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ウェスタリア・サーガ:亡国の王子と喋るスライム  作者: 信川紋次郎
第一章: 星影の王子と天空の誓約
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星影の隠れ里、長老の問いと試練の宣告


第十四話:星影の隠れ里、長老の問いと試練の宣告

ヴァルガス軍先遣隊との激闘の傷痕は、一行の肉体と精神に深く刻まれていた。リアンは力を使い果たした後の虚脱感と戦い、エルミナもまた魔力枯渇による倦怠感を隠せない。ハルクやヨルンをはじめとする兵士たちの傷は深く、マルーシャでさえ、その陽気な口ぶりとは裏腹に、目の下には濃い隈が浮かんでいた。プリンも心なしかカスタード色の輝きを失い、リアンの肩でぐったりとしている。

そんな彼らを導き、グレイファングと「星の民」の戦士たちは、月明かりだけが頼りの森の奥深くへと進んでいった。彼らの足取りは、まるで森の獣のように音もなく、そして迷いがない。道なき道を進み、巧妙にカモフラージュされた獣道を抜け、時には岩の裂け目のような狭い通路を通り抜ける。リアンたちだけでは到底見つけられない、自然と一体化した道程だった。

「なあ、リアン…」プリンが小さな声で囁いた。「この森、なんだか…生きてるみたいだぜ。木も草も、みんなオレたちを見てるような…」

その言葉通り、周囲の木々は月光を浴びて幻想的な影を落とし、風が葉を揺らす音はまるで森自身の囁きのようにも聞こえた。

数時間の行軍の後、夜明けの気配が漂い始めた頃、一行はついに「星の民」の隠れ里「シルヴァンウッド」にたどり着いた。それは、巨大な古木々が天然の城壁のようにそびえ立ち、その枝々や根元、そして周囲の岩屋を利用して築かれた、まさに森と一体化した集落だった。家々は樹上に吊り下げられたり、大木の洞に巧みに組み込まれたりしており、地上にはほとんど建造物が見当たらない。中央には、ひときわ巨大で神々しい雰囲気の大樹が聳え、その根元からは清らかな泉が湧き出ている。里のあちこちには、星や月、動植物を象った素朴な彫刻や飾りが施され、彼らの信仰と自然への敬意が感じられた。

グレイファングに導かれて里に足を踏み入れると、木の陰や家々の窓から、多くの視線が注がれるのを感じた。老人、女性、そして子供たち。彼らの目は、森の動物のように警戒心と純粋な好奇心に満ちており、特にリアンとエルミナの姿を食い入るように見つめている。

一行は、里の中央広場に面した、最も大きな樹上家屋――集会所のような場所――に通された。そこでは、木の実や根菜を煮込んだ素朴なスープと、香ばしい木の実のパン、そして新鮮な泉の水が振る舞われた。それは決して贅沢なものではなかったが、飢えと疲労に苦しんでいた一行にとっては、何よりのご馳走だった。

食事が終わる頃、部屋の奥から数人の老人たちが静かに入ってきた。彼らが「星の民」の長老衆だった。男性も女性もおり、それぞれが異なる文様のついた杖を手にし、その顔には深い皺が刻まれ、瞳の奥には森の叡智と悠久の時が宿っているかのようだった。グレイファングも、彼らの前では恭しく頭を垂れている。

長老衆の中でもひときわ小柄で、しかし最も強い存在感を放つ老婆――その名をルナリアという――が一歩前に進み出た。彼女の白髪は三つ編みにされ、星の形をした琥珀の飾りが揺れている。その瞳は夜空のように深く、全てを見透かすような力があった。

「『竜の子』よ、そして『銀の月の乙女』よ。よくぞ参られた」ルナリアの声は、老婆とは思えぬほど澄んでおり、静かな威厳に満ちていた。「グレイファングより話は聞いた。ヴァルガスの『鉄の爪』を退けたというお主たちの力、そしてその胸に宿すという古の光…。だが、それだけでは我らが汝らを信じるに足らぬ」

老婆は、リアンとエルミナを交互に見据える。

「『竜の子』よ、その力は星々の祝福か、あるいは世界に破滅をもたらす先触れか。汝は何のためにその力を振るい、何を成そうとしておる?」

エルミナが答えようとするのを手で制し、リアンは覚束ない足取りながらも立ち上がり、長老たちの前に進み出た。

「俺は…まだ、自分が何者なのか、この力が何を意味するのか、全てを理解してはいません。ですが…」彼は真っ直ぐにルナリアの瞳を見据えた。「俺は、虐げられているドラグニアの民を救いたい。母上であるソフィア王妃を助けたい。そして、この旅路で出会った大切な仲間たちを守りたい。そのためならば、この力の意味を知り、正しく使う道を見つけ出す覚悟です」

その言葉に嘘偽りはなかった。リアンの胸に下げられたお守りが、彼の決意に呼応するかのように、再び微かな、しかし温かい光を放った。長老たちの何人かが、その光に気づき、息を呑むのが分かった。

エルミナもまた、リアンの言葉を補うように続けた。

「長老様。ドラグニア王国のみならず、今、ウェスタリア大陸全体が『虚無の侵食者』と呼ばれる大きな脅威に晒されようとしています。星々の運行もまた、かつてないほどの混乱と、それに続く暗黒時代の到来を示唆しております。リアン王子のお力は、その闇を打ち払う唯一の希望となるやもしれません」

長老たちは、しばらくの間、互いに目を見合わせ、沈黙の中で何かを語り合っているかのようだった。やがて、ルナリアが再び口を開いた。

「…よかろう。汝らの言葉に、偽りはないと信じよう。だが、我ら『星の民』が汝らに力を貸し、我らの聖域であるこのシルヴァンウッドに迎え入れるためには、古より伝わる『星の試練』を受けてもらわねばならぬ。それは、汝らが真に『竜の子』と『銀の月の乙女』たる資格を持つのか、そして我らが信頼に足る魂の持ち主であるかを見極めるための試練じゃ」

「星の試練…」リアンはごくりと唾を呑む。

「試練の内容は、明日の夜明け、星々の導きと共に告げよう。それまでは、この里で傷を癒し、心身を休めるがよい」

グレイファングが、リアンたちを客としてもてなすための住居へと案内した。それは、大樹の太い枝に支えられた、風通しの良い質素な木の家だった。負傷したハルクとヨルンは、森の薬草に詳しい老婆の手で手厚い治療を受けた。その薬草は驚くほど効果があり、ヨルンの高熱も少しずつ下がり始め、ハルクの傷口の炎症も和らいでいくのが分かった。

マルーシャは、長老たちの厳かな雰囲気に少し気圧されていたものの、里の子供たちが珍しそうに彼女の赤い髪や派手な衣装を見ているのに気づくと、いつもの調子で声をかけ、手品のようなものを見せて笑わせようとしていた。プリンも子供たちに囲まれ、プリンプリンと跳ね回っている。

束の間の安らぎ。だが、それは長くは続かなかった。

夜が更け、一行がそれぞれの寝床で浅い眠りについていた頃、里の外縁を見張っていた「星の民」の若者が、血相を変えて集会所に駆け込んできた。

「大変です! グレイファング様、ルナリア様! ヴァルガス軍の斥候が、このシルヴァンウッドの防衛線のすぐ近くまで来ています! あの『黒曜石の将軍』ガイウスの紋章を付けた者たちです!」

その報告は、里全体に緊張の雷を走らせた。ガイウス――その名は、森の民にとっても悪夢そのものだった。彼の率いる部隊は、容赦なく森を焼き、民を虐殺することで知られていた。

「星の試練」を前に、早くも最大の脅威が、この聖域のすぐそこまで迫っていた。リアンたちの、そして「星の民」の運命は、風前の灯火のように揺らめき始めていた。

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