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ウェスタリア・サーガ:亡国の王子と喋るスライム  作者: 信川紋次郎
第一章: 星影の王子と天空の誓約
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三重の試練、森の慟哭と星々の囁き


夜明けと共に告げられた「星の試練」。リアンとエルミナがそれぞれの聖域へと旅立った直後、シルヴァンウッドは戦火の喧騒に包まれた。「黒曜石の将軍」ガイウス率いるヴァルガス軍本隊の攻撃は、先遣隊のそれとは比較にならないほど組織的かつ熾烈だった。

【シルヴァンウッド防衛戦 - 開戦】

森の静寂を切り裂き、ヴァルガス軍の鬨の声と重々しい軍鼓の音がシルヴァンウッドに響き渡った。木々を薙ぎ倒しながら進軍してくる黒鉄の軍勢は、まるで森そのものを飲み込もうとする巨大な獣のようだ。投石機から放たれた岩弾が里の外縁部に降り注ぎ、古木々を砕き、土煙を上げる。火矢が次々と射ち込まれ、乾燥した下草に燃え移り、黒煙が空へと立ち上り始めた。

「第一防衛線、持ちこたえろ! 奴らを一枚岩と思うな、森の恵みを活かせ!」

グレイファングの咆哮が、戦場に響く。彼の指揮のもと、「星の民」の戦士たちは、巧妙に仕掛けられた罠や地の利を最大限に活かして応戦した。大木の陰から放たれる矢は正確に敵兵の鎧の隙間を射抜き、蔦や蔓で作られた落とし穴が敵の進軍を阻む。最初の衝突は、森を知り尽くした「星の民」の奇襲によって、ヴァルガス軍に少なからぬ混乱と損害を与えた。

だが、ガイウスの軍勢は数も練度も先遣隊とは段違いだった。

一方、里の比較的安全な大樹の地下洞では、マルーシャとプリンが、負傷したハルクやヨルン、そして次々と運び込まれる「星の民」の負傷者たちの手当てを手伝っていた。マルーシャは、血の匂いと呻き声に顔を青くしながらも、商人鞄からありったけの薬草や清潔な布を取り出し、必死に止血や消毒を行っている。

「しっかりしなさいよ、あんたたち! こんなところでへこたれてたら、あたしの貴重な薬草が無駄になっちゃうじゃないの! ほら、この『マルちゃん特製・気合注入ドリンク』でも飲んで元気出しな!」

彼女が木の杯で差し出したのは、苦いが滋養のありそうな薬湯だった。その気丈な振る舞いと、時折飛び出す的外れな冗談が、絶望的な状況の中でわずかながらも人々の心を和ませていた。プリンも、小さな体で負傷者の額の汗を拭いたり、マルーシャの指示で薬草を運んだりと、健気に立ち働いている。

【リアンの試練 - 聖域へ】

時を同じくして、リアンは案内役の寡黙な若者カイトと共に、シルヴァンウッドのさらに奥深く、禁断の聖域「竜の寝床」へと続く険しい道を進んでいた。カイトは、まるで森の一部であるかのように音もなく進み、リアンに獣道や安全な足場を的確に示していく。

森は、深部へ進むにつれてその様相を変えていった。木々は天を覆い隠すほどに巨大になり、陽光はほとんど差し込まない。空気は重く湿り、巨大な獣の骨や、竜の鱗を思わせる黒光りする硬い石が、苔むした地面に散見されるようになる。それは、まるで太古の時代に迷い込んだかのような、神秘的でありながらも圧倒的な畏怖を感じさせる場所だった。

「ここから先は、古の竜の魂が眠る聖域。我ら『星の民』ですら、選ばれた者以外は立ち入りを禁じられている」カイトが、初めてはっきりとした口調で言った。「生半可な覚悟では、その魂に喰われるやもしれぬ。気を引き締めよ、竜の子よ」

カイトの言葉には、単なる警告以上の重みがあった。リアンはごくりと唾を飲み込み、胸のお守りを強く握りしめた。

【エルミナの試練 - 泉への道】

一方、エルミナは案内役の聡明そうな若い女性セレスと共に、里の北に位置する「星詠みの泉」へと向かっていた。その道は、リアンの進む道とは対照的に、静寂と清浄な空気に満ちていた。苔むした岩の間を縫うように続く小道は、まるで天上の庭園へと誘うかのようだ。

「エルミナ様」セレスが、透き通るような声で語りかける。「『星詠みの泉』は、古来より我らの一族の巫女たちが星々の言葉を授かってきた聖なる場所。ですが、その水面は、時に持ち主の心の奥底を映し出し、見たくない未来や、耐え難い真実を突きつけることもございます」

道中、エルミナはいくつかの古びた石碑に気づいた。そこには、彼女が辛うじて読み解ける古代エルヴ文字で、星々の運行や災厄に関する予言めいた言葉が刻まれている。その一つに、「七つの影が空を覆い、大地が涙する時、竜の子と月の乙女、二つの光が交わりて希望の道筋を照らさん…されど、その道は幾万の犠牲の上に築かれん…」という一節があった。エルミナの胸に、重い不安がよぎる。

泉に近づくにつれて、空気はさらに澄み渡り、まるで天の星々が地上に降り注いでいるかのような錯覚を覚えた。

【シルヴァンウッド防衛戦 - 激化】

シルヴァンウッドでは、戦闘が新たな局面を迎えていた。ヴァルガス軍は、「星の民」のゲリラ戦術に対し、森の木々を力ずくで薙ぎ払うための特殊な破城槌や、広範囲に火を放つための油壺を投擲する部隊を投入してきたのだ。「黒曜石の将軍」ガイウスの冷徹な戦術は、森の民が誇る地の利を徐々に奪っていく。

「怯むな! 森の子らよ、我らの聖域を汚す者どもに、星々の怒りを見せてやれ!」

グレイファングは獅子奮迅の戦いぶりで兵士たちを鼓舞するが、敵の物量と巧妙な指揮に、「星の民」の防衛線は少しずつ後退を余儀なくされていた。負傷者が増え、里には焦土と化した箇所も出始めている。

避難洞では、マルーシャが運び込まれる負傷者の多さに顔を歪めながらも、子供たちを不安がらせまいと、即興で物語を語り始めていた。

「むかーし昔、あるところに、とっても食いしん坊だけど、勇気だけは誰にも負けないプリンスライムがおったそうな。そのプリンスライムが、仲間たちと力を合わせて、悪い大魔王をやっつける冒険物語さね…!」

プリンは、マルーシャの語りに合わせて「ぷるるん!(効果音)」「がおー!(魔王の声真似)」と合いいの手を入れる。その健気な姿が、絶望的な状況の中で、ほんのわずかな笑みと勇気を人々に与えていた。

【リアンの試練 - 対峙の始まり】

リアンとカイトは、ついに苔むした巨大な洞窟の入り口にたどり着いた。そこが「竜の寝床」だった。洞窟の奥からは、地響きにも似た低い唸りと、肌を刺すような強大なプレッシャーが絶え間なく押し寄せてくる。それは、リアンがかつて感じたことのある、「竜の血脈」の力の源流にも似た、しかし遥かに荒々しく、原始的な気配だった。

リアンは、恐怖を押し殺し、古びた剣の柄を強く握りしめて、一歩、また一歩と洞窟の中へと足を踏み入れた。内部は広大で、巨大な竜の骨が無数に横たわり、まるで太古の竜たちの墓場のようだった。そして、その洞窟の最奥、わずかな地底光に照らされた場所に、それはいた。青白い燐光を纏い、揺らめく炎のようにも見える巨大な影――古の竜の守護霊。

守護霊は、リアンの侵入を感知し、その燐光の奥にあるであろう「眼」を彼に向けた。次の瞬間、リアンの脳内に直接、雷鳴のような思念が響き渡った。

『……何者だ、我が永き眠りを妨げる、矮小なる定命の者よ……その身に纏う気配…まさか…』

【エルミナの試練 - 星々の囁き】

エルミナとセレスは、月光と星々の光を鏡のように映し出し、神秘的な輝きを放つ「星詠みの泉」に到着していた。泉の周囲には、古代文字がびっしりと刻まれた環状列石が並んでいる。

セレスに促され、エルミナは泉のほとりに静かに膝をつき、精神を集中させ、古より伝わる祈りの言葉を紡ぎ始めた。すると、泉の水面が微かに波立ち、そこに満天の星々が吸い込まれるように映り込み始めた。だが、その星々の軌道は激しく乱れ、不吉な赤や漆黒の光を放ち、まるで宇宙そのものが悲鳴を上げているかのようだった。

エルミナが、その混乱した星図からウェスタリアの未来を読み解こうと意識を集中させると、脳裏に鮮烈で断片的なビジョンが洪水の如く流れ込んできた。燃え盛る王都、天を覆う巨大な翼の影、嘆き悲しむ無数の人々、そして、七つの異なる場所から立ち上る、災厄の兆しを示す黒い柱…。エルミナは、そのあまりにも絶望的な光景と、星々から流れ込む膨大な情報量に、激しい精神的苦痛を感じ、顔を歪めた。

【三重の危機、交錯する運命】

その頃、シルヴァンウッドでは、ガイウス軍の精鋭部隊が、ついに里の第一防衛線を突破し、聖なる大樹「星見の古木」が立つ中央広場へと雪崩れ込もうとしていた。グレイファングは全身に無数の傷を負い、血だらけになりながらも、鬼神の如く戦斧を振るい、最前線で敵の進撃を食い止めている。だが、その目は絶望的な戦況を映していた。

「竜の寝床」では、竜の守護霊がリアンに対し、その存在を試すかのように、強大な魔力の息吹を放とうとしていた。リアンは、その圧倒的なプレッシャーの前に身動きもできず、絶体絶命の危機に瀕していた。彼の胸に下げられたお守りが、まるで最後の抵抗のように、熱く、激しく輝き始めていた。

そして「星詠みの泉」では、エルミナが、乱れた星々の中に、さらに恐ろしい「七つの災厄」の具体的な顕現と、「虚無の侵食者」による本格的な世界の終末のビジョンを垣間見てしまい、その精神的な衝撃に耐え切れず、泉のほとりに崩れ落ちそうになっていた。彼女の瞳からは、一筋の涙が流れ落ちていた。

三つの場所で同時に、危機は頂点に達しようとしていた。リアン、エルミナ、そしてシルヴァンウッドの「星の民」たちの運命は、風前の灯火のように揺らめき、交錯する。

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