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ウェスタリア・サーガ:亡国の王子と喋るスライム  作者: 信川紋次郎
第一章: 星影の王子と天空の誓約
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陽光と疲弊、森の囁きと未知の弓


長く暗い洞窟を抜けた先は、眩いばかりの陽光が降り注ぐ、緑豊かな森だった。生命力に満ちた木々の匂い、色とりどりの花々、そして小鳥たちの賑やかなさえずりが、地底の悪夢から解放された一行を優しく包み込む。リアンは、エルミナの肩に寄りかかりながら、久しぶりに浴びる太陽の暖かさに目を細めた。まるで別世界に迷い込んだかのような錯覚を覚える。

しかし、その安堵も束の間だった。

「…王子、エルミナ様、あれを…」

ハルクが、苦痛に顔を歪ませながらも、森の向こう、空へと視線を送る。遠くではあるが、はっきりとヴァルガス軍の角笛の音が響き渡っていた。それはまるで、彼らの短い解放を嘲笑うかのように、執拗に追跡の継続を告げていた。

「もう一歩も動けないわよ…今日の営業は、とっくに終了ガラガラ閉店よぉ…」

マルーシャは、そのふくよかな体を地面に投げ出すようにへたり込み、大きなため息をついた。彼女の顔は泥と汗で汚れ、自慢の赤毛も今は見る影もない。プリンもリアンの足元でぐったりと溶けたように平たくなっており、そのカスタード色の体は心なしか色褪せて見えた。

「エルミナ様…私の魔力も、ほぼ底をついています…リアン王子も、あの力を使われた反動で…」

エルミナの声にも、隠せない疲労が滲む。リアンは虚脱感で指一本動かすのも億劫だった。ハルクは「深淵の監視者」との戦いで負った肩の傷を押さえ、ヨルンに至っては高熱とクリフクロウラーの毒で意識が朦朧としている。生き残った他の兵士たちも、満身創痍だった。

「…休んでいる暇はありません。追手は、もう間近まで迫っている可能性があります」

エルミナは、気力を振り絞るように立ち上がり、一行を叱咤した。その言葉に、彼らは最後の力を奮い起こし、互いに肩を貸し合いながら、再び森の奥へと足を踏み入れた。

幸運にも、小川のせせらぎが聞こえる方向に進むと、苔むした大岩に囲まれた小さな窪地を見つけることができた。そこは外からの視線を遮りやすく、新鮮な水も手に入る、束の間の休息には格好の場所だった。

「まずは傷の手当てよ! プリンちゃん、悪いけど、この辺りで薬になる草を探すの手伝ってくれる?」

マルーシャは、商人鞄から手際よく薬草や清潔な布を取り出しながら、少し元気を取り戻したプリンに声をかける。プリンは「おうよ! オレ様のスーパーお鼻センサーにかかれば、どんな薬草だって一発だぜ!」と威勢よく返事をし、小さな体で健気に周囲を嗅ぎ回り始めた。

マルーシャは、手持ちの薬草を巧みに調合し、ヨルンやハルク、そして他の兵士たちの傷口に手際よく塗布していく。その表情は真剣そのもので、いつものおどけた様子は鳴りを潜めている。

「…マルーシャさん、ありがとう」リアンが、虚ろな声で礼を言う。

「いーってことよ、王子様。あたしは商人だからね。お客さん…ううん、仲間のピンチを救うのは、未来への投資みたいなもんさ。ここでみんなに何かあったら、あたしの懐も寂しくなっちゃうからね!」

彼女はいつもの調子で笑ってみせたが、その目には仲間を気遣う温かい光が宿っていた。

リアンは、岩に背を預け、先ほどの「深淵の監視者」との戦いを思い出していた。あの蒼いオーラ、そしてお守りの白い光と共鳴した黄金の輝き。それは、わずかながらも自分の意志で「方向づけた」力の一端だった。

「王子、あの力は…確かに、あなた様が制御への第一歩を踏み出された証です」

エルミナが、リアンの隣に静かに座り、水筒を差し出しながら言った。

「ですが、まだ不安定で、大きな代償を伴います。お守り…『竜の涙』の伝承によれば、それは王家の正当な後継者が、真に民を想い、ドラグニアの魂と共鳴した時にのみ、その真価を発揮すると言われています。そして、その力は持ち主の生命力をも源とするため、未熟な者が扱えば諸刃の剣となりうる、とも…」

エルミナの言葉は、リアンに新たな課題と、そして微かな希望を与えた。

短い休息の後、一行は再び森の中へと分け入った。この森がどこなのか、老連絡員からもらった地図にはもはや該当する場所は見当たらない。木々は天を突くように高く聳え、陽光は木漏れ日となってまだらに降り注ぐ。美しくも、どこか人を寄せ付けない神秘的な雰囲気が漂っていた。

「なんだか…この森、懐かしい匂いがするぜ…」

プリンが、ふと足を止め、鼻をくんくんとさせながら特定の方向を指し示した。

「懐かしい匂い…?」

「うん。昔、まだリアンがちっちゃくて、オレ様がもっとプルプルしてた頃に嗅いだことのあるような…優しくて、ちょっと寂しい匂いだぜ」

プリンの言葉には、普段の彼からは想像もつかないような、不思議な響きがあった。一行は、他に当てもないため、プリンのその奇妙な感覚を頼りに進むことにした。

プリンの案内に従ってしばらく進むと、道は徐々に開け、古びてはいるが明らかに人の手が入ったと思われる小道が現れた。所々には、獣を捕えるための古い罠の残骸や、木々に刻まれた奇妙な印も見受けられる。

「この森には…誰か住んでいるのかもしれませんね」エルミナが警戒を強める。

その時、遠くの木々の間を、ヴァルガス軍の斥候らしき数人の人影が横切っていくのが見えた。彼らはまだこちらには気づいていないようだが、包囲網は確実に狭まっている。緊張が走った。

日が西に傾き始め、森が夕闇に包まれようとしていた頃、一行は少し開けた場所で野営の準備を始めようとしていた。薪を集め、火を起こそうとしたその瞬間――。

シュッ、シュシュッ!

数本の矢が、風を切る音と共に飛来し、リアンたちの足元や、すぐ傍の木の幹に突き刺さった。矢羽根には見慣れぬ鳥の羽根が使われている。

「何者だ!」

ハルクが、負傷した肩の痛みをこらえながらも、盾を構えてリアンたちの前に立ちはだかる。他の兵士たちも即座に武器を構え、臨戦態勢を取る。

木々の間から、弓を構えた数人の人影が、音もなく姿を現した。彼らは獣の毛皮を粗末に纏い、顔や腕には植物性の塗料で複雑な模様が描かれている。その目は森の獣のように鋭く、明らかに一行に敵意を向けていた。その手にする弓は、磨かれた黒檀のように艶やかな木で作られ、ただならぬ気配を放っている。

その中の一人、顔に大きな傷跡のある壮年の男性が、一歩前に進み出た。彼は一行、特にエルミナがマントを留めているブローチ――ドラグニア王家の紋章である竜が刻まれた銀細工――を鋭い目で見つめ、そして、驚愕に見開いた。

「…まさか…『星の民』の古き予言に謳われた…『竜の子』と…『銀の月の乙女』…なのか?」

男の口から漏れたのは、かすれた、しかし確かな驚きと戸惑いの声だった。

「星の民? 竜の子? なんだなんだ、なんかカッコイイ二つ名だぜ!」

プリンだけが、状況を理解せず、小さな声で興奮したように呟いた。

リアンとエルミナは、予期せぬ言葉に顔を見合わせる。森の住人たちの敵意は解けないまま、新たな謎と、張り詰めた緊張感が、夕闇の森を支配していた。

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