禍々しい気を放つ側近らしき魔術師の姿があった。

「ほう…あれが予言の『竜の子』と『銀の月の乙女』か。なるほど、予想以上の力だ。シルヴァンウッドの抵抗も、思ったよりは楽しませてくれる」

ガイウスは、まるで盤上の駒を眺めるかのように静かに呟くと、ゆっくりと右手を挙げた。その表情には、焦りも怒りもなく、ただ底知れない冷酷さと、獲物を見据える狩人のような愉悦の色が浮かんでいた。

「だが、遊戯はこれまでとしよう。予定通り、あの忌まわしき古木ごと、この森の全てを焼き尽くせ」

ガイウスの合図と共に、ヴァルガス軍の後方から、巨大な車輪のついた台座に乗せられた、禍々しい形状の攻城兵器――「煉獄の咆哮ヘルファイア・ロア」と呼ばれる、禁断の魔導兵器――が、ゆっくりとその姿を現した。それは、一度に広範囲を焼き尽くすための、ガイウスが用意した最終兵器だった。「星見の古木」に向けて、その恐ろしい砲口がゆっくりと照準を合わせていく。

その時、燃え盛る「星見の古木」の根元で、ルナリアをはじめとする数人の長老たちが、何か古の儀式を執り行おうとしていた。彼らの顔には悲壮な覚悟が浮かび、その手には星の形をした石や、古びた巻物が握られている。

「もはや、これしか道は残されておらぬ…我らが魂と、このシルヴァンウッドの命脈と引き換えに、最後の奇跡を…古の守護者を呼び覚ますのじゃ…!」

絶体絶命の状況。ガイウスの非情なる最終兵器が放たれようとする中、そして長老たちが最後の手段に打って出ようとする中、リアンとエルミナは、このシルヴァンウッドを、そして仲間たちを守り抜くことができるのか。彼らの次なる一手は…。


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